RECORD
Eno.1461 篠崎 駿の記録
追憶③-Myself shadow
雪が降りしきる松葉市の朝、けたたましいパトカーのサイレン音が耳を抉るように響き、俺は飛び起きた。時計は6時を少し過ぎ、窓の外はまだ薄暗く、雪が容赦なく舞い降りる。
心臓が早鐘のように鳴り、胸騒ぎが全身を駆け巡る。
スマホを確認すると、陽介からの不在着信が10件以上。指が震えながらかけ直すと、陽介の声が掠れ、息も絶え絶えに飛び込んできた。
「駿…ヤバい…美空先輩がいなくなった…!」
陽介が惚れ抜いている先輩、商店街の服屋「ミソラ」の娘で、商売敵の「ヨウコウ」でアルバイトする美空。陽介にとって、家族以上の、命綱のような存在だ。
「この間のシフト後から連絡が途絶えてる! 絶対、あの世界が絡んでる…! 助けなきゃ…!」
声に込められた絶望が、俺の喉を締めつける。
「わかった。神社に集合だ。彰と雪ちゃんは?」
「雪は事情で来れねぇ…彰は情報収集中。でも、待ってる時間なんかない! 今回は…俺とお前だけで…行くしかねぇ!」
俺は歯を食いしばって頷いた。
「あぁ…絶対に…取り戻すぞ」
水鏡神社の境内は深い雪に埋もれ、警察の規制線が不気味に張り巡らされていた。
冷たい風が頰を切り、俺と陽介は裏手の小さな社へ急いだ。陽介はリュックからヨウコウオリジナルブランドのゴルフクラブとモンキーレンチを乱暴に取り出し、息を荒げて押しつけた。
「よし、駿! これ持て! 絶対に…生きて帰るんだ!」
ゴルフクラブを受け取り、軽く振るが、手が汗で滑る。
「なんでゴルフクラブ?」
陽介がレンチを握りしめ、ニヤリと笑うが、目が笑っていない。
「お前の力だけじゃ…足りねぇかもしれないだろ? 丸腰で死ぬんじゃねぇよ…!」
俺たちは鏡の前に立ち、陽介が震える指で電話をかけた。鏡が水面のように不気味に揺らぎ、氷のような冷たい風が吹き抜け、肌を刺す。
覚悟を決め、鏡に触れる。視界がぐにゃりと歪み、裏の世界へ引きずり込まれた。
そこは歪んだ商店街。空は血の赤と黒が渦巻き、建物が脈打つように蠢き、息苦しい。
ガラスが擦れる耳障りな軋みが絶え間なく響き、陽介が歯を食いしばり、額に汗を浮かべた。
「美空先輩は…どこだ…? 早く…!」
「ヨウコウの近くの倉庫が怪しい」
俺の言葉に、陽介が頷き、雪のような灰が舞う中を先を急いだ。足音が不気味に反響し、背中に冷たい視線を感じる。
歪んだ古い倉庫の窓は黒い穴のように底なしで、吐き気を催す不気味な気配が漏れ出す。
陽介がレンチを握りしめ、喉を絞り出すように叫んだ。
「美空先輩! いるなら…返事してくれ! お願いだ…!」
窓から黒い影が爆発的に飛び出し、俺たちを襲う。
黒い目と歪んだ笑みの影が3体、瞬時に囲み、息がかかるほどの距離で牙を剥く。
俺は即座にアルターを呼び出した。
「来いっ! ハイペリオン!」
炎に包まれたハイペリオンが現れ、両腕から灼熱の炎を放つ。
炎は渦を巻き、影の一つを飲み込んで灰に変えた。
「キリがねぇ…! 美空先輩はどこだ…! 早く…!」
陽介が苛立ちを爆発させ、レンチを構えて影に突進。素早い動きで攻撃をかわすが、影は次々と増殖し、息つく暇もない。
倉庫の奥から、かすかな、掠れた声が聞こえた。
「陽ちゃん…」
美空先輩は黒い手に縛られ、宙に浮かされ、苦悶の表情で吊るされていた。
陽介が助けようと手を伸ばしかけた瞬間──
「陽介…あんた、ほんとウザい。いつもベタベタくっついて、吐き気がするほどうんざりなのよ」
先輩の声が、毒々しく嘲る。
陽介が凍りつき、顔から血の気が引く。
「…美空先輩…? 何言ってんだ…?」
先輩の声が言葉を抉るように続ける。
「あんたにいい顔してたのは、店長の息子だからよ。あんなクズな店に、私の家や商店街が潰されるなんて…全部、全部なくなればいい! 消えちゃえばいいのよ!」
陽介の顔が死人のように青ざめ、レンチを握る手が激しく震え、汗が滴る。
「やめろ…そんなの、美空先輩じゃねぇ! 親父の店を…バカにするな…!」
更に声が哄笑し、倉庫に響き渡る。
「これが私の本音よ、陽介。あんたのこと、ほんとにウザいって思ってる。いつもヒーローぶって、でも何もできないただのガキ。あんたなんかと話してた時間、全部返してよ!」
陽介が膝をつき、うつむき、肩を震わせる。
「そんな…美空先輩が…そんなこと…言うわけねぇだろ…!!」
陽介の足元から黒い霧が立ち上り、陽介と瓜二つの姿が現れた。
同じ顔だが、口元に不気味な笑みが浮かび、赤い瞳が輝く。それは陽介自身の「影」だ
「可哀想な俺…」
影が低く、粘つく声で笑い、陽介にゆっくり近づく。息がかかる距離で、囁く。
「惚れてた先輩に本音をぶちまけられて、どんな気分だ? 心臓が…止まりそうだろ?」
陽介が震えながら見上げる。
「お前…何だよ…」
影がニヤリと笑う。
「俺はお前だよ、ホンモノさん。抑えてきた本当のお前」
影は続けるように言った。
「あんな商店街なんてただの古臭いゴミだろ? あんなの潰されて当然なんだよ。親父の苦しむ顔、見たくねぇよな?」
陽介がうつむき、声を絞り出す。
「違う…俺はそんなこと…思ってねぇ…」
影がさらに迫り、声を荒げ、顔を近づける。
「正直に言いな! お前はこの世界にワクワクしてたんだ! つまんねぇド田舎なんかより、こっちの方が自由だろ!!」
陽介がうつむき、汗が床に滴る。
「…違う…そんな…こと…」
「いい加減認めろよ、商店街がなくなれば楽になるって思ってる! あいつらのせいで親父が苦しむの、ムカつくよな? だったらぜーんぶ、ぶっ壊す方が良いよな!!? 壊せよ! 壊せ!!」
陽介は耳を塞ぎ、絶叫する。
「違う! 違う! 違う!!」
「ハハッ! いいぜ! そうやって逃げたいなら逃げろよ! でもなぁ、忘れるなよ俺はお前なんだよ、俺が言ってる事もお前が思ってる事なんだよ! 逃げられねぇんだよ!!」
陽介が頭を振る。
「俺じゃねぇ…お前は俺じゃ…」
影が高笑いし、「いいぜ! もっと言いなよ!! 叫べよ!!」
陽介が叫んだ。
「お前は…! 俺じゃねぇ!!!」
影が哄笑した。
「そうさ、俺は俺だ! もう、お前なんかじゃない! 俺は自由だ!!」
陽介の影が完全な姿に変貌。陽介と同じ姿から一変、上半身は筋肉質で鋭い爪を持つ人型、下半身はカエル型の跳躍力のある化け物に変わる。
赤い瞳が燃え、口から粘つく水滴が滴り、倉庫の空気を腐らせる。影は突然、俺に襲いかかってきた。爪が空気を切り裂く音が響く。
「駿! 危ねぇ!!」
陽介が叫ぶが、恐怖で足が竿のように固まり、動けない。影の爪が俺の胸を狙い、俺は再びアルターを召喚した。
ハイペリオンが両腕を振り上げ、炎の渦を放つ。倉庫の空気が熱で歪み、炎が影を包むが、影はカエルの口から風の刃を吐き出した。
風の刃は炎を一瞬で切り裂き、俺、目掛けて飛んだきた。
「こいつ…!!」
俺の声が掠れる。
影が嘲笑う。
「ヒーロー様の力なんてこんなもんか? 死んじまえよ!」
影の腕が異様に伸び、俺の胸を抉るように狙う。ハイペリオンが前へ飛び出し防御するが、爪が弾かれ、衝撃で俺は壁に叩きつけられる。
背中が砕けそうな痛み、息が詰まり、視界が揺らぐ。血の味が口に広がる。
影がさらに追撃し、ハイペリオンが炎を繰り出すが、突風でかき消され、俺は防戦一方。
汗と血が混じり、床に滴る。影が跳躍し、鋭い爪を振り下ろす。
俺はゴルフクラブで受け止めるが、衝撃で腕が折れそうにしびれ、金属の悲鳴が響く。
陽介は立ち尽くし、震え、歯を鳴らしていた。
「あいつは今に死にそうなのに、俺…動けねぇ…死ぬのが怖ぇ…足が…すくんで…」
その時、陽介の頭に冷たい声が響いた。
「怖気付いたか? 」
陽介が辺りを見回すが誰もいない。声が続けた。
「汝もあの男の様になりたいのだろう? ならば我の力を使い、汝が影を討ってみせよ! さぁ、選ぶがいい!このまま黙って死ぬか!戦って死ぬか!!」
陽介が目を閉じ、震える声で呟いた。
「俺…駿を助けたい…あいつを助けてやりたい…でも、怖ぇんだ…足がすくんで動かねぇんだ…心臓が…破裂しそうだ…」
声が低く笑う。
「その恐怖も、汝の力だ。隠すな。向き合え。汝の心の全てを受け入れ、我を呼び出せ! さもなくば、皆死ぬぞ!!」
陽介は顔を上げ言った。
「あいつを…助けられるんなら…俺は…やる…やってやるさ!!」
陽介は意を決し、立ち上がり叫んだ。
「クレイオス!!」
雷鳴と共に、陽介の背後に雷をまとった者が現れた。
「我は風と共に進む者『クレイオス』なり! 汝の恐怖も、憧れも、怒りも、全てを力に変え、敵を討て! 死ぬか、勝つかだ!!」
陽介はクレイオスを見て呟いた。
「すげぇ…これが俺の…力…」
陽介の口元が僅に上がり、レンチを握ると、レンチがクナイに変化した。手が震えていたが、目にはやる気が宿る。
「行くぜ…クレイオス! 先輩を、仲間を守るために、俺は戦う! 絶対に…死なせねぇ!!」
陽介の影が跳躍し、カエルの口から風の刃を放つ。
クレイオスも対抗して風の刃を飛ばす、風同士がぶつかり合い、倉庫の中が暴風で吹き荒れる。
影の巨体が信じられない速さで動き、鋭い爪を陽介に振り下ろす。空気が裂ける音。
陽介がクナイを構え、風をまとった刃で爪を弾き返す。
影が嘲る。「ハハッ! やるじゃねぇか! ホンモノさん! だが…所詮お前じゃ俺に勝てねぇよ!! 死ね!!」
陽介がクナイを構え、叫んだ。「黙れ! 俺はお前に負けるわけにはいかねぇんだ!! 絶対に…!」
クレイオスが風全身にまとい、槍を振り上げる。
疾風が倉庫を貫き、影の肩を直撃。影が咆哮し、血のような黒い液体を撒き散らし、カエルの口から刃を放つと倉庫の壁が風でひび割れ、崩落の音が響く。
影が跳躍し、陽介に直接襲いかかる。爪が陽介の顔をかすめ、血が飛ぶ。
「お前もぶっ壊したいんだろ? 認めろよ! 壊せ!!」
陽介がクレイオスの槍を手に握り、叫んだ。
「俺は…先輩を、商店街を、仲間を守るんだ! お前なんかに負けてたまるかァァ!!!」
クレイオスが力を集中させ、暴風を巻き起こすと風はみるみるうちに龍の姿となり影に食らいつくと影が断末魔の叫びを上げる。倉庫が揺れ、梁が落ちる音。
だが、影は最後の力を振り絞り、暴風をクレイオスに叩きつける。
クレイオスがよろめき、陽介が膝をつき、血を吐く。
「ぐっ…!」
「陽介! 持ちこたえろ!!」俺は叫び、ハイペリオンに命じて美空先輩を安全な場所まで移した後、駆け寄り、脈を確認した。弱いが、生きている。
陽介はクレイオスと共に影と激闘を続ける。影が跳躍し、爪を振り回す。
クレイオスが迎え撃ち、カマイタチが影の腕を切り裂く。
影が攻撃を放つが、陽介が叫んだ。
「もう終わりだ! 俺はお前を倒す! 絶対に!!」
クレイオスが全身を集中させ、巨大な嵐を放つ。
嵐が影を貫き、倉庫全体が揺れ、壁が崩れ落ちる。
「くそ! なんでだ! なんで負けるんだ!! ふざけるなぁ!!!」
影が断末魔の叫びを上げ、黒い霧となって崩れ落ちる。
だが、影は突然立ち上がり、陽介を赤い瞳でじっと見つめた。
何も言わず、ただ静かに、底知れぬ視線で陽介を射抜く。陽介が震えながら呟いた。
「お前は…俺じゃ…」
俺は陽介の肩に手を置き、静かに言った。
「確かにあれは、陽介にとって認めたくないかもしれないけど…それも陽介らしさだ。全部、受け止めろ」
陽介が振り向き、驚いたように俺を見た。
「お前…」
陽介は一瞬考え、再び口を開いた。
「ムズいよな、自分と向き合うって…心臓が…まだ鳴ってる…」
陽介は苦笑し、続けた。
「でも、あれは俺の心の一部なんだ。隠してた本音も、全部、俺なんだよな…怖ぇけど…」
陽介が目を閉じ、深呼吸した。決心したように影に向き直り、静かに言った。
「…分かってた。みっともねぇし、どうしようもなくて、認めたくなかった。でも、お前は俺で、俺はお前で…全部ひっくるめて、俺って存在なんだよな…だから俺はもう目を背けない…お前の存在にもな」
影がゆっくり頷き、その身体が雷光に包まれる。影は黒い霧となり、陽介の胸に吸い込まれるように消えた。
陽介が影を受け入れると眩い光に包まれ、水鏡神社の境内に戻った。
雪が降る静かな夜、提灯の光が揺れている。俺たちの息が白く、身体が震える。クナイだったレンチは陽介の手から滑り落ち、雪の上に静かに落ちた。
先輩は病院で検査を受け、大きな怪我はないことがわかった。そして、彼女が裏の世界の事も忘れているのも確認できた。
やはり、俺たちの様に能力の素質を持っている者しか認識する事が出来ないのかもしれない。
病院の外で、陽介は俺にポツリと言った。
「ウザいって思われてたか…へへっ、ベッコベコに振られたな、俺…でも、生きてる…」
俺は苦笑し、肩を叩いた。
「…なんか食いに行くか? 腹減っただろ」
陽介が笑いながら頷いた。
「ありがとよ、相棒…お前がいなきゃ、俺…」
俺たちは雪降る街を歩き、近くの屋台に入った。熱々の回転焼きを食べながら、陽介がニヤリと笑う。
「昔っから、お前に頼ってばっかだったけど…今度こそお前と一緒に戦える…今後ともよろしくな。相棒」
俺たちはベンチで拳を合わせ、雪の降る松葉市で新たな一歩を踏み出した。
心臓が早鐘のように鳴り、胸騒ぎが全身を駆け巡る。
スマホを確認すると、陽介からの不在着信が10件以上。指が震えながらかけ直すと、陽介の声が掠れ、息も絶え絶えに飛び込んできた。
「駿…ヤバい…美空先輩がいなくなった…!」
陽介が惚れ抜いている先輩、商店街の服屋「ミソラ」の娘で、商売敵の「ヨウコウ」でアルバイトする美空。陽介にとって、家族以上の、命綱のような存在だ。
「この間のシフト後から連絡が途絶えてる! 絶対、あの世界が絡んでる…! 助けなきゃ…!」
声に込められた絶望が、俺の喉を締めつける。
「わかった。神社に集合だ。彰と雪ちゃんは?」
「雪は事情で来れねぇ…彰は情報収集中。でも、待ってる時間なんかない! 今回は…俺とお前だけで…行くしかねぇ!」
俺は歯を食いしばって頷いた。
「あぁ…絶対に…取り戻すぞ」
水鏡神社の境内は深い雪に埋もれ、警察の規制線が不気味に張り巡らされていた。
冷たい風が頰を切り、俺と陽介は裏手の小さな社へ急いだ。陽介はリュックからヨウコウオリジナルブランドのゴルフクラブとモンキーレンチを乱暴に取り出し、息を荒げて押しつけた。
「よし、駿! これ持て! 絶対に…生きて帰るんだ!」
ゴルフクラブを受け取り、軽く振るが、手が汗で滑る。
「なんでゴルフクラブ?」
陽介がレンチを握りしめ、ニヤリと笑うが、目が笑っていない。
「お前の力だけじゃ…足りねぇかもしれないだろ? 丸腰で死ぬんじゃねぇよ…!」
俺たちは鏡の前に立ち、陽介が震える指で電話をかけた。鏡が水面のように不気味に揺らぎ、氷のような冷たい風が吹き抜け、肌を刺す。
覚悟を決め、鏡に触れる。視界がぐにゃりと歪み、裏の世界へ引きずり込まれた。
そこは歪んだ商店街。空は血の赤と黒が渦巻き、建物が脈打つように蠢き、息苦しい。
ガラスが擦れる耳障りな軋みが絶え間なく響き、陽介が歯を食いしばり、額に汗を浮かべた。
「美空先輩は…どこだ…? 早く…!」
「ヨウコウの近くの倉庫が怪しい」
俺の言葉に、陽介が頷き、雪のような灰が舞う中を先を急いだ。足音が不気味に反響し、背中に冷たい視線を感じる。
歪んだ古い倉庫の窓は黒い穴のように底なしで、吐き気を催す不気味な気配が漏れ出す。
陽介がレンチを握りしめ、喉を絞り出すように叫んだ。
「美空先輩! いるなら…返事してくれ! お願いだ…!」
窓から黒い影が爆発的に飛び出し、俺たちを襲う。
黒い目と歪んだ笑みの影が3体、瞬時に囲み、息がかかるほどの距離で牙を剥く。
俺は即座にアルターを呼び出した。
「来いっ! ハイペリオン!」
炎に包まれたハイペリオンが現れ、両腕から灼熱の炎を放つ。
炎は渦を巻き、影の一つを飲み込んで灰に変えた。
「キリがねぇ…! 美空先輩はどこだ…! 早く…!」
陽介が苛立ちを爆発させ、レンチを構えて影に突進。素早い動きで攻撃をかわすが、影は次々と増殖し、息つく暇もない。
倉庫の奥から、かすかな、掠れた声が聞こえた。
「陽ちゃん…」
美空先輩は黒い手に縛られ、宙に浮かされ、苦悶の表情で吊るされていた。
陽介が助けようと手を伸ばしかけた瞬間──
「陽介…あんた、ほんとウザい。いつもベタベタくっついて、吐き気がするほどうんざりなのよ」
先輩の声が、毒々しく嘲る。
陽介が凍りつき、顔から血の気が引く。
「…美空先輩…? 何言ってんだ…?」
先輩の声が言葉を抉るように続ける。
「あんたにいい顔してたのは、店長の息子だからよ。あんなクズな店に、私の家や商店街が潰されるなんて…全部、全部なくなればいい! 消えちゃえばいいのよ!」
陽介の顔が死人のように青ざめ、レンチを握る手が激しく震え、汗が滴る。
「やめろ…そんなの、美空先輩じゃねぇ! 親父の店を…バカにするな…!」
更に声が哄笑し、倉庫に響き渡る。
「これが私の本音よ、陽介。あんたのこと、ほんとにウザいって思ってる。いつもヒーローぶって、でも何もできないただのガキ。あんたなんかと話してた時間、全部返してよ!」
陽介が膝をつき、うつむき、肩を震わせる。
「そんな…美空先輩が…そんなこと…言うわけねぇだろ…!!」
陽介の足元から黒い霧が立ち上り、陽介と瓜二つの姿が現れた。
同じ顔だが、口元に不気味な笑みが浮かび、赤い瞳が輝く。それは陽介自身の「影」だ
「可哀想な俺…」
影が低く、粘つく声で笑い、陽介にゆっくり近づく。息がかかる距離で、囁く。
「惚れてた先輩に本音をぶちまけられて、どんな気分だ? 心臓が…止まりそうだろ?」
陽介が震えながら見上げる。
「お前…何だよ…」
影がニヤリと笑う。
「俺はお前だよ、ホンモノさん。抑えてきた本当のお前」
影は続けるように言った。
「あんな商店街なんてただの古臭いゴミだろ? あんなの潰されて当然なんだよ。親父の苦しむ顔、見たくねぇよな?」
陽介がうつむき、声を絞り出す。
「違う…俺はそんなこと…思ってねぇ…」
影がさらに迫り、声を荒げ、顔を近づける。
「正直に言いな! お前はこの世界にワクワクしてたんだ! つまんねぇド田舎なんかより、こっちの方が自由だろ!!」
陽介がうつむき、汗が床に滴る。
「…違う…そんな…こと…」
「いい加減認めろよ、商店街がなくなれば楽になるって思ってる! あいつらのせいで親父が苦しむの、ムカつくよな? だったらぜーんぶ、ぶっ壊す方が良いよな!!? 壊せよ! 壊せ!!」
陽介は耳を塞ぎ、絶叫する。
「違う! 違う! 違う!!」
「ハハッ! いいぜ! そうやって逃げたいなら逃げろよ! でもなぁ、忘れるなよ俺はお前なんだよ、俺が言ってる事もお前が思ってる事なんだよ! 逃げられねぇんだよ!!」
陽介が頭を振る。
「俺じゃねぇ…お前は俺じゃ…」
影が高笑いし、「いいぜ! もっと言いなよ!! 叫べよ!!」
陽介が叫んだ。
「お前は…! 俺じゃねぇ!!!」
影が哄笑した。
「そうさ、俺は俺だ! もう、お前なんかじゃない! 俺は自由だ!!」
陽介の影が完全な姿に変貌。陽介と同じ姿から一変、上半身は筋肉質で鋭い爪を持つ人型、下半身はカエル型の跳躍力のある化け物に変わる。
赤い瞳が燃え、口から粘つく水滴が滴り、倉庫の空気を腐らせる。影は突然、俺に襲いかかってきた。爪が空気を切り裂く音が響く。
「駿! 危ねぇ!!」
陽介が叫ぶが、恐怖で足が竿のように固まり、動けない。影の爪が俺の胸を狙い、俺は再びアルターを召喚した。
ハイペリオンが両腕を振り上げ、炎の渦を放つ。倉庫の空気が熱で歪み、炎が影を包むが、影はカエルの口から風の刃を吐き出した。
風の刃は炎を一瞬で切り裂き、俺、目掛けて飛んだきた。
「こいつ…!!」
俺の声が掠れる。
影が嘲笑う。
「ヒーロー様の力なんてこんなもんか? 死んじまえよ!」
影の腕が異様に伸び、俺の胸を抉るように狙う。ハイペリオンが前へ飛び出し防御するが、爪が弾かれ、衝撃で俺は壁に叩きつけられる。
背中が砕けそうな痛み、息が詰まり、視界が揺らぐ。血の味が口に広がる。
影がさらに追撃し、ハイペリオンが炎を繰り出すが、突風でかき消され、俺は防戦一方。
汗と血が混じり、床に滴る。影が跳躍し、鋭い爪を振り下ろす。
俺はゴルフクラブで受け止めるが、衝撃で腕が折れそうにしびれ、金属の悲鳴が響く。
陽介は立ち尽くし、震え、歯を鳴らしていた。
「あいつは今に死にそうなのに、俺…動けねぇ…死ぬのが怖ぇ…足が…すくんで…」
その時、陽介の頭に冷たい声が響いた。
「怖気付いたか? 」
陽介が辺りを見回すが誰もいない。声が続けた。
「汝もあの男の様になりたいのだろう? ならば我の力を使い、汝が影を討ってみせよ! さぁ、選ぶがいい!このまま黙って死ぬか!戦って死ぬか!!」
陽介が目を閉じ、震える声で呟いた。
「俺…駿を助けたい…あいつを助けてやりたい…でも、怖ぇんだ…足がすくんで動かねぇんだ…心臓が…破裂しそうだ…」
声が低く笑う。
「その恐怖も、汝の力だ。隠すな。向き合え。汝の心の全てを受け入れ、我を呼び出せ! さもなくば、皆死ぬぞ!!」
陽介は顔を上げ言った。
「あいつを…助けられるんなら…俺は…やる…やってやるさ!!」
陽介は意を決し、立ち上がり叫んだ。
「クレイオス!!」
雷鳴と共に、陽介の背後に雷をまとった者が現れた。
「我は風と共に進む者『クレイオス』なり! 汝の恐怖も、憧れも、怒りも、全てを力に変え、敵を討て! 死ぬか、勝つかだ!!」
陽介はクレイオスを見て呟いた。
「すげぇ…これが俺の…力…」
陽介の口元が僅に上がり、レンチを握ると、レンチがクナイに変化した。手が震えていたが、目にはやる気が宿る。
「行くぜ…クレイオス! 先輩を、仲間を守るために、俺は戦う! 絶対に…死なせねぇ!!」
陽介の影が跳躍し、カエルの口から風の刃を放つ。
クレイオスも対抗して風の刃を飛ばす、風同士がぶつかり合い、倉庫の中が暴風で吹き荒れる。
影の巨体が信じられない速さで動き、鋭い爪を陽介に振り下ろす。空気が裂ける音。
陽介がクナイを構え、風をまとった刃で爪を弾き返す。
影が嘲る。「ハハッ! やるじゃねぇか! ホンモノさん! だが…所詮お前じゃ俺に勝てねぇよ!! 死ね!!」
陽介がクナイを構え、叫んだ。「黙れ! 俺はお前に負けるわけにはいかねぇんだ!! 絶対に…!」
クレイオスが風全身にまとい、槍を振り上げる。
疾風が倉庫を貫き、影の肩を直撃。影が咆哮し、血のような黒い液体を撒き散らし、カエルの口から刃を放つと倉庫の壁が風でひび割れ、崩落の音が響く。
影が跳躍し、陽介に直接襲いかかる。爪が陽介の顔をかすめ、血が飛ぶ。
「お前もぶっ壊したいんだろ? 認めろよ! 壊せ!!」
陽介がクレイオスの槍を手に握り、叫んだ。
「俺は…先輩を、商店街を、仲間を守るんだ! お前なんかに負けてたまるかァァ!!!」
クレイオスが力を集中させ、暴風を巻き起こすと風はみるみるうちに龍の姿となり影に食らいつくと影が断末魔の叫びを上げる。倉庫が揺れ、梁が落ちる音。
だが、影は最後の力を振り絞り、暴風をクレイオスに叩きつける。
クレイオスがよろめき、陽介が膝をつき、血を吐く。
「ぐっ…!」
「陽介! 持ちこたえろ!!」俺は叫び、ハイペリオンに命じて美空先輩を安全な場所まで移した後、駆け寄り、脈を確認した。弱いが、生きている。
陽介はクレイオスと共に影と激闘を続ける。影が跳躍し、爪を振り回す。
クレイオスが迎え撃ち、カマイタチが影の腕を切り裂く。
影が攻撃を放つが、陽介が叫んだ。
「もう終わりだ! 俺はお前を倒す! 絶対に!!」
クレイオスが全身を集中させ、巨大な嵐を放つ。
嵐が影を貫き、倉庫全体が揺れ、壁が崩れ落ちる。
「くそ! なんでだ! なんで負けるんだ!! ふざけるなぁ!!!」
影が断末魔の叫びを上げ、黒い霧となって崩れ落ちる。
だが、影は突然立ち上がり、陽介を赤い瞳でじっと見つめた。
何も言わず、ただ静かに、底知れぬ視線で陽介を射抜く。陽介が震えながら呟いた。
「お前は…俺じゃ…」
俺は陽介の肩に手を置き、静かに言った。
「確かにあれは、陽介にとって認めたくないかもしれないけど…それも陽介らしさだ。全部、受け止めろ」
陽介が振り向き、驚いたように俺を見た。
「お前…」
陽介は一瞬考え、再び口を開いた。
「ムズいよな、自分と向き合うって…心臓が…まだ鳴ってる…」
陽介は苦笑し、続けた。
「でも、あれは俺の心の一部なんだ。隠してた本音も、全部、俺なんだよな…怖ぇけど…」
陽介が目を閉じ、深呼吸した。決心したように影に向き直り、静かに言った。
「…分かってた。みっともねぇし、どうしようもなくて、認めたくなかった。でも、お前は俺で、俺はお前で…全部ひっくるめて、俺って存在なんだよな…だから俺はもう目を背けない…お前の存在にもな」
影がゆっくり頷き、その身体が雷光に包まれる。影は黒い霧となり、陽介の胸に吸い込まれるように消えた。
陽介が影を受け入れると眩い光に包まれ、水鏡神社の境内に戻った。
雪が降る静かな夜、提灯の光が揺れている。俺たちの息が白く、身体が震える。クナイだったレンチは陽介の手から滑り落ち、雪の上に静かに落ちた。
先輩は病院で検査を受け、大きな怪我はないことがわかった。そして、彼女が裏の世界の事も忘れているのも確認できた。
やはり、俺たちの様に能力の素質を持っている者しか認識する事が出来ないのかもしれない。
病院の外で、陽介は俺にポツリと言った。
「ウザいって思われてたか…へへっ、ベッコベコに振られたな、俺…でも、生きてる…」
俺は苦笑し、肩を叩いた。
「…なんか食いに行くか? 腹減っただろ」
陽介が笑いながら頷いた。
「ありがとよ、相棒…お前がいなきゃ、俺…」
俺たちは雪降る街を歩き、近くの屋台に入った。熱々の回転焼きを食べながら、陽介がニヤリと笑う。
「昔っから、お前に頼ってばっかだったけど…今度こそお前と一緒に戦える…今後ともよろしくな。相棒」
俺たちはベンチで拳を合わせ、雪の降る松葉市で新たな一歩を踏み出した。