RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

追憶⑥-My Name

裏の世界から戻り、水鏡神社の石段を下りて、商店街の端にある「たこ八」に入ったのは、夜の九時を回っていた。

店主のおばちゃんが「遅い客だねぇ」と驚きながらも、いつもの鉄板を熱してくれた。

外はまだ雪が降っているけど、店の中はソースの匂いと油のジュージューという音で、ぽかぽかしていた。

四人はカウンターに並んで座った。

彰は制服の上に雪のコートを羽織ったまま、頬にまだ涙の跡を残している。

たこ焼きが焼ける音に合わせて、陽介が麦茶をごくごく飲んだ。

「いやー……まさか彰が女だったなんてな」

ストレートすぎる一言に、肘で小突く。

「おい、言い方」

「だって事実だろ!十何年一緒だったのに、全然気づかなかったもんなぁ」

俺はその言葉に苦笑いしながら頷いた。

「確かにな…俺たち、幼稚園の頃から一緒だったのにな」

彰はたこ焼きを箸でつつきながら、照れ臭そうに笑った。

「別に隠してたわけじゃなくて……ただ、『言わなきゃいけないこと』だと思ってなかっただけ」

雪が隣で、少し心配そうに彰を見上げる。

「……ねえ、彰。女の子でいるの、嫌だった?」

たこ焼きを口に運ぶ手を止めて、彰は少し考えて、静かに首を振った。

「嫌じゃないよ。むしろ……好き、かな」

三人がぱちくりと目を丸くする。

「小さい頃、母さんに髪を結んでもらったこと、すごく嬉しかった。リボンをつけて、鏡を見て『かわいいね』って言われたの、今でも覚えてる」

彰はソースのついたたこ焼きをぱくりと頬張り、ふうふうしながら続けた。

「でも……僕が信じてる正義に、性別なんて関係ないんだ。だから、僕は僕の好きなように生きたい。男として生きるのも、女の子として甘えるのも、どっちも『僕』でいいやって、今は思える」

陽介が麦茶を飲み干し、感心したように口笛を吹いた。

「すげーな、お前……俺なんか、まだ自分のことよくわかんねーのに」

俺も小さく笑って、彰の肩をぽんと叩いた。

「まあ、お前は昔から自分の道を突き進む奴だったもんな」

彰は少し遠い目をして、ぽつりと呟いた。

「……実は、みんなに話してなかったことがあって」

三人がたこ焼きを食べる手を止める。

「僕、ここに来る前…両親を事故で亡くしてるんだ」

雪が「え……」と小さく声を漏らした。

「それからおじいちゃんの家に引き取られて……雪に会う前の僕は友達を作るのが下手くそで…古い書斎にあった探偵小説を読み漁ってたら、いつの間にかおじいちゃんの仕事を手伝うようになって。そしたら町の人に『少年探偵』って呼ばれて……父さんやおじいちゃんに、ちょっとでも近づけた気がして、すごく嬉しかった」

彰はたこ焼きをもう一つ口に入れて、ゆっくり噛みながら続けた。

「僕の名前──『彰』って、実はひいひいおじいちゃんの松羽 彰って人から取ってるんだ。大正の頃に探偵業を始めた人で、それから代々僕たちの家はそれを受け継いできたんだ」

陽介が目を丸くする。

「じゃあ、彰の親は彰に探偵になってほしかったってわけか?」

「違うよ」

彰は笑った。

「両親が僕にその名前をつけてくれたってことは……きっと、僕を誇りに思ってくれてたんだって、今ならわかる。性別なんて関係なくて『お前は俺たちの誇りだ』って、そう言ってくれてたんだって」

雪の目が潤んでいた。

「だから……影を受け入れた今は、男になりたいとかそういうのはもう感じない。僕は僕のままでいい。矛盾したままの、葉隠 彰でいいって思うんだ」

雪が新しいたこ焼きを彰の皿にぽんと乗せてやった。

「あのね……彰……じゃあ、今度、一緒にヨウコウで洋服買わない?」

彰が顔を真っ赤にして、雪をポカンとした表情で見つめた。

「えっ……?」

麦茶のグラスを持つ手が止まったまま、目をぱちくりさせる。

「え……ヨウコウって、陽介のお父さんがやってるショッピングモールの……?」

「うん!五階に可愛いのいっぱいあるんだよ。リボンのブラウスとか、ふわふわのスカートとか……あ、でも彰はスカート苦手かな?パンツスタイルでも彰は全然可愛いと思うし!」

雪の瞳がキラキラ光ってる。

隣で陽介がぷっと吹き出し、「やべぇ、ついていけねぇ」と小声で呟いた。

彰は明らかに動揺していた。

頬がどんどん赤くなって、視線を泳がせる。

「い、いや……別に苦手ってわけじゃ……でも、僕、そんなの着たことなくて……」

「だからこそだよ!」

雪が身を乗り出して、彰の手をぎゅっと掴む。

彰の耳が真っ赤になった。

たこ焼きを口に入れたまま、むせそうになる。

「雪が来ていいって言うなら……べ、別にいいけど……」

小声で呟くと、雪が「やったー!」と小さくガッツポーズした。

「じゃあ決まり!来週の土曜日、みんな空いてる?午後一時に駅前の噴水で待ち合わせ!」

彰は俯いたまま、でも唇の端が少しだけ上がっていた。

「……うん。空いてる」

「俺も空いてるな」

「ちょうどその時は店の手伝いねぇから、俺は待機してるわ」

全員の予定を確認し終えると、陽介がニヤニヤしながら肘で彰をつつく。

「おー、ついに探偵王子、葉隠彰がスカート履く日が来るのかー」

「まだ、履くって決めたわけじゃ……!」

「でもさ、リボンつけた彰とか結構可愛いと思うけどな……」

俺がそう言うと、彰は完全に顔を覆った。

「もうやめてよ……!」

雪がくすくす笑いながら、彰のコートの袖をそっと引っ張る。

「ねえ、彰。私、すごく楽しみにしてるから……絶対、後悔させないよ。彰に似合う服、一緒に見つけようね」

彰は指の隙間から雪を盗み見て、
ほんの少しだけ、照れ臭そうに微笑んだ。

「……ありがと、雪」

その声は小さかったけど、確かに嬉しそうだった。

外ではまだ雪が降り続いていたけれど、
たこ八の店内は、四人の笑い声とソースの匂いで、春みたいにぽかぽかしていた