RECORD
Eno.600 御子柴 銀次&ベコ丸の記録
■徒労/逃避
その日は違和感があった。いつもは誰もいないはずなのに、居間の電気がついているのか…少し明るい。
靴があったから、兄の松葉がいるのはなんとなくわかっていた。
足が重い、行きたくない、でも居間を通らないと自分の部屋にも行けないし…なによりミルクが見当たらない。
嫌な予感がする、全身に針を刺されたみたいにびりびりとして、心臓がキュッと握られたかのように息が苦しい。
行きたくない行きたくない行きたくない
弱音ばかりはく心を無理やり聞こえないふりして足を踏み入れる。テレビでも見てればいいのに、悲しいくらいに家の中は静かで自分の足音と呼吸ばかり聞こえてくる。
居間に踏み入れた瞬間、足元に何かが転がって来た。


ミルクの首輪だとすぐにわかった、毎日見て触れて、自分が付けてあげていた首輪。
間違えるわけがない。




使った?使ったってなんだ?そんな、物みたいに。
首輪を握りしめて、見下ろしてくる奴を見上げる。
近所の人によく似ていると言われていた顔が。松葉が疲れたような、冷めた目で俺を見ていた。
初めてだったかもしれない、俺が人に対して"怒り"を覚えたのは。
そこから先のことは、あんまり覚えてない。
多分初めて俺が松葉にやり返す喧嘩をして、部屋中の物を壊しまくった。結局力で勝てなくて、全部嫌になって家を飛び出したのだけど。
わかっていた、わかっていて目をそらし続けていた。
どうしてあんなに動物を必要としていたのか。必要としていたのは身代わりにするための命だ。
使役という名の支配の術式。意思と力の弱い普通の動物なら何も心配ないけれど、それが力のある怪奇なら話が変わってくる。
お互いの血、血管、心臓、脳。ありとあらゆるものを繋いで精神を無理やり服従させる首輪。
術者が自分を守るための盾として弱い存在を使う。それが実態で、母や兄は強い怪奇を求めているのは前々から察していた。
そんなの求めてどうするんだ、ゲームじゃないのに。

冷たくなった首輪を握りしめて、夢中で走っていたら気づけば裏世界に来ていた。
まあ、表だときっと補導されてしまうからいいのだけど。
上着はあるけど、動くのをやめてしまうと寒さに震えそうになる。元々寒がりだから少し辛い。
ひりひりと傷む頬、服に隠れて見えないけど………きっと他にもアザになってるかもしれない。
どこに行こう。家には帰りたくない。
途方に暮れていた俺が自然と足を向けたのは、ベコのところだった。
ベコには見た目通り目がないから、俺が縄張りに入ってきても『またあのガキが来た』くらいに思ったのだろう。
怪我のことも何も突っ込まれなくて気が楽だった、最近は話相手にもなってくれる。温かい存在。
だから少しだけ、ほんの少しだけ愚痴ってしまった。そしたら


なんて言う。少しおかしくなって、笑っちゃった。本当にそうできたらどれだけよかっただろうか。
「悪いことだからやりたくない」、なんてただの言い訳。自分に力がないからできなかった、それが悔しくてたまらない。
それに、アイツと同じように動物の命を消耗品のように使うことも嫌だった。
なんでこんなに弱いんだろう。
それから二日か三日くらいか覚えてないけどずっとベコのところにいた気がする。
ベコは何も言わずに暖をとらせてくれたし、たまに神秘か何かで体の汚れを落としてくれたりもした。みんなが言うほど、やっぱりベコは悪い怪奇じゃないんだと思う。
………ふと、家に残してきた動物たちのことを想う。ご飯は沢山皿に入れて来たけど大丈夫だろうか、寒さに震えていないだろうか…考えていた。
でもそれと同時に、電池みたいに使い捨てられるために俺はあの子達を育てて来たんだろうかとも思う。
それはとても残酷で、苦しい。ケージから出して外に逃がしてあげたほうがきっときっとよかった。
………けどきっと、あの子達には首輪が付いているから戻ってきてしまう。
俺のやってきたことって何だったんだろうか、考えれば考えるほど。苦しくなった。

ミルクも、俺なんかに拾われなければ幸せだったかもしれないのに。
靴があったから、兄の松葉がいるのはなんとなくわかっていた。
足が重い、行きたくない、でも居間を通らないと自分の部屋にも行けないし…なによりミルクが見当たらない。
嫌な予感がする、全身に針を刺されたみたいにびりびりとして、心臓がキュッと握られたかのように息が苦しい。
行きたくない行きたくない行きたくない
弱音ばかりはく心を無理やり聞こえないふりして足を踏み入れる。テレビでも見てればいいのに、悲しいくらいに家の中は静かで自分の足音と呼吸ばかり聞こえてくる。
居間に踏み入れた瞬間、足元に何かが転がって来た。


「これ………………」
ミルクの首輪だとすぐにわかった、毎日見て触れて、自分が付けてあげていた首輪。
間違えるわけがない。

拾い上げる手が震える、嫌な汗が背中を伝う。

「———…………」

「お前の犬使ったから、それ残った奴」

「…………は?」
使った?使ったってなんだ?そんな、物みたいに。
首輪を握りしめて、見下ろしてくる奴を見上げる。
近所の人によく似ていると言われていた顔が。松葉が疲れたような、冷めた目で俺を見ていた。
初めてだったかもしれない、俺が人に対して"怒り"を覚えたのは。
そこから先のことは、あんまり覚えてない。
多分初めて俺が松葉にやり返す喧嘩をして、部屋中の物を壊しまくった。結局力で勝てなくて、全部嫌になって家を飛び出したのだけど。
わかっていた、わかっていて目をそらし続けていた。
どうしてあんなに動物を必要としていたのか。必要としていたのは身代わりにするための命だ。
使役という名の支配の術式。意思と力の弱い普通の動物なら何も心配ないけれど、それが力のある怪奇なら話が変わってくる。
お互いの血、血管、心臓、脳。ありとあらゆるものを繋いで精神を無理やり服従させる首輪。
術者が自分を守るための盾として弱い存在を使う。それが実態で、母や兄は強い怪奇を求めているのは前々から察していた。
そんなの求めてどうするんだ、ゲームじゃないのに。

冷たくなった首輪を握りしめて、夢中で走っていたら気づけば裏世界に来ていた。
まあ、表だときっと補導されてしまうからいいのだけど。
上着はあるけど、動くのをやめてしまうと寒さに震えそうになる。元々寒がりだから少し辛い。
ひりひりと傷む頬、服に隠れて見えないけど………きっと他にもアザになってるかもしれない。
どこに行こう。家には帰りたくない。
途方に暮れていた俺が自然と足を向けたのは、ベコのところだった。
ベコには見た目通り目がないから、俺が縄張りに入ってきても『またあのガキが来た』くらいに思ったのだろう。
怪我のことも何も突っ込まれなくて気が楽だった、最近は話相手にもなってくれる。温かい存在。
だから少しだけ、ほんの少しだけ愚痴ってしまった。そしたら

『やられたらやり返せばいい』

『めんどーだな、殺しちゃえよ』
なんて言う。少しおかしくなって、笑っちゃった。本当にそうできたらどれだけよかっただろうか。
「悪いことだからやりたくない」、なんてただの言い訳。自分に力がないからできなかった、それが悔しくてたまらない。
それに、アイツと同じように動物の命を消耗品のように使うことも嫌だった。
なんでこんなに弱いんだろう。
それから二日か三日くらいか覚えてないけどずっとベコのところにいた気がする。
ベコは何も言わずに暖をとらせてくれたし、たまに神秘か何かで体の汚れを落としてくれたりもした。みんなが言うほど、やっぱりベコは悪い怪奇じゃないんだと思う。
………ふと、家に残してきた動物たちのことを想う。ご飯は沢山皿に入れて来たけど大丈夫だろうか、寒さに震えていないだろうか…考えていた。
でもそれと同時に、電池みたいに使い捨てられるために俺はあの子達を育てて来たんだろうかとも思う。
それはとても残酷で、苦しい。ケージから出して外に逃がしてあげたほうがきっときっとよかった。
………けどきっと、あの子達には首輪が付いているから戻ってきてしまう。
俺のやってきたことって何だったんだろうか、考えれば考えるほど。苦しくなった。

ミルクも、俺なんかに拾われなければ幸せだったかもしれないのに。