RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

Nexus

夜の十時過ぎ。

私の部屋の時計が、静かに時を刻んでいるだけだった。

相変わらず駿君からのメッセージが止まっている。

今日の夕方に言われた事を思い出す。

『今は近付かないで…』

あの時の駿君の冷たい目と拒絶の言葉で不安が胸の奥で膨らんで、息が詰まりそうになる。

指が震えて、スマホを握りしめた。

──もし、もし何かあったら。

ダメだ。考えるだけで涙が出てくる。

私は、震える指でまず彰に電話をかけた。

「……雪?どうした、こんな時間に」

彰君の声はいつも通り落ち着いてるけど、どこか眠そうだった。

「ごめん、急に……駿君と、連絡取れてる?」

一瞬の沈黙。

「……取れてないけど?」

やっぱり。

私の声が震えた。

「私もなの……電話も出ないし……」

彰君の声が、急に鋭くなった。

「落ち着け、雪……ちょっと待て」

ガサガサと布ずれの音。
彰君が起き上がる気配がする。

「今から、松葉大橋で集まろう。雪は陽介に連絡してくれ」

「う、うん……!」

彰と連絡を取り終えて、次に陽介とイドロにかけた。

プルル、プルル……なかなか繋がらなくて、心臓が止まりそうになる。

「おい、雪か?どしたんだよこんな時間に」

陽介の声が、いつもより少し掠れてる。
きっと、もう寝てたんだ。

「陽介……駿君と連絡取れてる?」

「……は?取れてねぇよ。今日、結構売上良かったって連絡しようとしても一切連絡なし、なんだよ急に」

私は、声を押し殺して言った。

「私もなの。彰も取れてなくて……」

電話の向こうで、ガタン、と音がした。
きっとベッドから飛び起きたんだ。

「……マジかよ」

陽介君の声が、低く震える。

「雪、今からイドロを連れて俺もそっちに行く。お前は……」

「私も行く!」

「ダメだ!お前は待ってろ!」

「嫌!駿君がいなくなったら、私……!」

声が裏返った。
涙が頬を伝う。

陽介が、珍しく黙った。

「……分かった。一緒に来い」

最後に──イドロに連絡した。

私は震える指でメッセージを打つ。

【イドロ、今すぐ来て。駿君がいなくなった】

返信は、すぐに来た。

【了解しました。今から陽介様と共に最短距離でそちらに向かいます】

私はコートを羽織った。
外はもう真夜中なのに、雪が降り始めていた。

胸の奥が、冷たく痛い。

駿君。
ねえ、どこにいるの?

私たち、待ってるから。
どんなに暗い場所にいても、絶対に探しに行くから。

……だから、帰ってきて。

お願い、駿君。

スマホを握りしめて、私は玄関を飛び出した。

雪が降りしきる深夜一時半。
松葉大橋の下、街灯の明かりがぼんやりと川面を照らす場所に、四人が集まった。

最初に着いたのは陽介とイドロだった。

車を停めて、慌てて外に出る。

「遅ぇ!どこだよみんな!」

次に私が駆けつけた。コートの裾が雪で濡れ、息が白い。

「陽介……!」

陽介の後ろからイドロが、無音で現れる。

傘も差さずに立っているのに、雪が一粒も彼女に触れていない。

「どうやら、駿様のスマホの最終位置情報は、ここから三キロ先の水鏡神社付近で途切れています」

最後に、彰がゆっくりと歩いてきた。

いつもと変わらない落ち着いた足取りなのに、誰もがその目に宿る鋭さを感じ取った。

彰は、橋脚に背中を預けて、静かに口を開いた。

「……駿は、もう“こっち”にはいない」

全員が息を呑む。

陽介が睨む。

「どういう意味だよ」

雪の手が、震えながら口を開く。

「まさか……裏世界……?」

彰は頷いた。

「あぁ…」

陽介が歯噛みする。

「あのバッカ!!…一人で抱え込んで……!」

彰は静かに続けた。

「あそこは……自分の一番弱い部分が、怪物になって襲ってくる」

私の声が、掠れた。

「駿君の……弱い部分……?」

「ああ」

イドロが静かに口を開く。

「つまり、駿さんは今、自分の“影”と対峙している。そして、恐らく……負けそうになっている」

陽介が拳を握りしめた。

「だったら早く行こうぜ!裏の世界だろうが何だろうが、ぶち抜いて駿を連れ戻す!」

その言葉に私が涙を拭って立ち上がる。

「私も行く。駿君を……一人になんてさせない」

彰は、ゆっくりと全員を見回した。

「……行くぞ。 入り口は、水鏡神社だ」

そして、小さく笑った。

「前に、駿は俺達を助けてくれた。今度は俺たちが駿を助けてあげる番だ」

四人は、雪の中を走り出した。

背後で、松葉大橋の街灯が一つずつ消えていく。

まるで、世界が“裏”に飲み込まれていくみたいに。

陽介の声が、風に乗って響いた。

「駿……待ってろ。今、お前が危険な目に遭ってるんってなら…俺たちがおまえを助けてやる…」

私は祈るように呟く。

「駿君……絶対、絶対助けるから…」

四人の足音が、雪を蹴って夜の闇へと溶けていった。

裏の世界へ──
駿君の“影”が待つ場所へ。