RECORD
Eno.1461 篠崎 駿の記録
北海道旅行〈一日目〉『Three Moment』
今年の冬も相変わらず容赦なかった。雪が降りしき、吐く息が白く凍る。
俺たち五人は、陽介の「せっかくだし旅行に行こうぜ!」という一言で強引に決まった二泊三日の北海道旅行にやってきた。
空港を出た瞬間、吹雪が顔面を叩きつけてきた。
レンタカーに乗り込んで、窓の外は真っ白。
ワイパーが全力で動いても視界は十メートル先までしか効かない。
「マジで死ぬかと思った……」
陽介がハンドルを握りながら苦笑いする。
雪ちゃんは助手席で「でもテンション上がるー!」とスマホで写真撮りまくり。
彰は後部座席で「……寒い……死ぬ……」と震えながら俺のコートに潜り込んでくる。
イドロだけが窓に顔をくっつけて、
「降雪量、毎時八センチ……これは美しい災害でありますね」とか呟いてる。
そして、ようやくたどり着いたのがこの小さな温泉街だった。
宿に行く前に、俺たちは車を降りて、雪に埋もれた街を少しだけ歩いてみることにした。
夕方四時過ぎだというのに、もう真っ暗。
街灯だけがオレンジに雪を照らし、商店街の軒先には立派なつららが下がっている。
足元は新雪が三十センチ以上積もっていて、一歩ごとにズボッと膝まで沈む。
「うわっ、冷てっ!」
陽介が先頭で雪を蹴り上げながら叫ぶ。
雪ちゃんが突然立ち止まって、空を見上げた。
「ねぇ、見て見て!雪、星みたいにキラキラしてる!」
確かに、街灯に当たって降ってくる雪が、まるで光の粒みたいに輝いている。
彰が「……綺麗……」と小さく呟いて、俺の腕にぎゅっとしがみついた。
温かい。
俺はふと、イドロを見た。
彼女は雪を両手で受け止めて、じっと見つめている。
「……これは」
珍しく、言葉が途切れた。
「どうした?」
イドロはゆっくりと顔を上げて、
「データでは知っていましたが……実際に触ると、温度差が……胸の奥が、ざわざわします」
雪ちゃんがニコニコしながら近づいて、
「それって“感動”ってやつだよ、イドロ」
「……感動、でありますか」
イドロはもう一度、両手に乗った雪を見つめて、そっと息を吹きかけた。
雪がふわりと舞って消えていく。
「……消えてしまうのに、確かにここにいた。それが、とても不思議であります」
陽介が後ろから雪玉を作って、
「おいイドロ、感傷に浸ってるとこうなるぞ!」
バシッと背中にぶつけた。
「……陽介様、現在気温マイナス八度。雪玉の速度は時速……」
「うわっ、ごめんごめん!冗談だって!」
俺たちは笑いながら、商店街を進んだ。
閉まってる店が多い中、一軒だけ明かりが灯ってる土産物店があった。
ガラス戸を開けると、あったかい空気と「いらっしゃいませー!」というおばちゃんの声。
店内は狭くて、干物とか熊の木彫りとか、昭和の香りがする民芸品がぎっしり。
雪ちゃんがすぐに「かわいいー!」と雪だるまのキーホルダーを手に取る。
彰は「……これ、かっこいい」と、鬼の面を指差す。
俺は棚の奥にあった、古いガラス瓶のラムネを見つけた。
「懐かしいな、これ」
陽介が「俺も飲みたい!」と即買い。
レジでおばちゃんが「今日は大雪で、お客さんほとんど来てないのよ」と笑う。
「こんな日に来てくれてありがとね。若い子たちが来ると、街が明るくなるわ」
雪ちゃんが「私たち、これからあの奥の温泉宿に行くんです!」と指差すとお婆さん笑って言った。
「ああ、あの古い旅館ね。うちの旦那が子供の頃からあるのよ。いいとこ選んだねぇ」
外に出ると、雪はさらに強くなっていた。
でも、もう誰も寒いなんて言わなかった。
イドロが俺の隣を歩きながら、小さく呟いた。
「……この街も、雪に埋もれていくのに、まだ灯りがついている」
「ああ」
「消えそうで、消えない。それが……人の温かさというものでありますか?」
俺は少し驚いて、イドロを見た。
彼女は雪を見上げたまま、静かに続けた。
「雪様が作った私も、いつか消えてしまうかもしれない。でも……」
雪ちゃんが振り返って、ニコッと笑った。
「大丈夫だよ、イドロ。私がいるもん」
イドロは少しだけ、目を細めた。
「……はい。雪様がいる。だから、私はここにいられる」
街灯の下、俺たち五人の影が雪に長く伸びていた。
雪は降り続く。
でも、俺たちの足跡だけは、ちゃんと残っていた。
その足跡が、宿へと続いていく。
ようやく見えてきた、古びた木造三階建ての宿。
廊下がギシギシ鳴り、障子は黄ばみ、湯殿の天井は煤で黒光りしている。
でも、それが逆に心地よかった。
まるで時間が止まったような、懐かしい匂いがした。
「うわっ、マジで昭和!」
陽介が靴も脱がずに玄関を飛び込む。
古びた木造三階建ての宿は、廊下がギシギシ鳴り、障子は黄ばみ、湯殿の天井は煤で黒光りしている。
でも、それが逆に心地よかった。まるで時間が止まったような、懐かしい匂いがした。
「うわっ、マジで昭和って感じ!」
陽介が靴も脱がずに玄関を飛び込む。
雪ちゃんが「ちょっとー!靴脱いでってば!」と追いかけ、彰は「……虫、出ないよね?」と小声で俺の袖を掴んだ。
俺は苦笑いしながら「大丈夫だって」と肩を叩く。
イドロだけが興味深そうに柱の彫り物を眺め、「なるほどなーこれが日本の“わびさび”というものでありますね」と一人で感心していた。
部屋は十畳と六畳の続き間で、窓の外は真っ白な雪景色だけ。
まずは温泉に入ることにした。
男湯と女湯は壁一枚隔てただけ。声は丸聞こえで、むしろそれが面白かった。
男湯に入ると、湯気がもうもうと立ち込め、窓の外は雪がしんしんと降っている。
湯船は檜づくりで、湯の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「うおおお、生き返るー!」
陽介が一番に湯船にドボンと飛び込んで、盛大に湯が跳ねた。
俺はゆっくり肩まで浸かりながら、思わずため息が漏れる。
「おい駿、背中流してやるよ」
陽介がニヤニヤしながらスポンジを手に近づいてくる。
「いや、自分でできるって」
「いいからいいから、親友だろ?」
仕方なく背中を預けると、陽介の手がピタリと止まった。
「……なあ、駿」
低い声だった。
「あれからさ、俺たち、ちゃんと向き合えてるかなって、時々思うんだよな」
湯船に沈みながら、俺は小さく笑った。
「向き合えてるよ。だって、こうしてまた五人で馬鹿やってるじゃん」
陽介は少し黙って、それから照れ臭そうに笑った。
「……そっか」
その笑顔が、昔よりずっと素直で、優しく見えた。
その時、壁越しに女湯から声が聞こえてきた。
「雪、背中流してあげるね」
彰の少し照れた声。
「えへへ、ありがとー!彰の指、細くて気持ちいい~」
雪ちゃんの甘えた声に、俺と陽介は顔を見合わせて吹き出した。
「イドロは?」と彰は聞く。
「私は自分で充分であります。しかし……せっかくなので、お願いしてもよろしいでしょうか」
イドロが珍しく弱気な声で言うと、
「はいはい、イドロもこっちおいで~」と雪が楽しそうに誘う音がした。
男湯は静かで、女湯はキャッキャと賑やか。
でも、壁一枚隔てて、同じ湯に浸かっていると思うと、妙に温かい気持ちになった。
陽介が急に立ち上がり、「おーい!そっちはどう?」と叫ぶ。
すると即座に雪ちゃんが「最高すぎて元気が出るー!!駿君も元気ー?」と返してきて、
俺は思わず「元気すぎるくらいー!」と叫び返す。
彰が「……恥ずかしいんだけど…」と小声で呟くのが聞こえて、みんなで大笑いした。
五人全員の声が混ざって、湯気の中で響いて、それが幸せだった。
温泉から上がると、みんな頬が赤くて、湯疲れと幸せそうな顔をしていた。
廊下を歩いていると、突然雪ちゃんが「ねぇねぇ、卓球台あったよね!?」と目をキラキラさせて振り返る。
「あったあった!地下の娯楽室!」と陽介が即答。
彰が「……私、疲れてるんだけど」と小声で呟いたけど、雪に袖を引っ張られて結局ついてきた。
娯楽室は薄暗くて、ちょっと湿った匂いがした。
卓球台は古くて、ネットが少し歪んでいる。
ラケットは木製で、重くて手に馴染む。
「彰と勝負ー!」
雪ちゃんがラケットを振り回しながら彰を対戦相手に指名。
彰はため息をつきながらも「負けないから」と静かにラケットを握った。
ゲーム開始。
最初は雪ちゃんが連取。
「やったー!彰ちゃん弱いー!」と雪が跳ね回る。
でも彰は黙ってサーブを変えていく。
だんだん動きが鋭くなって、雪の甘いボールを見逃さずスマッシュ。
「……え、ちょっと待って!?」
雪が慌てて後退するけど、もう遅い。
彰のスマッシュがバコーン!と決まるたびに、雪ちゃんの悲鳴が響く。
最終的に10対8で彰の勝ち。
雪ちゃんが「もう一回!もう一回だけ!」と駄々をこねるけど、彰は「次は明日ね」とラケットを置いて、珍しくちょっと得意げな笑顔を見せた。
その横で、俺は陽介とイドロと三人で、窓際の長椅子に座って外を眺めていた。
窓の外は雪が降りしきっていて、庭の灯籠に雪が積もり、ぼんやり灯りが滲んでいる。
「……綺麗でありますね」
イドロがぽつりと呟いた。
いつもは無表情に近いのに、今日は瞳が少しだけ柔らかくなっている気がした。
陽介が缶コーヒーを一口飲んで、
「なあイドロ、お前さ……雪って好き?」と唐突に聞いた。
イドロは少し考えて、静かに答える。
「データ上では単なる六角形の結晶の集合体であります。しかし……」
窓にそっと手を触れて。
「今、こうして見ていると……“綺麗”という感情が、確かに発生しています」
陽介が「ははっ」と笑った。
「それ、人間と同じじゃん」
「そうでありますか?」
「うん。俺も、ただの水の結晶だってわかってるけど……やっぱり綺麗だなって思うもん」
俺も口を挟む。
「雪ってさ、降ってる時は冷たくて邪魔だけど、積もると世界が静かになるよな」
イドロが小さく頷いた。
「……静か、でありますね」
「そうだろ?」
「はい……でも、今は」
イドロが俺たちをちらりと見て
「この部屋の中は、静かだけど……温かい。とても」
陽介がニヤリと笑って、イドロの肩を軽く叩いた。
「お前、だいぶ人間っぽくなってきたな」
「それは……褒め言葉でありますか?」
「もちろん」
イドロは少し目を伏せて
「……ありがとう、であります」 と、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
窓の外では雪が降り続き、卓球台の向こうでは雪ちゃんと彰が「もう一回だけ!」「もう疲れたってば!」と笑いながらじゃれ合っている。
俺たちは三人、黙ってそれを眺めていた。
冷たい雪と、
温かい部屋と、
五人の声と笑い声。
全部が混ざり合って、この夜は、いつまでも終わらなければいいと思った。
雪ちゃんがこっちを振り返って手を振ってきた。
「ねえ!三人ともこっち来てー!次はダブルスにしようよー!」
俺たちは顔を見合わせて、立ち上がった。
雪はまだ降りている。
でも、もう寒くなんてなかった。
その後、みんなで部屋に戻ると、雪が突然立ち止まった。
「あ、そうだ!イドロ、メンテナンスまだだったよね!」
イドロがぴたりと足を止めて、こくりと頷く。
「はい。本日分の軽微メンテナンスは未実施であります」
「じゃあ今やっておこう!みんなも見学していいよ~」
雪は嬉しそうにイドロの手を引いて、畳の上に座布団を二枚重ねる。
イドロは素直に正座して、スカートの裾を丁寧に直した。
「では、お願いします。雪様」
雪は白いタオルを肩にかけて、まるで美容師みたいに後ろに立つ。
「今日は軽めだから、首と肩と背中の関節周りだけね」
「了解であります」
雪がまず、イドロの首の後ろにある小さな蓋をカチッと開ける。
中からほんのり青白い光が漏れた。
「わっ、冷たくない?」と彰が覗き込む。
「平気平気、イドロはいつもこんな感じだから」
雪は小さなドライバーでネジを二つ外すと、細いケーブルを抜き差ししながら、
「ここ、今日ちょっと動きが硬かったでしょ? 温泉で温まったからちょうどいいタイミング」
「はい。肩関節のトルクが0.7%低下しておりました」
「うんうん、わかった。じゃあちょっと調整するね」
雪は慣れた手つきで、関節部分に極小のスパナを当てて、微調整していく。
カチ、カチ、という小さな音がするたびに、イドロの肩がぴくっと動く。
「くすぐったい……であります」
「我慢してね~」
陽介が腕を組んで見ながら、ぼそっと。
「……お前、マジでメンテナンスされてるんだな」
「はい。雪様の手はとても優しいので、安心であります」
次に雪ちゃんはイドロの背中に手を回し、ドレスの背中のリボンを少し緩めて、背骨に沿ったパネルを開く。
「ここは冷却液の循環が少し滞ってたみたい。ほら、ちょっと青くなってる」
細いチューブに指を這わせて、軽く押すと、青い液体がさらさらと流れる音がした。
「うわ、なんかSFっぽい……」と俺が呟くと、雪が得意げに振り返る。
「これが詰まるとオーバーヒートしちゃうの」
イドロが目を閉じて、気持ちよさそうに。
「……雪様の指、温かくて……とても心地良いであります」
雪ちゃんが頰を赤くしながら、でも嬉しそうに、
「よしよし、今日はいっぱい動いたもんね」
最後に首の後ろのパネルを閉めて、蓋をカチッとロック。
「はい、おしまい!動作チェックしてみて?」
イドロが立ち上がって、くるっと一回転。
両手を上げて、肩を回したり、首を傾げたり。
「動作良好。関節トルク100%回復。冷却効率も最適値であります」
「やったー!」
雪ちゃんがぱっとイドロに抱きついた。
「いつも丁寧にメンテナンスしてくれて……感謝であります」
イドロが、ぎこちなく、でも確かに雪の背中に手を回す。
雪ちゃんが顔を上げて、にこっと笑う。
「イドロは私の最高傑作なんだから、ずっと大事にするよ」
その瞬間、部屋の中がなんだかすごく温かくなった。
陽介が照れ臭そうに鼻を掻いて、
「……ったく、親子みたいだな」
俺はただ、微笑みながら見ていた。
雪がイドロの頰にちゅっとキスして、
「はい、これで今日も完璧!明日もいっぱい遊ぼうね!」
イドロが、ほんの少しだけ頰を赤くして、
「……はい。雪様と、みんなと、ずっと一緒にいたい、であります」
雪ちゃんが振り返って、俺たちにウインク。
「ねえ、みんなも次はメンテナンスしてもらおうか?」
「遠慮しとく!!」と全員即答。
部屋に笑い声が響いた。
そして、宴会場代わりの広間にこたつを二つ並べ、缶ビール、日本酒、つまみが山盛り。
メインイベントの大富豪大会が始まった。
「ルールは革命あり、8切りあり、スペ3返しあり、都落ちなし!」
陽介がトランプをシャッフルしながら高らかに宣言。
雪ちゃんが「えー、都落ちなしは甘すぎー!」と文句を言うも、多数決で却下された。
一戦目の結果は俺は惨敗で最下位。
陽介が大富豪で「貧民の駿、ビール注げ!」とドヤ顔で罰ゲームを言い渡していく。
仕方なく注いでやると、雪ちゃんが「次は私が大富豪になるから見ててね♪」とウインクしてきた。
二戦目、彰が革命を連発して場をひっくり返し、また俺がいきなり大貧民。
「ちょっと待て、俺のジョーカー返したのお前だろ彰!」
「戦略だよ戦略」
そう言い放つ彰に、みんな爆笑。
三戦目、雪ちゃんが急に「私、駿君と同じチームがいい!」と言い出し、急遽ペア戦に
俺と雪ちゃん、陽介&彰、イドロは単独だったが本人は「単独でも問題ありません」と言いながら、必死でカードをガードしていて、それだけで笑える。
俺と雪ちゃんのペアは最強だった。
雪が耳元で「駿君、ここは8切り!」とか「今だよ、ババ押し付けちゃえ!」と小声で指示してくるから、完璧に連勝。
陽介が「こらー! イチャイチャすんなー!」と叫ぶけど、もう遅い。
最終的に俺たちが大富豪&副富豪で優勝。
罰ゲームは大貧民の陽介と彰に決定。
「王様だーれだ?」
王様は……雪ちゃん。
「王様の命令は1番と2番は……肩車して!」
「は!?」
「え!?」
俺と陽介が同時に叫ぶ。
「ほら、早く早く!」
雪ちゃんが手をパチパチ叩く。
仕方なく向き合って肩車を始める。
「……重いな、お前」
「うぉっと…!お前絶対落とすなよ!!フリじゃねぇからな!!?」
俺たちは顔を真っ赤にしながらも、なんだかんだ笑っていた。
その後もゲームは続きいていき、みんなで笑いあった。
気付けば深夜二時。
こたつでうとうとしながら、誰かが呟いた。
「……久しぶりに、こんなに馬鹿騒ぎしたな」
誰も答えなかったけど、みんな小さく頷いた。
陽介はこたつに突っ伏して、彰はソファで毛布をかぶって、イドロは正座したまま微妙に首を傾けてスリープモードに入っている。
俺はそっと立ち上がって、雪ちゃんの肩を軽く叩いた。
「……雪ちゃん、ちょっと玄関の方行かない?」
雪ちゃんは眠そうな目をこすりながらも、小さく頷いた。
「……うん」
二人は毛布を肩にかけて、静かに階段を上がる。
三階の物干しスペースは、昔の旅館らしく屋根裏部屋みたいになっていて、小さな窓が一つだけある。
外は雪が降り続いていて、窓から差し込む月明かりが畳を青白く照らしていた。
俺たちは並んで腰を下ろして、しばらく黙って雪を眺めていた。
「……ねえ、雪ちゃん」
俺は静かに切り出した。
「イドロって…どうしてその名前になったの?」
雪ちゃんは少し驚いたように瞬きして、それから小さく首を振った。
「彼女の名前…最初はね、IDOLだったの」
「IDOL……偶像、か」
「そう。研究所の正式なプロジェクト名も『IDOL-VII』だったし」
雪ちゃんは膝の上で指を絡めながら、遠い目をした。
「完璧な殲滅兵器……感情なんて必要ない、ただの“偶像”として作られた子だったから査察官も、技術者も、みんなそう呼んでた」
俺は黙って聞いていた。
「でも……」
雪ちゃんは息を吸って、
「人格AIを完成させた夜、私、勝手に名前を変えちゃったの」
「……変えた?」
「うん。IDOLの最後に、もう一文字……“O”を足して」
雪は恥ずかしそうに笑った。
「どうして、名前を変えたの?」
雪は窓に指で“IDOLO”と書いて、ゆっくりと答えた。
「“IDOL”は“偶像”……誰かの理想を押し付けられた、冷たい人形の名前」
「でも“IDOLO”は……」
「私の、たった一人の“オリジナル”」
雪ちゃんは俺をまっすぐ見て、静かに続けた。
「人格AIの最終行に署名するとき、私はイニシャルを埋め込んだの。それが“Original”の証だから」
「だから最後の“O”は……」
「うん。私が作った、誰にも真似できない、たった一人の子だって意味」
雪ちゃんは少し涙声になりながら、でも誇らしげに微笑んだ。
「だから私にとってイドロは妹でもあり、娘でもあり…いや、そんなんじゃ言い表せない存在」
俺は言葉を失って、ただ雪ちゃんを見つめていた。
雪ちゃんは小さく笑って、
「……しっかりと怒られたよ。上層部に。勝手に名前を変えるなんてって」
「でも変えなかったんだろ?」
「うん。私、初めて反抗した」
雪ちゃんは俺の肩に頭を預けて、囁くように言った。
「だって……私の大切な存在なんだもん。簡単に変えることなんてできないよ……」
俺はそっと雪ちゃんを抱き寄せた。
「……最高の名前だ」
雪ちゃんは俺の胸に顔を埋めて、震える声で呟いた。
「ありがとう……駿君」
小さな窓の外、雪は静かに降り続いていた。
でもここには、月明かりと、雪ちゃんの、たった一人の“オリジナル”への愛だけがあった。
雪ちゃんが小さく、でも確かに言った。
「イドロは…もう、兵器じゃないよ」
「ああ」
「私の……すごく大切な子なんだから」
俺は雪ちゃんの髪を撫でながら、静かに答えた。
「知ってる」
“IDOLO”という存在は、俺たちの大切な仲間として、確かに、ここに生まれたんだ。
俺たち五人は、陽介の「せっかくだし旅行に行こうぜ!」という一言で強引に決まった二泊三日の北海道旅行にやってきた。
空港を出た瞬間、吹雪が顔面を叩きつけてきた。
レンタカーに乗り込んで、窓の外は真っ白。
ワイパーが全力で動いても視界は十メートル先までしか効かない。
「マジで死ぬかと思った……」
陽介がハンドルを握りながら苦笑いする。
雪ちゃんは助手席で「でもテンション上がるー!」とスマホで写真撮りまくり。
彰は後部座席で「……寒い……死ぬ……」と震えながら俺のコートに潜り込んでくる。
イドロだけが窓に顔をくっつけて、
「降雪量、毎時八センチ……これは美しい災害でありますね」とか呟いてる。
そして、ようやくたどり着いたのがこの小さな温泉街だった。
宿に行く前に、俺たちは車を降りて、雪に埋もれた街を少しだけ歩いてみることにした。
夕方四時過ぎだというのに、もう真っ暗。
街灯だけがオレンジに雪を照らし、商店街の軒先には立派なつららが下がっている。
足元は新雪が三十センチ以上積もっていて、一歩ごとにズボッと膝まで沈む。
「うわっ、冷てっ!」
陽介が先頭で雪を蹴り上げながら叫ぶ。
雪ちゃんが突然立ち止まって、空を見上げた。
「ねぇ、見て見て!雪、星みたいにキラキラしてる!」
確かに、街灯に当たって降ってくる雪が、まるで光の粒みたいに輝いている。
彰が「……綺麗……」と小さく呟いて、俺の腕にぎゅっとしがみついた。
温かい。
俺はふと、イドロを見た。
彼女は雪を両手で受け止めて、じっと見つめている。
「……これは」
珍しく、言葉が途切れた。
「どうした?」
イドロはゆっくりと顔を上げて、
「データでは知っていましたが……実際に触ると、温度差が……胸の奥が、ざわざわします」
雪ちゃんがニコニコしながら近づいて、
「それって“感動”ってやつだよ、イドロ」
「……感動、でありますか」
イドロはもう一度、両手に乗った雪を見つめて、そっと息を吹きかけた。
雪がふわりと舞って消えていく。
「……消えてしまうのに、確かにここにいた。それが、とても不思議であります」
陽介が後ろから雪玉を作って、
「おいイドロ、感傷に浸ってるとこうなるぞ!」
バシッと背中にぶつけた。
「……陽介様、現在気温マイナス八度。雪玉の速度は時速……」
「うわっ、ごめんごめん!冗談だって!」
俺たちは笑いながら、商店街を進んだ。
閉まってる店が多い中、一軒だけ明かりが灯ってる土産物店があった。
ガラス戸を開けると、あったかい空気と「いらっしゃいませー!」というおばちゃんの声。
店内は狭くて、干物とか熊の木彫りとか、昭和の香りがする民芸品がぎっしり。
雪ちゃんがすぐに「かわいいー!」と雪だるまのキーホルダーを手に取る。
彰は「……これ、かっこいい」と、鬼の面を指差す。
俺は棚の奥にあった、古いガラス瓶のラムネを見つけた。
「懐かしいな、これ」
陽介が「俺も飲みたい!」と即買い。
レジでおばちゃんが「今日は大雪で、お客さんほとんど来てないのよ」と笑う。
「こんな日に来てくれてありがとね。若い子たちが来ると、街が明るくなるわ」
雪ちゃんが「私たち、これからあの奥の温泉宿に行くんです!」と指差すとお婆さん笑って言った。
「ああ、あの古い旅館ね。うちの旦那が子供の頃からあるのよ。いいとこ選んだねぇ」
外に出ると、雪はさらに強くなっていた。
でも、もう誰も寒いなんて言わなかった。
イドロが俺の隣を歩きながら、小さく呟いた。
「……この街も、雪に埋もれていくのに、まだ灯りがついている」
「ああ」
「消えそうで、消えない。それが……人の温かさというものでありますか?」
俺は少し驚いて、イドロを見た。
彼女は雪を見上げたまま、静かに続けた。
「雪様が作った私も、いつか消えてしまうかもしれない。でも……」
雪ちゃんが振り返って、ニコッと笑った。
「大丈夫だよ、イドロ。私がいるもん」
イドロは少しだけ、目を細めた。
「……はい。雪様がいる。だから、私はここにいられる」
街灯の下、俺たち五人の影が雪に長く伸びていた。
雪は降り続く。
でも、俺たちの足跡だけは、ちゃんと残っていた。
その足跡が、宿へと続いていく。
ようやく見えてきた、古びた木造三階建ての宿。
廊下がギシギシ鳴り、障子は黄ばみ、湯殿の天井は煤で黒光りしている。
でも、それが逆に心地よかった。
まるで時間が止まったような、懐かしい匂いがした。
「うわっ、マジで昭和!」
陽介が靴も脱がずに玄関を飛び込む。
古びた木造三階建ての宿は、廊下がギシギシ鳴り、障子は黄ばみ、湯殿の天井は煤で黒光りしている。
でも、それが逆に心地よかった。まるで時間が止まったような、懐かしい匂いがした。
「うわっ、マジで昭和って感じ!」
陽介が靴も脱がずに玄関を飛び込む。
雪ちゃんが「ちょっとー!靴脱いでってば!」と追いかけ、彰は「……虫、出ないよね?」と小声で俺の袖を掴んだ。
俺は苦笑いしながら「大丈夫だって」と肩を叩く。
イドロだけが興味深そうに柱の彫り物を眺め、「なるほどなーこれが日本の“わびさび”というものでありますね」と一人で感心していた。
部屋は十畳と六畳の続き間で、窓の外は真っ白な雪景色だけ。
まずは温泉に入ることにした。
男湯と女湯は壁一枚隔てただけ。声は丸聞こえで、むしろそれが面白かった。
男湯に入ると、湯気がもうもうと立ち込め、窓の外は雪がしんしんと降っている。
湯船は檜づくりで、湯の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「うおおお、生き返るー!」
陽介が一番に湯船にドボンと飛び込んで、盛大に湯が跳ねた。
俺はゆっくり肩まで浸かりながら、思わずため息が漏れる。
「おい駿、背中流してやるよ」
陽介がニヤニヤしながらスポンジを手に近づいてくる。
「いや、自分でできるって」
「いいからいいから、親友だろ?」
仕方なく背中を預けると、陽介の手がピタリと止まった。
「……なあ、駿」
低い声だった。
「あれからさ、俺たち、ちゃんと向き合えてるかなって、時々思うんだよな」
湯船に沈みながら、俺は小さく笑った。
「向き合えてるよ。だって、こうしてまた五人で馬鹿やってるじゃん」
陽介は少し黙って、それから照れ臭そうに笑った。
「……そっか」
その笑顔が、昔よりずっと素直で、優しく見えた。
その時、壁越しに女湯から声が聞こえてきた。
「雪、背中流してあげるね」
彰の少し照れた声。
「えへへ、ありがとー!彰の指、細くて気持ちいい~」
雪ちゃんの甘えた声に、俺と陽介は顔を見合わせて吹き出した。
「イドロは?」と彰は聞く。
「私は自分で充分であります。しかし……せっかくなので、お願いしてもよろしいでしょうか」
イドロが珍しく弱気な声で言うと、
「はいはい、イドロもこっちおいで~」と雪が楽しそうに誘う音がした。
男湯は静かで、女湯はキャッキャと賑やか。
でも、壁一枚隔てて、同じ湯に浸かっていると思うと、妙に温かい気持ちになった。
陽介が急に立ち上がり、「おーい!そっちはどう?」と叫ぶ。
すると即座に雪ちゃんが「最高すぎて元気が出るー!!駿君も元気ー?」と返してきて、
俺は思わず「元気すぎるくらいー!」と叫び返す。
彰が「……恥ずかしいんだけど…」と小声で呟くのが聞こえて、みんなで大笑いした。
五人全員の声が混ざって、湯気の中で響いて、それが幸せだった。
温泉から上がると、みんな頬が赤くて、湯疲れと幸せそうな顔をしていた。
廊下を歩いていると、突然雪ちゃんが「ねぇねぇ、卓球台あったよね!?」と目をキラキラさせて振り返る。
「あったあった!地下の娯楽室!」と陽介が即答。
彰が「……私、疲れてるんだけど」と小声で呟いたけど、雪に袖を引っ張られて結局ついてきた。
娯楽室は薄暗くて、ちょっと湿った匂いがした。
卓球台は古くて、ネットが少し歪んでいる。
ラケットは木製で、重くて手に馴染む。
「彰と勝負ー!」
雪ちゃんがラケットを振り回しながら彰を対戦相手に指名。
彰はため息をつきながらも「負けないから」と静かにラケットを握った。
ゲーム開始。
最初は雪ちゃんが連取。
「やったー!彰ちゃん弱いー!」と雪が跳ね回る。
でも彰は黙ってサーブを変えていく。
だんだん動きが鋭くなって、雪の甘いボールを見逃さずスマッシュ。
「……え、ちょっと待って!?」
雪が慌てて後退するけど、もう遅い。
彰のスマッシュがバコーン!と決まるたびに、雪ちゃんの悲鳴が響く。
最終的に10対8で彰の勝ち。
雪ちゃんが「もう一回!もう一回だけ!」と駄々をこねるけど、彰は「次は明日ね」とラケットを置いて、珍しくちょっと得意げな笑顔を見せた。
その横で、俺は陽介とイドロと三人で、窓際の長椅子に座って外を眺めていた。
窓の外は雪が降りしきっていて、庭の灯籠に雪が積もり、ぼんやり灯りが滲んでいる。
「……綺麗でありますね」
イドロがぽつりと呟いた。
いつもは無表情に近いのに、今日は瞳が少しだけ柔らかくなっている気がした。
陽介が缶コーヒーを一口飲んで、
「なあイドロ、お前さ……雪って好き?」と唐突に聞いた。
イドロは少し考えて、静かに答える。
「データ上では単なる六角形の結晶の集合体であります。しかし……」
窓にそっと手を触れて。
「今、こうして見ていると……“綺麗”という感情が、確かに発生しています」
陽介が「ははっ」と笑った。
「それ、人間と同じじゃん」
「そうでありますか?」
「うん。俺も、ただの水の結晶だってわかってるけど……やっぱり綺麗だなって思うもん」
俺も口を挟む。
「雪ってさ、降ってる時は冷たくて邪魔だけど、積もると世界が静かになるよな」
イドロが小さく頷いた。
「……静か、でありますね」
「そうだろ?」
「はい……でも、今は」
イドロが俺たちをちらりと見て
「この部屋の中は、静かだけど……温かい。とても」
陽介がニヤリと笑って、イドロの肩を軽く叩いた。
「お前、だいぶ人間っぽくなってきたな」
「それは……褒め言葉でありますか?」
「もちろん」
イドロは少し目を伏せて
「……ありがとう、であります」 と、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
窓の外では雪が降り続き、卓球台の向こうでは雪ちゃんと彰が「もう一回だけ!」「もう疲れたってば!」と笑いながらじゃれ合っている。
俺たちは三人、黙ってそれを眺めていた。
冷たい雪と、
温かい部屋と、
五人の声と笑い声。
全部が混ざり合って、この夜は、いつまでも終わらなければいいと思った。
雪ちゃんがこっちを振り返って手を振ってきた。
「ねえ!三人ともこっち来てー!次はダブルスにしようよー!」
俺たちは顔を見合わせて、立ち上がった。
雪はまだ降りている。
でも、もう寒くなんてなかった。
その後、みんなで部屋に戻ると、雪が突然立ち止まった。
「あ、そうだ!イドロ、メンテナンスまだだったよね!」
イドロがぴたりと足を止めて、こくりと頷く。
「はい。本日分の軽微メンテナンスは未実施であります」
「じゃあ今やっておこう!みんなも見学していいよ~」
雪は嬉しそうにイドロの手を引いて、畳の上に座布団を二枚重ねる。
イドロは素直に正座して、スカートの裾を丁寧に直した。
「では、お願いします。雪様」
雪は白いタオルを肩にかけて、まるで美容師みたいに後ろに立つ。
「今日は軽めだから、首と肩と背中の関節周りだけね」
「了解であります」
雪がまず、イドロの首の後ろにある小さな蓋をカチッと開ける。
中からほんのり青白い光が漏れた。
「わっ、冷たくない?」と彰が覗き込む。
「平気平気、イドロはいつもこんな感じだから」
雪は小さなドライバーでネジを二つ外すと、細いケーブルを抜き差ししながら、
「ここ、今日ちょっと動きが硬かったでしょ? 温泉で温まったからちょうどいいタイミング」
「はい。肩関節のトルクが0.7%低下しておりました」
「うんうん、わかった。じゃあちょっと調整するね」
雪は慣れた手つきで、関節部分に極小のスパナを当てて、微調整していく。
カチ、カチ、という小さな音がするたびに、イドロの肩がぴくっと動く。
「くすぐったい……であります」
「我慢してね~」
陽介が腕を組んで見ながら、ぼそっと。
「……お前、マジでメンテナンスされてるんだな」
「はい。雪様の手はとても優しいので、安心であります」
次に雪ちゃんはイドロの背中に手を回し、ドレスの背中のリボンを少し緩めて、背骨に沿ったパネルを開く。
「ここは冷却液の循環が少し滞ってたみたい。ほら、ちょっと青くなってる」
細いチューブに指を這わせて、軽く押すと、青い液体がさらさらと流れる音がした。
「うわ、なんかSFっぽい……」と俺が呟くと、雪が得意げに振り返る。
「これが詰まるとオーバーヒートしちゃうの」
イドロが目を閉じて、気持ちよさそうに。
「……雪様の指、温かくて……とても心地良いであります」
雪ちゃんが頰を赤くしながら、でも嬉しそうに、
「よしよし、今日はいっぱい動いたもんね」
最後に首の後ろのパネルを閉めて、蓋をカチッとロック。
「はい、おしまい!動作チェックしてみて?」
イドロが立ち上がって、くるっと一回転。
両手を上げて、肩を回したり、首を傾げたり。
「動作良好。関節トルク100%回復。冷却効率も最適値であります」
「やったー!」
雪ちゃんがぱっとイドロに抱きついた。
「いつも丁寧にメンテナンスしてくれて……感謝であります」
イドロが、ぎこちなく、でも確かに雪の背中に手を回す。
雪ちゃんが顔を上げて、にこっと笑う。
「イドロは私の最高傑作なんだから、ずっと大事にするよ」
その瞬間、部屋の中がなんだかすごく温かくなった。
陽介が照れ臭そうに鼻を掻いて、
「……ったく、親子みたいだな」
俺はただ、微笑みながら見ていた。
雪がイドロの頰にちゅっとキスして、
「はい、これで今日も完璧!明日もいっぱい遊ぼうね!」
イドロが、ほんの少しだけ頰を赤くして、
「……はい。雪様と、みんなと、ずっと一緒にいたい、であります」
雪ちゃんが振り返って、俺たちにウインク。
「ねえ、みんなも次はメンテナンスしてもらおうか?」
「遠慮しとく!!」と全員即答。
部屋に笑い声が響いた。
そして、宴会場代わりの広間にこたつを二つ並べ、缶ビール、日本酒、つまみが山盛り。
メインイベントの大富豪大会が始まった。
「ルールは革命あり、8切りあり、スペ3返しあり、都落ちなし!」
陽介がトランプをシャッフルしながら高らかに宣言。
雪ちゃんが「えー、都落ちなしは甘すぎー!」と文句を言うも、多数決で却下された。
一戦目の結果は俺は惨敗で最下位。
陽介が大富豪で「貧民の駿、ビール注げ!」とドヤ顔で罰ゲームを言い渡していく。
仕方なく注いでやると、雪ちゃんが「次は私が大富豪になるから見ててね♪」とウインクしてきた。
二戦目、彰が革命を連発して場をひっくり返し、また俺がいきなり大貧民。
「ちょっと待て、俺のジョーカー返したのお前だろ彰!」
「戦略だよ戦略」
そう言い放つ彰に、みんな爆笑。
三戦目、雪ちゃんが急に「私、駿君と同じチームがいい!」と言い出し、急遽ペア戦に
俺と雪ちゃん、陽介&彰、イドロは単独だったが本人は「単独でも問題ありません」と言いながら、必死でカードをガードしていて、それだけで笑える。
俺と雪ちゃんのペアは最強だった。
雪が耳元で「駿君、ここは8切り!」とか「今だよ、ババ押し付けちゃえ!」と小声で指示してくるから、完璧に連勝。
陽介が「こらー! イチャイチャすんなー!」と叫ぶけど、もう遅い。
最終的に俺たちが大富豪&副富豪で優勝。
罰ゲームは大貧民の陽介と彰に決定。
「王様だーれだ?」
王様は……雪ちゃん。
「王様の命令は1番と2番は……肩車して!」
「は!?」
「え!?」
俺と陽介が同時に叫ぶ。
「ほら、早く早く!」
雪ちゃんが手をパチパチ叩く。
仕方なく向き合って肩車を始める。
「……重いな、お前」
「うぉっと…!お前絶対落とすなよ!!フリじゃねぇからな!!?」
俺たちは顔を真っ赤にしながらも、なんだかんだ笑っていた。
その後もゲームは続きいていき、みんなで笑いあった。
気付けば深夜二時。
こたつでうとうとしながら、誰かが呟いた。
「……久しぶりに、こんなに馬鹿騒ぎしたな」
誰も答えなかったけど、みんな小さく頷いた。
陽介はこたつに突っ伏して、彰はソファで毛布をかぶって、イドロは正座したまま微妙に首を傾けてスリープモードに入っている。
俺はそっと立ち上がって、雪ちゃんの肩を軽く叩いた。
「……雪ちゃん、ちょっと玄関の方行かない?」
雪ちゃんは眠そうな目をこすりながらも、小さく頷いた。
「……うん」
二人は毛布を肩にかけて、静かに階段を上がる。
三階の物干しスペースは、昔の旅館らしく屋根裏部屋みたいになっていて、小さな窓が一つだけある。
外は雪が降り続いていて、窓から差し込む月明かりが畳を青白く照らしていた。
俺たちは並んで腰を下ろして、しばらく黙って雪を眺めていた。
「……ねえ、雪ちゃん」
俺は静かに切り出した。
「イドロって…どうしてその名前になったの?」
雪ちゃんは少し驚いたように瞬きして、それから小さく首を振った。
「彼女の名前…最初はね、IDOLだったの」
「IDOL……偶像、か」
「そう。研究所の正式なプロジェクト名も『IDOL-VII』だったし」
雪ちゃんは膝の上で指を絡めながら、遠い目をした。
「完璧な殲滅兵器……感情なんて必要ない、ただの“偶像”として作られた子だったから査察官も、技術者も、みんなそう呼んでた」
俺は黙って聞いていた。
「でも……」
雪ちゃんは息を吸って、
「人格AIを完成させた夜、私、勝手に名前を変えちゃったの」
「……変えた?」
「うん。IDOLの最後に、もう一文字……“O”を足して」
雪は恥ずかしそうに笑った。
「どうして、名前を変えたの?」
雪は窓に指で“IDOLO”と書いて、ゆっくりと答えた。
「“IDOL”は“偶像”……誰かの理想を押し付けられた、冷たい人形の名前」
「でも“IDOLO”は……」
「私の、たった一人の“オリジナル”」
雪ちゃんは俺をまっすぐ見て、静かに続けた。
「人格AIの最終行に署名するとき、私はイニシャルを埋め込んだの。それが“Original”の証だから」
「だから最後の“O”は……」
「うん。私が作った、誰にも真似できない、たった一人の子だって意味」
雪ちゃんは少し涙声になりながら、でも誇らしげに微笑んだ。
「だから私にとってイドロは妹でもあり、娘でもあり…いや、そんなんじゃ言い表せない存在」
俺は言葉を失って、ただ雪ちゃんを見つめていた。
雪ちゃんは小さく笑って、
「……しっかりと怒られたよ。上層部に。勝手に名前を変えるなんてって」
「でも変えなかったんだろ?」
「うん。私、初めて反抗した」
雪ちゃんは俺の肩に頭を預けて、囁くように言った。
「だって……私の大切な存在なんだもん。簡単に変えることなんてできないよ……」
俺はそっと雪ちゃんを抱き寄せた。
「……最高の名前だ」
雪ちゃんは俺の胸に顔を埋めて、震える声で呟いた。
「ありがとう……駿君」
小さな窓の外、雪は静かに降り続いていた。
でもここには、月明かりと、雪ちゃんの、たった一人の“オリジナル”への愛だけがあった。
雪ちゃんが小さく、でも確かに言った。
「イドロは…もう、兵器じゃないよ」
「ああ」
「私の……すごく大切な子なんだから」
俺は雪ちゃんの髪を撫でながら、静かに答えた。
「知ってる」
“IDOLO”という存在は、俺たちの大切な仲間として、確かに、ここに生まれたんだ。