RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

Wish

日曜の朝、松葉市武道館は異様な熱気に包まれていた。

今日は地元の大きな大会の団体戦が始まっていた。

北摩に行く前に最後に可愛い後輩の試合位は見ておきたかった。

俺は観客席の最後列、柱の陰に立っていた。目立ちたくない。でも、見届けたかった。

開会式が終わり、選手入場。

真二は五将。背は伸びたが、まだ華奢に見える。面紐を締め直す手が、小刻みに震えているのがここからでもわかった。

第一試合。相手は隣県の強豪。

試合開始の笛と同時に、真二の相手は一気に間合いを詰める。速い。真二は下がりながら小手を狙うが、払われてしまう。

「うわ……」

隣で見ていた保護者が息を呑む。

次の瞬間、真二の面が飛んだ。

相手の胴を打ちながら、すれ違いざまに打った面。鮮やかだった。旗が三本、真っ直ぐ上がる。

観客席がどよめいた。

第二試合、第三試合も、真二は全部勝った。

特に準決勝。相手は去年の全国ベスト8の学校の副将。真二は二本負けしていた。それでも最後の三十秒、引き面を決めて一本返し、延長へ。

延長で、真二は一度も下がらなかった。

相手が突いてきた瞬間、真二は体を沈めて胴を打った。同時に相手の面も入ったが、審判の判定は真二の胴が先。

「胴あり!」

場内が割れんばかりの拍手。

決勝戦。

真二の相手は、インターハイ個人ベスト4の選手だった。

試合開始直後、真二は小手を打たれて一本取られる。

しかし、そこからが違った。

真二は笑っていた。

面の下で、確かに口角が上がっている。

まるで姉が見ていると言わんばかりに。

二本目、真二は引き面で一本返す。

三本目、残り十秒。引き分けで代表戦になる状況。

真二は一度深く息を吸って、

「姉ちゃん……見ててくれよ」

小さく呟いたのが、俺には聞こえた気がした。

そして、相手が打ち気に出た瞬間、

真二は前に出た。

出ばらし面。

完璧なタイミングだった。

旗が三本、白。

優勝。

試合終了の笛と同時に、真二は面を外し、天井を見上げた。

涙がこぼれている。でも、笑っている。

表彰式。

真二の学校が優勝旗を受け取る瞬間、真二はふと観客席を見た。

俺のいる方角を。

目が合った気がした。

真二は小さく、でも確かに頷いた。

その夜。

俺はもう一度『龍華』にいた。

真二はまだ道着のまま、優勝メダルを首にかけていた。

「篠崎さん……来てくれたんですね」

「まさか柱の陰に隠れてるとは思わなかったけど」

真二は照れ臭そうに笑う。

「でも、わかったんです。最後、出ばらし打つ時……なんか、篠崎さんの気配感じて」

俺はウーロン茶を注文する。

「満ちゃんは?」

「今、駅で待ってます。一緒に帰るって」

真二はメダルを指でなぞる。

「姉ちゃん……見てたかな」

「ああ、見てたよ」

俺は確信を持って言った。

「最後の面、良かったぞ」

真二の目が潤む。

「篠崎さん…北摩に行くんですよね」

「知ってたのか…」

「色々聞いちゃって…」

真二は頷く。

「だから、篠崎さん」

真二は立ち上がって、深く頭を下げた。

「今まで、本当にありがとうございました」

俺は立ち上がって、真二の肩を叩く。

「こっちこそだ」

外に出ると、満ちゃんが駅の方から小走りにやってきた。

「真二くん!おめでとう!」

満ちゃんは真二に抱きついて、それから俺を見てぺこりとお辞儀。

「篠崎さんも、来てくれたんですね」

「ああ」

三人の影が、街灯に長く伸びる。

「じゃあ、俺はこれで」

俺が歩き出そうとすると、真二が呼び止めた。

「篠崎さん!」

振り返ると、真二と満ちゃんが並んで立っていた。

「たまには顔出しに帰ってきてください」

真二の声が、少し震えていた。

「俺たち、姉ちゃんたちの分まで、ちゃんと生きてますから」

俺は頷く。

「ああ、約束する」

満ちゃんが、真二の手をそっと握った。

俺は背を向けて歩き出す。

背中に、二人の声が聞こえた。

「またね、篠崎さん!」

「気をつけてください!」

振り返らずに、俺は手を上げた。

ポケットの中、優の手紙が、今度こそ本当に軽くなった。

真二はもう、泣かないだろう。

泣いても、一人じゃない。

俺たちみんなで、優の分まで生きていく。

松葉市の夜空に、優勝の花火が上がった気がした。