RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

Mechanical Maiden and small resident

俺は帰ってきて、荷物を自分の部屋に置いたあと、ふと四階に上がってみた。

ドアを開けると、意外な光景が広がっていた。

部屋の中央に置かれたクエちゃんの特大の水槽にイドロが水槽に顔を近づけて、じーっと中を覗き込んでいる。

水槽の中では、クエちゃんがゆったり泳いでいる。

普段は誰かが近づくと「クェ!」って飛びついてくるのに、今は静かだ。

イドロが、指を水面にそっと触れている。

水が少し波立って、クエちゃんがその指先に近づいてくる。

「……クェ?」

小さな声でクエちゃんが鳴いた。

イドロはびっくりした様子もなく、ゆっくり指を動かした。

「こんにちは、クエさん、今日も元気でありますね」

いつもの口調だけど、どこか優しい。

クエちゃんはイドロの指にぷにっと顔を押しつけた。

水しぶきが少し上がる。

イドロの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

「くすぐったいであります」

俺はドアの陰から、息を潜めて見ていた。

邪魔したくないと思った。

イドロは買い物袋を床に置いたまま、水槽の横にしゃがみ込んでいた。

袋の中から、何か小さなものを取り出している。

黄色いアヒルのゴム人形──子供がお風呂で遊ぶようなやつだ。

それと、赤と青のしましまのゴムボール。

「これ、陽介様が『クエちゃんのプレゼント』って買ってきたんですけど……私が入れてみてもいいでしょうか?」

イドロが独り言みたいに呟いて、水槽を覗き込む。

クエちゃんが興味津々で水面に浮かんでいる。

イドロは慎重に、アヒルのゴム人形を水槽の縁に置いた。

そして、そっと水の中に落とす。

ぷかっとアヒルが水面に浮かぶ。

クエちゃんが「クェ!?」と驚いたように鳴いて、すぐに近づいていった。

クチバシでアヒルをツンツン突く。

アヒルがゆらゆら揺れて、水面を漂う。

クエちゃんはそれを見て、興奮したみたいに水の中でくるくる回り始めた。

次にイドロがゴムボールを入れる。

ぽちゃん。

ボールも浮かぶ。

クエちゃんは今度はボールを追いかけて、頭で押し上げるようにして遊ぶ。

ボールが水面でぴょんぴょん跳ねて、水しぶきが上がる。

「クェ!クェ!クェ!」

明らかに楽しそう。

イドロの目が、珍しく丸くなっていた。

「……すごいであります。クエさん、喜んでいます」

イドロは指を水面に近づけて、アヒルをそっと押す。

アヒルがクエちゃんの方に流れる。

クエちゃんがそれを追いかけて、ぷにっと噛む

ゴムだから大丈夫だけど。

イドロが小さく笑った。

「クエさんはこれが大好きなんですね。私も、もっと持ってきます。次は……魚の形のやつとか」

クエちゃんがアヒルとボールを交互に突っついて、完全に夢中だ。

イドロは指を水の中に入れず、ただ表面をなぞるように動かしている。

クエちゃんはその動きを追いかけて、水槽の中をぐるぐる回り始めた。

まるでじゃれ合ってるみたいだ。

「あなたは、水の中で生きる存在であります。私とはまったく違う環境……でも、触れ合うことはできるんですね」

イドロが独り言のように呟く。

クエちゃんが水面にぴょんと跳ねて、小さな水滴をイドロの手に飛ばした。

イドロは瞬きもせず、それを受け止めた。

「ありがとうございます。冷たくて、気持ちいいであります」

その時、クエちゃんが水槽の縁に足をかけて、体を少し持ち上げた。

まるで「出てこいよ」って言ってるみたいに。

イドロが小さく笑った。

「出るのは無理でありますよ。私は水の中では機能しません」

でも、クエちゃんは諦めない。

また跳ねて、イドロの指に顔をすりつける。

イドロは少し考えてから、そっとクエちゃんを抱き抱えて水槽の外に出した。

クエちゃんがイドロを見上げた後に手をイドロの頭の上に乗せて「クェ〜」と長く鳴いた。

イドロはクエちゃんのお腹に額を軽くつけた。

「ふーむ、ペンギンのお腹というのはなんとも温かいものなのですね」

クエちゃんが嬉しそうに鳴いた。

イドロは立ち上がり、水槽の横に置いてあった冷凍庫から餌の容器を取った。

「そろそろ、ご飯の時間ですね。今日は特別に、少し多めにあげます」

蓋を開けて、魚の口の中にビタミンを入れてクエちゃんに食べさせた。

クエちゃんは勢いよく食べ始めるとイドロはそれを満足げに見ながら、小声で続けた。

「今日は楽しかったであります。またよろしくお願いしますねクエさん」

イドロはそう言うとクエちゃんの頭を撫でた。

俺はその光景を見て微笑みながらそっとドアを閉めた。