RECORD
Eno.329 九条 陶椛の記録
年の瀬の姑獲鳥
七乙は姑獲鳥と呼称される怪奇だ。
姑獲鳥とは、産女と姑獲鳥などの伝承が混ざり合一化した怪奇だとされている。
そこには飴買い幽霊という死後、棺の中で出産した子に飴を買い与えて育てる女の幽霊の民話もその属性の近しさから取り込まれている。
産女は妊娠中に亡くなった妊婦が化けたとされるもの。
姑獲鳥は出産で死んだ妊婦が化けたとされるもの。
状態としては異なるが、ともに当時の出産にまつわる死亡率の高さに由来する悲しみの怪奇として混同していったようだ。
医療技術の進歩により出産における死亡率が格段に抑えられている現代ではその力は相応に弱体化している。
それでも、死とは無縁などではなく。
その黒く血腥い翼は現在も羽撃いている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
⦅……冷える喃。師走ともなれば、当然だが⦆
いつの時代のものかわからない口調にあまりそぐわない、少女のような甘い声のつぶやき。
年の瀬の幻燈苑の木々に白いものが積もっている。
表世界ではそこまで冷え込みもせず、冷たい雨が降っている程度だ。
此処は、古き穏やかな四季を記録/保存/再現している。
しかし同時に、いくつもの種類の花が咲き乱れている。
それは相反するものだが、客を楽しませ留めておくための迷い家の性質なのだろう。
虚構の楽園として。
七乙は太い木の枝の上に留まり、そんな冬景色を眺めていた。
陶椛は深く眠っていて意識は無い。
⦅ふん。嫌な季節だこと。冷えてかなわんわ⦆
芯から冷えて凍える寒さ、というほど厳しくはない。北国の死そのもののようなそれではない。此処はそこまでの冬を再現してはいない。
再現自体は可能だろう。その必要がないだけで。
客人に冬を想わせるだけの虚構の冬。
七乙の脳裏を過るのはいくつものビジョン。
斬りつけるようなつめたく強い風。
ぎしぎしと大きく軋む暗い家。
固くつめたくなっていく重たい身体。
消えゆく火。
いくつもの死の記憶。
いくつもの苦悶の記憶。
いくつもの幼児の骸の記憶。
いくつもの攫った子らの記憶。
いくつもの……
……………
…………
………
…
七乙は1人ではない。
姑獲鳥(うぶめ)という怪奇はいくつものレイヤーの積み重ねだ。
統合された意識ではない。
現在の表層に在る怪奇として振る舞っている意識が七乙という個体のものであるということでしかない。
それも姑獲鳥(うぶめ)という怪奇の分霊のひとつだ。
オリジナルからコピーされたいくつものファイルのひとつ──その後に更新を繰り返してそれぞれ小さな差異を含む──今は北摩に在る姑獲鳥
それが七乙だ。
七番目に産まれた女の子供という意味でしかない名前の女。
愛し子を喪い、慟哭と絶望の果てに怪奇へと成ってしまった女。
陶椛が強く強く惹かれた少女が母親を喪った娘であったことは偶然なのだろうか?
因縁を嗅ぎつけた姑獲鳥の影響ではないだろうか?
それもゼロではないのかもしれない。
きっかけになっているのかもしれない。
しかし彼女の意識は彼女のものだ。
その感情は、想いは、彼女のものだ。
七乙はそこに手をかけるほどの悪質な怪奇ではなかった。
その甘さは、人であった頃の残滓なのだろう。
他人の子を攫う。
その性質は今も変わらない。
ただ、裏世界に迷いこんだ子供を攫って元の場所に送り返してるだけだ。
⦅……ふん。手のかかる面倒くさいことこの上ないデカい子供がいるから喃⦆
人の身の内に在ることによる制限であり、影響を受けている。
人と怪奇。
互いに影響を与え、変質していく。
否応なく変化していく。
冬は死の季節だ。
この季節もまた、人が幽世に迷い込みやすい。
雪が落ちる音。
姑獲鳥(うぶめ)が翼を広げて枝から飛び立った。
攫うべき子供の姿を目敏く見つけたのだ。
冷たい風を裂く黒い翼。
その懐には飴や焼き菓子が常にストックされている。
姑獲鳥とは、産女と姑獲鳥などの伝承が混ざり合一化した怪奇だとされている。
そこには飴買い幽霊という死後、棺の中で出産した子に飴を買い与えて育てる女の幽霊の民話もその属性の近しさから取り込まれている。
産女は妊娠中に亡くなった妊婦が化けたとされるもの。
姑獲鳥は出産で死んだ妊婦が化けたとされるもの。
状態としては異なるが、ともに当時の出産にまつわる死亡率の高さに由来する悲しみの怪奇として混同していったようだ。
医療技術の進歩により出産における死亡率が格段に抑えられている現代ではその力は相応に弱体化している。
それでも、死とは無縁などではなく。
その黒く血腥い翼は現在も羽撃いている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
⦅……冷える喃。師走ともなれば、当然だが⦆
いつの時代のものかわからない口調にあまりそぐわない、少女のような甘い声のつぶやき。
年の瀬の幻燈苑の木々に白いものが積もっている。
表世界ではそこまで冷え込みもせず、冷たい雨が降っている程度だ。
此処は、古き穏やかな四季を記録/保存/再現している。
しかし同時に、いくつもの種類の花が咲き乱れている。
それは相反するものだが、客を楽しませ留めておくための迷い家の性質なのだろう。
虚構の楽園として。
七乙は太い木の枝の上に留まり、そんな冬景色を眺めていた。
陶椛は深く眠っていて意識は無い。
⦅ふん。嫌な季節だこと。冷えてかなわんわ⦆
芯から冷えて凍える寒さ、というほど厳しくはない。北国の死そのもののようなそれではない。此処はそこまでの冬を再現してはいない。
再現自体は可能だろう。その必要がないだけで。
客人に冬を想わせるだけの虚構の冬。
七乙の脳裏を過るのはいくつものビジョン。
斬りつけるようなつめたく強い風。
ぎしぎしと大きく軋む暗い家。
固くつめたくなっていく重たい身体。
消えゆく火。
いくつもの死の記憶。
いくつもの苦悶の記憶。
いくつもの幼児の骸の記憶。
いくつもの攫った子らの記憶。
いくつもの……
……………
…………
………
…
七乙は1人ではない。
姑獲鳥(うぶめ)という怪奇はいくつものレイヤーの積み重ねだ。
統合された意識ではない。
現在の表層に在る怪奇として振る舞っている意識が七乙という個体のものであるということでしかない。
それも姑獲鳥(うぶめ)という怪奇の分霊のひとつだ。
オリジナルからコピーされたいくつものファイルのひとつ──その後に更新を繰り返してそれぞれ小さな差異を含む──今は北摩に在る姑獲鳥
それが七乙だ。
七番目に産まれた女の子供という意味でしかない名前の女。
愛し子を喪い、慟哭と絶望の果てに怪奇へと成ってしまった女。
陶椛が強く強く惹かれた少女が母親を喪った娘であったことは偶然なのだろうか?
因縁を嗅ぎつけた姑獲鳥の影響ではないだろうか?
それもゼロではないのかもしれない。
きっかけになっているのかもしれない。
しかし彼女の意識は彼女のものだ。
その感情は、想いは、彼女のものだ。
七乙はそこに手をかけるほどの悪質な怪奇ではなかった。
その甘さは、人であった頃の残滓なのだろう。
他人の子を攫う。
その性質は今も変わらない。
ただ、裏世界に迷いこんだ子供を攫って元の場所に送り返してるだけだ。
⦅……ふん。手のかかる面倒くさいことこの上ないデカい子供がいるから喃⦆
人の身の内に在ることによる制限であり、影響を受けている。
人と怪奇。
互いに影響を与え、変質していく。
否応なく変化していく。
冬は死の季節だ。
この季節もまた、人が幽世に迷い込みやすい。
雪が落ちる音。
姑獲鳥(うぶめ)が翼を広げて枝から飛び立った。
攫うべき子供の姿を目敏く見つけたのだ。
冷たい風を裂く黒い翼。
その懐には飴や焼き菓子が常にストックされている。