RECORD

Eno.340 月待 よすがの記録

悪徳

Q.よすがって人に迷惑かけるのは辛い、やりたくないってタイプの善人だっけ


残念ながら、僕は善人なんかじゃない。
例え誰かに電車の席を譲ったり、落とし物を届けたり、人助けをしたところでその答えは一生変わらないだろう。
何故と言われても、人を不幸にする人間だからとしか言いようがない。
"悪性"とされる怪奇と同じだ。
ただ普通より凶暴で、他の怪奇と共存できないから討伐される。社会の仕組みが存在するなら、仕方のないこと。

ちなみに僕は『性悪説』派。秩序の無いいきものに、環境と道徳、集団意識が善という概念を定義づける……と思っている。
秩序から外れることを許される瞬間があるなら、命の危険がある時だ。
正当防衛なんかが良い例で、そういった二値化出来ない社会というものを悪用するのが俗にいう『わるいひと』なのだと、僕は思う。

つまりは、僕にとっての日明夜は確かに善人として映っていた。
人の命を守ることが優先事項だと知っている。
人のために己を賭すことができる。
最悪を考えた上で最善を行動できる。
死にたい人間に、死なないで欲しいと思うことができる。

……月待よすががそうしないのは、そう生きることで己の命を大切にする必要があるから。
感情が伴うことで、相手の心理を左右する可能性があるから。
つまりは、正解の行動を行う必要があるから、そうしない。
不正解を選んで生きる方が、楽なのだ。

だから今でも彼女の理屈を100%理解した訳ではない。
『辛いことを投げ出さずに完遂してください、ただし弱音は吐かないようにしましょう』
なんて言われたところで可能であるかは別だ。
そもそも救いだの、幸せだの、それを知覚できるほどの情緒・・が僕には無いというのに。

救われました、幸せになれました、なんて言葉で人が気持ちよくなれるなら、いくらでも――
あぁ、かつての僕は多分、そういう人間だったのだろう。
今じゃそれすら巧くできないから、ほんと どうしようもない。

「どうしてまだ生きてる?」


そう問うのは、人生で二回目だった。
単純に、興味があるのだ。
人がどうやって毎朝ベッドから起きるのか。
何故駅で定刻を待ち、電車に乗れるのか。
何を鎹にしているのか。

「わたしが悪人に生まれたおかげ・・・で、今こうして月待さんに話せることがあるからです」


あぁ、そうか。彼女は答えを用意できる・・・・・人間らしい。
言葉選び、仕草、伝え方。
コミュニケーションは、いつも減算だ。
自分の感情と、言いたいこと、言うべきこと、抑揚……それらからノイズになるものを減らしていく作業。
"悪徳"を成すためには、それが必要だ。なにせ悪人の情動に一切の価値が無いから。……これは全く同意見。

相手にとって、自分にとって、都合のいいものを選ばせる。
そこに自分の感情が伴わないから、人にはあたかも利益だけが見える。
それは確かに悪徳だ。全く以て、自分のに背いているのだから。

そう理解してからは、何も難しいことは無い。
否定する必要も、肯定する必要もなくなったから。
相手を利用しようとしているのは、互いに同じ。それこそ仲良くやれそうじゃない?

……まあ、少なくとも君の大切なものは もう少し、見守っていてあげる。
はやく救ってあげるといい、悪人らしく。