RECORD
equal oneライブ映像①【バレンタインライブ】
『REDSTAMP』
(作詞:ひばりの中の人)
どっどっどっどっ どどんっ♪
――来た。
胸の奥を小さな拳で叩くみたいなビート。
思わずつま先が跳ねる。楽しい。始まりの音だ。
……なのに。
どうして心は、半歩だけ後ろにいるんだろう。
「希望は売り物みたいに
並べられて
きれな言葉で
包んで押しつける───」
ショーケースみたいに整然と並ぶ光景を、
私は笑顔のまま眺める。
うん、きれい。かわいい。ちゃんと眩しい。
ビートは弾む。
心も弾む。――弾んでいる、はず。
「寒さも寂しさも
もう知ってるわ
それでもこの足は
何かを踏みつけたくて───♪」
どっ、どっ、と低音が響くたび、
床の硬さがやけに鮮明になる。
踏み鳴らせば、きっと何かが割れる。
壊したい。
確かめたい。
この衝動がまだ熱を持っているうちに。
なのに私は、
その自分を少し離れた場所から見ている。
わくわくしてるね、と他人みたいに囁きながら。
音楽は愉快に転がっていく。
笑顔もちゃんと、形になる。
けれどその奥で、
小さな違和感がピックを立てる。
ベースが低く、ゆっくりと息をする。
音は丸い。
けれど、どこか角が残っている。
ルートをなぞっているはずなのに、
ほんのわずかにタイミングが後ろへ沈む。
触れてはいけない何かを、指先が確かめるみたいに。
リズムは一定。
テンポも揺れない。
なのに、背中の奥がざわつくような演奏。
音は低いまま、
淡々と進んでいく。
Red Stamps on Frozen Streets………
何も起きていない。
――はずなのに、
何かが、始まりかけている気配だけが残る。
「───凍った街 滑る足元
止めとけって声がする」
つるり、と音もなくバランスが揺れる。
凍りついた路面みたいに、胸の奥がひやりとする。
――今、誰か呼んだ?
ふっと、私は振り返る。
ステージの後ろ、
ライトに照らされる友人の姿。
その瞬間、氷解した。
どっどんどっどん
どっどんどっどん……
高まっていく鼓動。
足を引き止める囁き。
小刻みにドラムを打つ。
それは心臓の音に似ていて。
しかし躍動というものはなく
嫌な汗を流すようなーーーー
どっどんどっどん
どっどんどっどん……
その正体は、
「不安」。
チョコレート色のワンピースに身を包んだ女子学生。
青いメッシュやリボンをはためかせて演奏するキーボードには、
『equal one』と描かれたシールがきらめいていた。
彼女はその細い左手の指で、低く響く音を鳴らし続ける。
生み出されるピアノの音色は、何かが歩みくるように確かな存在感を放つ。
規則的なリズムだが、それゆえに逃げられない重圧さえ錯覚させる。
……。
まるで背後から、一歩一歩何かがやってきて、
それがあなたの肩を掴むかのように。
ドロロロロ………
ドロロロロロ…………
"そんなもん みんなにくれてやればいい
だから、そこで踏みとどまれよ"と
悪魔のささやきのようにひそやかに。
あなたの不安に甘く優しく、抱きしめてやるように。
ドドドロ、ドロロロ……
ドドドロ、ドロロロ……
キーボードの彼女は、重苦しい雰囲気の中でふっと微笑んだ。
止まない雨は無いように、終わらない冬は無いように、
この空気の幕切れが今から訪れるのだと、そう確信していたから。
重苦しい低音のピアノに抗うように、右手のタッチを強くする。
これまで溜めに溜めたフラストレーションを打ち払うかのように、
高音に割り振られたロックオルガンが、鮮烈に鳴り響いた。
――そう、これからこの凍えた街の全てを、
私達が完膚なきまでに壊してやるんだ。
さあ行けと、ギター・ボーカルの少女へ視線を向けた。
今から一切合切、ぶっ飛ばしてやるんだよ!
拳を握りしめ、息を吸う。
「何度にだって踏みつけてやる!!」
「真っ赤になるまで踏みつける!!」
喉が裂けてもいい。
震えごと、全部乗せて叫ぶ。
やってやれ 思い知らせてやれ
後ろを向いて、ひばりと一瞬視線が合う。
互いに小さく頷き、右手が思い切りベースをかき鳴らせば。
弦が震え、その振動がネックを伝い、全身にハネ返る。
――次の瞬間、重低音が会場の空気を震わせた。
跳ねる8分。
ゴーストノートが合間で笑う。
Red Stamp‼️
Red Stamp‼️
Red Stamp‼️
鳴るたびに、景色が一段、明るくなる。
どっどっど
どどん‼️‼️
ドラムが一気に跳ねる。
ひばりも、喉を振り絞って、声量をあげる。
赤い足音よ‼️ 氷を割れ‼️
不安なら 一人で抱えてろ‼️
お前はお前で 前に行け‼️
めいいっぱいに、ドラムを叩き。
ビートを会場全体に、響き、轟めく!
どっどっど
どどどん‼️‼️
迷いも、常識も、背中で千切る。
もう振り返らない。羞恥心なんて、言い訳もいらない。
「赤い足跡、轍になるまで
凍った道を踏んで砕いて
真っ赤になるまで突き進め!!」
「Red Stamps on Frozen Streets!!」
止まれば終わり。
なら、砕けるまで前へ。
玉砕上等。
燃え尽きる瞬間まで、一直線だ。
躊躇も、計算も、もう全部捨てた。
恋する乙女が
熱唱の瞬間にブレーキなんて踏むかよ。
一直線。
真正面。
防御も体裁もかなぐり捨てて――
高速トリルからの急降下、
そのまま全弦を叩き潰すフルストローク。
ジャァァァン!!!!
歪みが爆ぜる。
火花みたいな倍音が散る。
身体ごと前に倒れ込む勢いで、
最後のコードを鳴らし切った
しばしの間の余韻。
ふう、と一息ついて、ペットボトルを開けて水を飲む。
それから、バンドの皆に振り返って、お疲れ様と視線を投げた。
そしてゆっくりとマイクを握って、会場たちにコメントをおくる。
「みなさん如何だったかしら?
REDSTAMPは君たちへのエール。
ごちゃごちゃ考えてないでとっとと踏みつけて
前進んでしまえっていうヤツよ」
「みんなはもうあげた?
今日はバレンタインデー二日目
まだの人、これがおわったら大急ぎで走ってきて
きっとまだ間に合うわよ」
ここでようやくライトがひばりにあたる。
髪をうしろに束ねたひばりの姿が、はっきりと見えるだろうか。
「キーボードのしずね
ベースのカナ
ギターのレイナ
ドラムの私、ひばりで
EqualONE、これでおしまい、みなさんありがとう」
「と、おもわないでね」
トトタタドラダムダムッ!
と、ドラムを叩いて、もう一曲あることを
予感させてみせた。
「でしょう、レイナ?」
「紹介あざまーっす!」
ふぅーと、息を整え・・・
「よっす!ギターのレイナだよ~!」
ジャラァン♪✨
「後半もじゃんじゃん奏でちゃうから目を離しちゃダメZE☆」
ギュイィンッ♪
「次は2曲目」
ドラムスティックを手でくるくるとまわして
テテトン、と音を飛ばす。
それだけで、場の空気ががらりと
切り替わったようになる。
熱気が、すうと落ちついていって
場面が薄く、暗く冷たくなっていくように感じるだろうか。
テテタタ トントントン!
リズムを刻み、明瞭にトーンを張り巡らせる。
「さあ、いこっかカナ」
‥:、。*テテタタ トントントン*。':…
音に、煌めきが帯びる。
応えるように、一歩だけ前に出る。
何も云わない。目も伏せたままだ。
音さえあれば、それで構わない。
ジャ……と、静かな低音が広がり、
ゆっくりと空間に溶けていく。
今度は、ほんの少しだけ強く。
ジャ……
空気が、わずかに震える。
弦の振動が、ゆっくりとほどけ、
静寂へと還っていく。
その静けさの奥で、
まだ低音だけが、
淡く、揺れている。
「2曲目は……こちら!」
トトト、トーン……と。
さきほどとはうってかわって小気味良く
どこまでも澄んだ音程。
ひばりの視線は、音の終わりと共に
メンバーの一人。しずねへ差し向けられた。
視線を向けられたキーボードの彼女は、小さく息を吐く。
『REDSTAMP』の時と変わり、集中した、研ぎ澄まされた雰囲気で。
「……」
「水底しずね」
マイクへ向け、澄んだ声で自分の名前を呟く。たったそれだけ。
それなのに、他者を射抜くような、音の形をしたオーラが生まれる。
次いで、観客席へと深海色の視線がすうっと向けられた。
「ああ。最後の曲だけど、君たち、皆――」
言いつつ、人差し指を向けた。散漫に、聴衆の方へと。
誰に宛てられているのだろうか、どこも示していないのか。
あるいは、その言葉通り、全員に対してであるのか。
少女が言葉を継ぐ。
「――私達(ここ)まで堕ちる覚悟、してきたか?
準備の時間を、スリー・カウントだけくれてやるよ」
不敵な一言。
曰く、今日最後の一曲で全員を『equal one』の虜にしてやる、と。
月を孕んだ夜の湖のように研ぎ澄まされた、圧倒的な声の存在感。
それを以て、強烈な自負とともに、水底しずねはそう宣言していた。
伸ばした手をそのまま頭上に軽く掲げる。
それから、演奏開始の指示を始めた。
「ワン、トゥ、スリー……」
『サーカムステラ・ハビタブルゾーン』
(作詞:1066PL)
タッタラタララララ……
タッタラタララララ……
細かな星が、擦り合わせるような音。
意識は空の向こう、宇宙の彼方。
音はそこへ向かって消えていくように、奏でていく。
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
トォ―――――――――ン………。
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
星座を結ぶように、ラインはカナへひいていく。
此処から先は、彼女の時間だ。
ベースは鳴らす。
とぷり、と沈む低音は宇宙のよう。
. : * :・’
ロングトーンがゆるやかに伸びる。
倍音がきらりと瞬く。
それは遠い星団の反射光。
見えないのに、確かにそこにある。
. : * :・’゜★ . :
ドラム、ベース、ギター。
それぞれ奏でる音が宇宙空間を象るならば。
これから歌う彼女はきっと、
宇宙にそっと灯った、周極星。
『サーカムステラ・ハビタブルゾーン』。
インターネット上に投稿された、ボーカルに歌唱ソフトを用いた楽曲の一つだ。
音楽の動画をよく開く人間であれば、知っていてもおかしくはないだろう。
イントロのバンドサウンドをデコレーションするように、キーボードが鳴らされる。
キラキラとした音色にスイッチされたそれを、細やかなリズムで弾けば、
曲のタイトルに相応しい、まるで星々のきらめくようなアクセントが加わる。
そして前奏が終わり、これからボーカルが入ろうかというところで、
水底しずねはマイクスタンドを持ち、自らの近くへとそれを寄せる。
瞑目。数拍の後にゆっくり開き、深海色の視線を観客席に投げかけた。
ブレスがひとつ。
ただそれだけで、今から彼女が歌うのだと、全員に伝えた。
「公転軌道だって 外れてみたくなる
そんな恋をしたの 安らぎを求めて」
一言目から聴く者の意識を強く惹く、透明感と儚さを備えた歌声。
乱れるところが想像できないほど完璧なピッチとリズムは、まるで機械さながら。
それなのに、泡のようにゆらぐ声が、彼女が血が通った人間だと示していた。
――人の感情へ否応なしに働きかけるような、そんな歌声。
先の文化祭でのステージから、いや、おそらく幼い頃からずっと、
水底しずねの操る歌声には、決して消えない『怪物性』がある。
それは、ただ他者をいたずらに圧倒するだけのものではなく、
歌を聴く人間に、感情を想起させるという形で発露される。
🌙
✨ ✨
ゆるやかなテンポに寄り添うように、
高音弦をそっと押し上げるチョーキング。
🌙 キュ…と伸びた音は急がず、ほどけず、
細いビブラートで水面のさざ波みたいに揺れる。
淡い光が、ゆっくり滲むように───
✨ 🌙
🌙 ✨ 🌙
ボーカルによるメロディの合間に入ったギターに、しずねは小さく微笑む。
彼女自身も、『equal one』の紡ぐバンドサウンドを楽しんでいる一人だ。
一か月前にはまだ楽器をきちんと触った事の無かった皆が、よくぞこんなに!
四小節のインストパートを経て、再び彼女の深海色の瞳がすっと細められた。
レイナの作り上げてくれた曲想に、きちんと答えなければ。
「運命は重力で 法則に惹かれ合う
素敵な言い訳に 一緒に落ちてみる」
バレンタインのライブに相応しい、誰かに恋をする人の曲。
明るく切なく、不安と希望がないまぜになった青春の一幕を歌う。
まさに高校二年生の今を歩く、彼女たちだからこそ映えるもの。
鈴のように純粋に澄んだ声に、かすかだが確かな熱が灯っている。
芽生えてしまった恋心を、掌にきゅっと握りしめたかのよう。
――そんな感情、本当に彼女の中にあるのかも分からないのに。
いじらしく揺らぐビブラート。甘くとろけるようなトーン。
ふとした瞬間に浮かべた微笑みは、恋をする女子高生そのもの。
聴衆の心、その輪郭を指先で擽るような声色を紡ぎあげていく。
あなた達一人一人にその感情が向けられているのだと、錯覚させるため。
「百億年後の 地球を憂うように
明日の私達も 生きたいと願った」
Bメロに突入すると、これまでより更に切なく不安定な旋律へと移行する。
水底しずねが儚い声で綴りゆく歌詞からも、それが感じ取れるだろう。
これからの自分たちがどうなっていくのか、まだはっきり想像がつかない。
受験に成功できるのか、どんな会社に就職をして、誰と出会って生きていくのか。
あるいは、そんなレールから外れて、自らの脚で歩いていくのかもしれない。
そして、何もかもに挫折をしてしまうおそれだって、否定できずにいる。
……。
動画サイトなんかで宇宙の事を見れば、あまりに遠大な話がそこにあって、
本当にこの銀河がこんな結末を辿るのかだとか、そんな事まで考えてしまう。
真実か嘘かも分かりはしないのに、ただ、手元にはほのかな恐怖だけが残る。
きっと宇宙について、そして未来について、考えることは似たようなものなのだ。
でも。
水底しずねの歌声はその暗い重圧を前にしてなお、膝を折っていない。
滅びを前にしていても微笑む。まるで希望がそこにあるかのように、穏やかに。
『私も皆も大丈夫だよ』と。誰かに、あなたに、そう伝えたかったから。
――曲は、サウンドの盛り上がりと共にサビへと進んでいく。
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
タタタラ タタタラ テチタテトー
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
音は光になって、響き渡る。
百億年、そのはるか先まで届くように。
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
タッタラ タッカラ テチタテトートー
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
冷たく吹く空 冷たく光る星々
けれども、願いはそこに、煌めいている。
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
テチタラ テチテテ タラタッタトー
☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡。.:・*゚☆彡
フレーズは円を描く。
同じ軌道を回りながら、
少しずつ角度を変えていく。
公転する惑星のように、
リズムの中心を離れすぎず、近づきすぎず。
. : * :・’゜☆ . : * :・’゜☆ . : * :・’
リズムが少しだけ跳ねる。
生命の気配。
ハビタブルゾーン——
温度が、ちょうどいい。
☆═━┈★═━┈
低音は温かい。
暗いのに、冷たくない。
包み込むように、バンド全体を抱き寄せる。
宇宙は静寂ではなく、
深い低音で満ちている。
ベースはそれを知っている。
(……ここからでしょ)
Bメロ。
あえて音数を削る。
刻むコードは深く、太く、鼓動みたいに。
ボーカルの背中を押すように、
それでいてまだ――抑える。抑える。
プレゼントされた、真新しいピックを握り直す。
視線はメンバーへ、そしてフロアへ
(溜めは十分っしょ!!)
サビ直前、
一瞬だけ、音を止める。
――吸って。
🔥ジャァァン!!
開放弦を叩きつけるフルストローク。
歪みが弾け、空気が震える───
メロディの隙間を縫ってハモりのオブリガート、
チョーキングは高く、高く――
ロングトーンをビブラートで揺らしながら、
ステージの端まで踏み出す。
身体ごとリズムに乗せて、
弦を叩くたびに火花みたいな倍音が散る。🔥
楽曲のボルテージが上がっていく。サビへと向けて。
それを作り上げているのはレイナ、ひばり、そしてカナ。イコワンの皆。
心地良いな。誰かと一緒に作り上げた音楽は。心からそう思う。
「君の声を聴かせて 音なんて無くていい
紡がれた言の葉が 私の水になるの」
ハイトーンでも一切ブレることのない歌声は、風のように清らかに、確かに響く。
絶対的な安定感を基盤として紡がれるエモーショナルな高音は、しずねの主戦武器だ。
ベーシックなリズムの曲調の上で踊るように、一つ一つの言葉を華やかに歌いあげる。
隣にいてくれる誰かの言葉に、行動に救われながら、今を生きている。
この曲は恋愛ソングとして書かれたもので、明確な恋人を指すはずだが、
しずねにとっては、きっとただ一人だけに宛てたものではなかった。
――彼女の友達やクラスメイト、そしてバンドの皆。
それに、この曲を聴いてくれている人たち。全員に、手を差し伸べる。
彼女の歌声を聴いたことのある人には、きっと伝わっているだろう。
誰かと一緒に音楽を作っている彼女の歌声は、普段よりずっと幸せそうだ。
「生命を許されて 心は根付いていく
君との可能性 未来にあると 信じてる――」
『惑星系の生命居住可能領域』。
そう銘打たれたこの曲は、誰かと一緒に歩む未来の可能性を強く信じている。
誰かによって生かされているし、自身も誰かの居場所になっているのかも。
この宇宙にあってとてもちっぽけな私達は、それでも、君と歩いていくんだ。
そう信じていたい。
そう信じさせてくれ。
どんなに未来が暗くたって、そう言い続けたい。
だから。こんなに幸せな、バレンタインの最後の一幕くらい、
普段より素直に、まっすぐに、想いを伝える歌をうたってもいいだろう?
せっかく、そのための曲を選んできたのだから。
もう一度、深くブレスをして。そうして放たれる、最後のワンフレーズ。
君に、あなたに、皆に伝えたい言葉が、そこにあるんだ。
いつもより純粋な声で、『怪物』は、水底しずねは、高らかに歌い上げた。
「―――大好きだよ!!」
……。
きっとそれは、誰もがなかなか真っすぐに言えない言葉だ。
水底しずねだってそうで、思考に沈む事が趣味の彼女なら猶更。
だからこそ言いたかった。この、バレンタインのステージで。
同じことを言いたくても言えない人にも、勇気を灯したかったから。
最後の曲が終わっていく。前奏をなぞるようなアウトロで。
キラキラとしたキーボードの音をひとつ、ふたつと飾っていき、
ギターにベース、そしてドラムが、自分達のパートを完遂して。
そうして『equal one』の演奏は、最後の一音まで織り成された。
水底しずねは小さく呼吸をした後、再度マイクを口元へ近づけた。
それから、柔らかい笑顔を浮かべて、聞いてくれた皆を見つめて。
「サンキュ。グッバイ」
相変わらず手短な挨拶をして、他のメンバーに目配せをする。
それから、ふわりとした足取りでステージからはけていくだろう。
「っ…………」
やり切った。
ぐちゃぐちゃの頭ではもう何も考えらんない。
心地いい疲労感の中で楽器を降ろし。
「またね。
今日のことは絶対、忘れない。」
観客席に一礼してから、しずねに続いてステージから掃けるだろう――。
「…………」
くるくるとスティックを手で回して。
名残惜しそうにドラムのフチをコンコンと叩く。
「おしまいね、最後にお礼していこっか?
きいてくれてありがとって」
「ふぃ~・・・」
「あ、そうだね!」
肩で息しながら頷いた
「きいてくれてありがと~」レイナといっしょに言ったかも。
撤収ッ!






























