RECORD

Eno.115 古埜岸姉弟の記録

竹翔チクショウ
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霧崖国きりがけこくを旅する槍使い。
医術の心得がある。
好きな食べ物は素麺。







「——御加減は、如何に御座りまするか」


「これ、御無理はなされますな。
 まだ熱が下がっておりませぬ」


「……退屈ならば、
 この竹翔めが昔話でもして差し上げましょうか。

 それでこの場に留まっていただけるならばお安いもの」


「ついでに召し上がりまするか? 素麺」


……──










これは、霧崖に伝わる古い古いお話。
まだ神々が神々としての任を持ったままだった頃。
その任が徐々に、壊れ始めた頃。


小さな人形がありました。
それはとある平凡な夫妻の家にあって、
作ったのは、夫の方。


この家の守り神だ、などと申されたそうですが
ただ柱を切り取ったような、
四角く、粗末な木人形に過ぎませぬ。
されど妻は笑って、その人形を大切に飾っておりました。


ところで、この家はとある小国にあり、
とある神の身許に御座りました。

その神は技量を振るい、民を守るもの。

神が民を守る代わりに、民は供犠を捧げ、
その絆を確かなものとしておりました。


されど神はある時から供犠の求めを膨れ上がらせ、
米も、作物も、酒も、作るより多くを求めました。

人身も生まれる娘では事足りず
家庭の妻を捧ぐことになりました。

民を守るものから、
奪い取るものへと変貌しました。


そのような折に白羽の矢が当たったのが
人形のあるこの家。

妻を捧ぐしか道はありませぬ。

しかし夫は看過せず、
夫妻はお守り人形を持って
月の出ぬ夜に家を抜け出ました。


供犠を出さねば神の怒りに触れまする。

夫妻は小国の民と、神の怒りのいずれにも追い立てられ
逃げ仰られるはずもありませなんだ。


夫は負傷し動けず、追っ手もすぐそこまで。

妻は寄り添い、共に討たれる覚悟を決めましたが、
夫は妻に人形を渡し、その背を押したそうな。


「私の代わりに家内を守ってくれ」


そう、告げて。










「——はい。
 この御話はこれで終わりに御座りまする」


「ここで、終わり」


「御不満げなところ御言葉に御座りまするが、
 考えてもみてくだされ。

 なぜこの御話が、今こうして伝わっているのか」


「口伝の元には人が居りまする。
 それらを見聞きした、"生きた"人が」


「……ええ、きっと。
 きっとそうで御座りましょう。

 人形は己の役目を果たした。
 妻を守り、行く先に命を繋いで……

 そうでなければ、
 いったい誰がこの御話を伝え聞かせられましょうや」


「その答えは『火』を見るよりも」


「明らか」