RECORD
盲目_03
※この記録には人体に対する残虐・猟奇的な描写、複数回にわたる流血表現が含まれます
ゴーーン……
ゴーーン……

「……な、何?鐘……?」
私はその音を、生まれて初めて聞いた。
どこからともなく聞こえる、村内に響き渡るような大きな鐘の音だった。
案内番と二人、顔を見合わせる。
何かが起きている。
そう察するには十分な状況だった。

「……ッ、 ……!!」

「あっ、ちょ、ちょっと!!」
彼は弾かれるように教室を飛び出していった。
見る限り、教室にはほとんどの子供たちがいた。……彼の子供、一人を除いて。
きっと探しに行くのだろう。
私は置いていかれたくなくて、一人にしたくなくて、何ができるかわからなくて、
ただとにかくその背に続いた。

「まっ、まってよ、 息 息がッ…………」

「居ない、居ない……!なぜだ!?
どうしてどこにもいない……!?」

「ま、まだ、探し、はじめ、ばっか…………」

「居るはずなんだ!
この灯篭は……探し者へ導くためのものだから……」

「はぁ……?」
私は半分ほど意識がぐらぐらしていて、彼の言葉を全部は聞き取れなかった。
彼はしきりに何かを呟きながら歩いていた。
階を一つ下りた頃に、とん、とん、と軽妙な足音が聞こえ始めた。
私たちはすぐに、それに出会った。

「……あ、いた……」

「……へ?」
伸びっぱなしの長い髪に、子供用の装束を身にまとった人。
五尺三寸ほどの体躯を備えたその人間を、私は見たことがなかった。
風体はあたかも村民の誰かのようでいて、いや、そんなはずはない、と思い直す。
だが、それ以上に、彼の発言が私の想像を打ち砕いていた。

「…… ……?」

「……?」

「……いや、何だ?これは、……。
貴様、何者だ、どうして の……」

「や、待って、待ってよ。案内番はこの子がよたくんだと思ってるの?
な、なんで?だって、身長も見た目もぜんぜん……」

「分からない、分からないから確かめるんだ。
なあ、貴様は何者だ?その恰好は、何だ?」

「…………んと、」

「おおきくなったよ。でも、わかんない……
のびどり、なんだっけ、この人……」

「……何と会話している……?“そいつ”なのか……?」

「ねえっ!だから、わかるように説明してって───」
ドン。

「え?」

「は?」

「 ゛ …………」
ドン。
二発。銃弾の音と共に、目前の人間の身体が血に染まった。
廊下に打ち付けられて、力なく床を汚す。
何も考えなくとも分かる。致命傷だ。この人は、死んだ。
死んだ?
どうして?

「……狩猟番……!!」

「え…………?」
彼の言葉に釣られて振り向く。
廊下の向こう、とおくに人影が立っている。
暗闇に溶け込むようなその外套と、まるで存在感を隠せていない鉄砲の影。
私たちよりずっと長生きしている、狩猟番の姿があった。
銃を下ろさず、私たち──きっと正確には、私たちの後ろにいたさっきの人間に、向けたまま。
口を開く。

「……鬼だ」

「鬼は人に化ける。外から紛れ込んだのだろう。
逃げろ。己が処分する」
有無を言わさぬ声色だった。けっして大きくはないはずなのに、私たちの方まで自然と届いた。
逃げなきゃ。どこへ?
そうだ、教室の子たちはどうなっただろう、でも、あれ?
処分、鬼って、そんなこと一度も、

「それで納得しろとッ!?」

「貴様ッ、何をしたか判っているのか!?
人を撃ったんだぞ!?このッ、この子が、なぜ鬼だと言える!」

「ッ……、あ、案内番、大人しく、……」

「手当を!」
「奉行番の所へ連れて行けば未だ間に合う!」

「それは、駄目だ」

「ちょっ……」
狩猟番は銃を下ろさなかった。
案内番は───態と、その射線上に立った。
ドン、
ドン、
ドン。

「ひっ……、ッ汰一、大丈夫……」

「ぐ ッ゛……、
この程度……腹を掠めた、だけだ。
ハハ……迷うくらいなら、撃つなよ、狩猟番……?」

「…………」

「五発。装填がある。直ぐには撃てまい。
僕も、警棒はある……、いいから、早く……」

「……う゛~~~っ、わかった、わかったからぁ、」
逃げたかった。
はっきり言って、何が起きているかわからなかった。
理解できなかった。したくもなかった。ただこの場所から逃げたかった。
人を担ぐなんて初めてだし、私より大きいし、運べる自信なんてちっともなかったけど、
ここに居留まって私に何ができるとも思えなかった。
二人とも、気が狂ってしまったみたいで。
だけど。
振り向けば、狂っているのが本当に人だけなのか、分からなくなってしまった。
撃たれて血の海に倒れていたはずのその人間は、

「……あ゛ー……」
呻き声を上げながら起き上がって、

「…………なんで……?」
傷の塞がったその顔を、私たちに見せた。

「ひ、な、なんで、なんで!?
なんで、治って、……」
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ、
逃げなきゃ死んじゃう。

「──あ゛いっ、たぁ……!!」
なのに、私、転んじゃった。

「え、」

「 …… いたい?」

「あ…………」

「だいじょーぶ 、だよ、」
死んじゃう。
ごめんなさい。
目を瞑った。
ガンッ!!

「ひ、」
ガッ、
ゴン
ドン、 ゴッ!
……。
ドンッ
ドン
銃声とも違う、嫌な音だった。
私はずっと目を瞑って、蹲っていた。
……痛みは来なかった。
「手習番」
「もう大丈夫だ」
かわりに、知っている声が降った。

「……な、にが……」
私は恐る恐る目を開いた。
後悔した。

後悔した。

「……僕が間違ってたよ」
見たこと、聞いたこと、言ったこと、居たこと、
すべてに、後悔した。

「……鬼だ。大丈夫。
もう、退治した」
