RECORD

Eno.1015 灰原 よたの記録

盲目_03

※この記録には人体に対する残虐・猟奇的な描写、複数回にわたる流血表現が含まれます








  ゴーーン……

ゴーーン……



「……な、何?鐘……?」



私はその音を、生まれて初めて聞いた。
どこからともなく聞こえる、村内に響き渡るような大きな鐘の音だった。
案内番と二人、顔を見合わせる。
何かが起きている。
そう察するには十分な状況だった。



「……ッ、  よた……!!」

「あっ、ちょ、ちょっと!!」



彼は弾かれるように教室を飛び出していった。
見る限り、教室にはほとんどの子供たちがいた。……彼の子供、一人を除いて。
きっと探しに行くのだろう。
私は置いていかれたくなくて、一人にしたくなくて、何ができるかわからなくて、
ただとにかくその背に続いた。











「まっ、まってよ、 息 息がッ…………」



「居ない、居ない……!なぜだ!?
 どうしてどこにもいない、、、、、、、……!?」

「ま、まだ、探し、はじめ、ばっか…………」

「居るはずなんだ!
 この灯篭は……探し者へ導くためのものだから……」

「はぁ……?」





私は半分ほど意識がぐらぐらしていて、彼の言葉を全部は聞き取れなかった。
彼はしきりに何かを呟きながら歩いていた。
階を一つ下りた頃に、とん、とん、と軽妙な足音が聞こえ始めた。


私たちはすぐに、それに出会った。








「……あ、いた……」



「……へ?」





伸びっぱなしの長い髪に、子供用の装束を身にまとった人。
五尺三寸ほどの体躯を備えたその人間を、私は見たことがなかった。
風体はあたかも村民の誰かのようでいて、いや、そんなはずはない、と思い直す。


だが、それ以上に、彼の発言が私の想像を打ち砕いていた。





「……  よた……?」


「……?」


「……いや、何だ?これは、……。
 貴様、何者だ、どうして  よたの……」

「や、待って、待ってよ。案内番はこの子がよたくんだと思ってるの?
 な、なんで?だって、身長も見た目もぜんぜん……」

「分からない、分からないから確かめるんだ。
 なあ、貴様は何者だ?その恰好は、何だ?」


「…………んと、」


「おおきくなったよ。でも、わかんない……
 のびどり、なんだっけ、この人……」


「……何と会話している……?“そいつ”なのか……?」

「ねえっ!だから、わかるように説明してって───」













  ドン。







「え?」





「は?」





「 ゛ …………」






ドン。






二発。銃弾の音と共に、目前の人間の身体が血に染まった。
廊下に打ち付けられて、力なく床を汚す。
何も考えなくとも分かる。致命傷だ。この人は、死んだ。


死んだ?
どうして?





「……狩猟番……!!」



「え…………?」





彼の言葉に釣られて振り向く。
廊下の向こう、とおくに人影が立っている。
暗闇に溶け込むようなその外套と、まるで存在感を隠せていない鉄砲の影。
私たちよりずっと長生きしている、狩猟番の姿があった。


銃を下ろさず、私たち──きっと正確には、私たちの後ろにいたさっきの人間に、向けたまま。
口を開く。





「……鬼だ」


「鬼は人に化ける。外から紛れ込んだのだろう。
 逃げろ。おれが処分する」





有無を言わさぬ声色だった。けっして大きくはないはずなのに、私たちの方まで自然と届いた。
逃げなきゃ。どこへ?
そうだ、教室の子たちはどうなっただろう、でも、あれ?
処分、鬼って、そんなこと一度も、





「それで納得しろとッ!?」

「貴様ッ、何をしたか判っているのか!?
 人を撃ったんだぞ!?このッ、この子が、なぜ鬼だと言える!」



「ッ……、あ、案内番、大人しく、……」

「手当を!」
「奉行番の所へ連れて行けば未だ間に合う!」



「それは、駄目だ」


「ちょっ……」





狩猟番は銃を下ろさなかった。
案内番は───態と、その射線上に立った。









   ドン、

 ドン、
  ドン。





「ひっ……、ッ汰一、大丈夫……」



「ぐ ッ゛……、
 この程度……腹を掠めた、だけだ。
 ハハ……迷うくらいなら、撃つなよ、狩猟番……?」


「…………」


「五発。装填がある。直ぐには撃てまい。
 僕も、警棒はある……、いいから、早く……」





「……う゛~~~っ、わかった、わかったからぁ、」







逃げたかった。




はっきり言って、何が起きているかわからなかった。
理解できなかった。したくもなかった。ただこの場所から逃げたかった。
人を担ぐなんて初めてだし、私より大きいし、運べる自信なんてちっともなかったけど、
ここに居留まって私に何ができるとも思えなかった。


二人とも、気が狂ってしまったみたいで。








だけど。
振り向けば、狂っているのが本当に人だけなのか、分からなくなってしまった。


撃たれて血の海に倒れていたはずのその人間は、



「……あ゛ー……」



呻き声を上げながら起き上がって、


「…………なんで……?」



傷の塞がったその顔を、私たちに見せた。



「ひ、な、なんで、なんで!?
 なんで、治って、……」





逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ、


逃げなきゃ死んじゃう。





「──あ゛いっ、たぁ……!!」



なのに、私、転んじゃった。


「え、」





「 …… いたい?」



「あ…………」







「だいじょーぶ 、だよ、」



死んじゃう。
ごめんなさい。
目を瞑った。






 ガンッ!!

「ひ、」





ガッ、

   ゴン
 ドン、   ゴッ!







……。


 ドンッ

   ドン






銃声とも違う、嫌な音だった。
私はずっと目を瞑って、蹲っていた。
……痛みは来なかった。





「手習番」


「もう大丈夫だ」





かわりに、知っている声が降った。




「……な、にが……」



私は恐る恐る目を開いた。
後悔した。





後悔した。


「……僕が間違ってたよ」



見たこと、聞いたこと、言ったこと、居たこと、
すべてに、後悔した。






「……鬼だ。大丈夫。
 もう、退治した」