RECORD

Eno.251 鳴宮優希の記録

【0-3 温もりはもういない】


【0-3 温もりはもういない】

  ◇

 倉庫に閉じ込められて2日後。
 飲み食いも出来ず、凍えて丸まっていたところを
 優希は父親に救出された。

 その後のことを覚えていない。
 気付いたらお風呂に入れられて、
 自室のベッドの上に寝かされていて、
 それから日常が戻ってきた。

 父親はその日から、離婚の話を切り出すようになっていた。
 優希を連れて別の所に行くのだと話していたのを聞いていた。
 そうすると母親は不機嫌な顔をした。家の空気は悪化した。

 父親は優希を助けようとしてくれているみたいだ。
 だけれど優希はこの父親を信用し切れなかった。
 お母さまと一緒にいると主張したら、
 父親は悲しそうな顔をしていた。
 どうして? お父さまはお母さまが好きだから、
 結婚したんじゃないの?

 家族円満で居て欲しかったから、
 優希は、もっと良い子でいようとした。
 悪い子にはならないから、だからみんなで仲良くしよう。
 僕が良い子でいるから、なら離れ離れにはならないよね?
 なのに。

(──お父さまはどうして、そんな顔をしているの?)


 どうして。

 優希には、分からなかった。
 良い子でいるのにな。何がダメなんだろうな。
 自分が壊れかけていること、
 自分の心が軋んでいること、知覚出来ていなかったから。

 そんな父親は──。

  ◇

 閉じ込められたあの日から1年ぐらいは経ったか。
 季節は初夏。小学5年生になった優希が
 学校から帰ってきた日、
 青い顔した母親からいきなり聞いたのは、

「……ねぇ、優希。お父さんが、死んだわ」


 訃報だった。
 お父さまが、死んだ。

 死んだ。死んだのか。
 実感が湧かない。
 そっか、死んだのか。死んだ。死ぬ?

「……交通事故だったんですって。
 私はこれから色々とやらなきゃならないから、
 優希は良い子にしてて。結華の面倒を見てあげてね」
「……はい、お母さま」

 淡々と従った。言われた通りに、良い子でいるよ。
 渡されたお金を持って買い物に行って、
 献立を考えて料理を作って。
 その日は姉妹だけで食卓を囲んだ。
 まだ、父親が死んだという実感は持てなかった。

「…………」
「…………」

 食事中、会話はなかった。
 頂きますとご馳走様を言って、
 その後で結華が部屋に戻って、優希は片付けと皿洗いをして。

 やるべきことをやって部屋に戻って寝た。
 その後、しばらく学校は忌引ということになって、
 瞬く間に時が過ぎていって。

 通夜があった。葬式があった。
 周りが涙を流している中、優希は泣かなかった。
 だってあの冬の日、倉庫に閉じ込められた日、
 泣いたら怒られたんだもの。
 だけど泣かないでいたら、「冷たい子ね」と母親に叱られた。
 この場では泣くのだと理解したから、泣いてみせた。
 ねぇほら、良い子でしょう?

 父親は唯一、優希の味方で居てくれた。
 優希がおしおきを受けている時に、庇ってくれた。
 その父親が、事故で、死んだ。

 感慨も何も湧かなかった。
 そんなことを感じる心はもうなかった。
 もう夫婦喧嘩は起こらないね。
 これで家族は円満でいられるのかな。
 そんな思考ばかり、ぐるぐる、回って。

 怒られないことが、何よりも大事。
 良い子でいることが、何よりも大事。
 その過程で何かを忘れてしまっても、
 忘れるぐらいならば別に大したことないはずなのだし。

 操り人形。ゆらゆらり。
 鎖で動かすはお母さま。


 望む通りになるから、ちゃんと優等生になるから。
 ハリボテでも、怒らないでね。

 抱きしめてくれた温もりはもう居ないけれど。
 お父さまなんて別に、大切なんかじゃなかったし。

 そう思うことにした。
 そう思うことに、したんだ。
 

 いたいよ。どうして?