RECORD

Eno.112 天降川もあの記録

#01 「The more, the merrier.」

 手に握り込んだ小物を跡形もなく消し去る、或いは空手からいきなりコインやカード、ピンポン玉なんかを出して見せる手品がある。
 あれらの多くは対象物を袖口に隠す、指の間に挟む、もう片方の手などに意識を向けさせてその隙に細工する、など多種多様な方法と熟練した手捌きによって、あたかも本当に消えたり現れたりしているように見せかけているのだそうだ。

 そういった物理的に有り得ない現象を起こす奇術は何時の世も人々を惹きつけてきた。
 かつてはテレビでも大きく取り上げられ、人気のマジシャンたちが芸能人と並んで独特な個性を売り出しつつ、大規模なマジックショーを中継する特別番組が度々放送されるような一大ジャンルであったが、二十一世紀も四分の一が過ぎようという時分には最早見る影もないくらい影響力が落ち込んだ。
 かくいう私も、小学生の頃は画面の向こうで起こる不思議な光景に心奪われたクチで、録画した映像を齧り付くように見返したり、両親にわがままを言って実際のショーを観覧しに行ったりしたものだ。
 執拗に種明かしを迫るような面倒臭い子供ではなかったからなのか、その時は幸運にも飛び入り参加の指名を受けた。
 画面越しでも遠巻きでもない、間近で身を持って体感してもなお自分の理解を超えた現象に、この上なく胸が躍った。
 
 目の前の物体が突然消えてなくなるには何をどうしたらいいのか、と考えて、考えて。
 無い知恵を絞り出しても答えが出なかったので、やっぱり特別な力が働いていたのだと思うことにした。
 それが奇術だろうと魔法だろうと、少なくとも当時の私はそういう力の存在を信じて疑わなかった覚えがある。


 昔から、消したり出したりする行為には憧れがあった。
 要らないものをどこかへやって、必要になったらまた手元に戻す。
 余分なものを持ち歩かずに済み、その時々で最適なものを取り出せる――手品の場合はそう都合よくなかったけれど、漫画やアニメなどに描かれる魔法使いやSFの住人たちは、時折そうやって便利な術を披露しては快適に暮らすものだから、煩わしさから開放された生活は幼い目にも大変魅力的に映った。

 某国民的アニメのポケット・・・・にしてもそうだ。
「何が欲しい?」という定番の問いかけに間を置かずその名前を出すと、何度かに一度は「ずるい! 中身もまとめて欲しいんだろ!」と欲張り扱いされる。
 強欲であることは否定しないが、ずるいと決めつけられるのは些か心外だ。
 私はいつだって『ポケット』そのものを見ているというのに。
 カバンやら何やらに付き物の、容量と重量に縛られることがなく、携帯する必要こそあれどそれ自体は嵩張らない収納用具の究極系。
 そういう物が、力が、欲しくてたまらなかった。


 そんな願望、そんな夢を胸に過ごしていたあの夏の終わり。
 どこかへ無くしたと思い込んでいた包帯が、学期の始めにランドセルから顔を出した。