RECORD

Eno.59 墓畑次郎の記録

異世界の招待

大人になっても厨二病めいた哲学かぶれの非日常願望っていうのは突然罹るもんだと知ったのは、墓畑次郎が中学生の頃だった。
当時の事を思い出すのは、少しだけ負担がある。
世界というものは多重構造であり、己の生きている現実が決して世界の全てではない、というのを痛感した。
つまらないと思っていた日常は世界にとって甘ったるい一面でしかない。
一皮めくれば、そこには魑魅魍魎が蠢くろくでもない暗黒面が広がっている。それはきっと、普通の人間でも大して変わらない話なんだろうが───この優しい現代日本において、それをより如実に、身近に理解する連中というのは一体、何人いるんだろうか。

墓畑次郎もまた例にもれず、その一人に違いなかった。
下流寄りの家庭なれど、大人しく常識的な両親がいて、自分より要領の悪い兄がいた。
二番目の子だから次郎、なんて雑な名前つけをされたもののそれなりに可愛がられていた自負がある。
中学生の彼はつまらない家庭である己の家をバカにはしていたが、確かにそこをよりどころの一つとしてカウントしていた。

母の誕生日には渋々家事を手伝ったりして。
父の愚痴をスマホを弄りながら右から左に聞き流してみたり。
兄とはささやかな喧嘩をしながらも二人で連れだってゲーセンにだって遊びに行く。

何かに成りたいなんて夢は漠然としてあやふやで、とにかく今を楽しむことで精いっぱい。
進路なんてその時来たら考えればいい。
詰まらない授業を寝て過ごしながら、なんとなく当たり前に明日が続く事に疑問を持たなかった。

適当な地元の高校に入って、地元の大学を適当に目指して───入れなかったら適当な場所に就職をする。
家とはつかず離れず、可愛い女の子を恋人になるのだ。
勢いで結婚とかもするかもしれないし、生涯独身でもいい。
可もなく不可もないよりは、ぱっと成功してみたいものだったけれどこの生ぬるい幸福でだらだらと遊んで暮らすのも悪くはない。
時々未来の事を考えても、明確なビジョンというには想像力にかけた物ばかりが抽出される。
それよりかは明日のテストの点数が悪いイメージしか湧かず、それで一喜一憂してみた利する方が楽しかった。

あの日の事は今ではすっかり記憶に薄い。
何日だったのかもちょっとあやふやだった。それくらい退屈でいつも通りの日常だった。
朝起こされて、母親に叱られながら弁当を持って新聞に顔を埋める父の顔も見ず遅刻しそうな兄の慌てた足音を背後に投稿する。
学校では先生の授業より友達との会話の方が優先され、放課後はやる気のない水泳部に顔を出して水遊びして、放課後はそれでおしまい。
あとはもう帰るだけで───。
そう。
帰宅中の事だったのだ。
いつも通りの、いつもの帰り道のはずだった。何も変わらず、何もおかしなことはなく、たったこれだけ。
この道に起きた異変に気づかず一歩、足を踏み込んだからおしまいだった。

───どくん。
踏み込んだ空の色が、夜も遅いのに真っ赤に染まる。

歩行者通路を歩いていたら異世界転生トラックが突っ込んできたような唐突さをもって、墓畑次郎の人生は文字通り『理不尽神秘』に轢かれた。
轢いたトラックの名前は『悪の組織FICSA』と銘打たれる。

振り返っても、即死級の運の悪さだった。