RECORD

Eno.244 七種 仁音の記録

間食 -たそがれ公園-

 
黄昏時、夕暮れ時、あるいは──逢魔時。

このように呼称されている通り、古来より昼と夜の境には、人と、人ならざるものの境界が曖昧になると言い伝えられております。

例えそれを望まずとも、出逢ってしまう、迷い込んでしまう。
そうして運良く生き延びた誰かの言葉が、噂としてまことしやかに囁かれ、広まっていく。
証人不明の体験談は人から人へと渡り歩き、言い間違いから歪んでいき、ついぞ元来の姿を取り戻すことは叶わない。

けれど確かに、その噂には始まりがあったはずなのです。生き証人による、心の底からの訴えが。


さて、これからお話するのは、そんなありふれた噂話のひとつ。




防災無線──夕方五時頃にスピーカーから鳴り響く、夕焼け小焼けのチャイム。誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。

学校で勉強を終えて、口うるさい両親の目を逃れて、ようやく訪れた学友たちとの楽しいひととき。

けれど子供たちがそんな自由を謳歌できるのはたったの数時間だけ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、そんな時間を奪い去っていくチャイムの音を疎む子供もきっと少なくないでしょう。

帰りたくないなあ、もっと遊んでいたいなあ。
そんな想いが膨れて脹れて、どうしようもなくなった時、子供の心にはいたずら心が芽生えます。

「ちょっとぐらいなら、もう少しだけなら、遊んでもいいよね」

“自分なら大丈夫”、“いつも何もなかったんだから今日だって何もない”、子供の背中を後押しするのはそんな根拠のない、自分自身に向けての言い訳。
親や先生の言い聞かせを破って、夕方五時のチャイムが鳴り終わっても家に帰らず、友と遊び続ける。それはさぞ甘美な罪の味でしょう。

けれど悲しきかな、約束を破ってしまった子供にはバチが当たるのも世の常なのです。


“たそがれ公園”、それは夕方五時のチャイムが鳴っても帰らなかった子供たちが迷い込む不思議な公園。

ある日、仲のいい子供たち五人組はその公園に迷い込みました。

最初、子供たちは怯えました。だってそうでしょう。友達と楽しく遊んでいた筈が、気づけば見知らぬ公園に佇んでいたのですから。

けれどそれも少しの間だけのこと。だってそうでしょう、辺りを見渡せば、自分たち以外にも公園で楽しく遊ぶ子供たちの姿がありましたから。

「おおい、君たちもここに来たのかい? それなら君たちも一緒に遊ぼうよ!」

赤信号みんなで渡れば怖くない、なんて言いますが。ええ正しく、親の言いつけを破ってまで五人仲良く遊んでいた彼ら彼女らは、誘われるやいなや喜んで彼らの輪の中に入り、楽しく遊び始めました。


そうしてどれだけ遊んだでしょうか。彼らの中で少年だけがふと気づきました。

ずうっと遊んでいるのに、空が一向に暗くならない。見上げてもどこまでも夕焼け空のまま。
それに、夕焼け小焼けのチャイムがいつまでも鳴り止まない。思い返せば遊んでいる間も聞こえていた気がする。
この公園はなにかがおかしい。少年だけがそれに気づきました。

だから、少年は名前を呼びました。
もう帰ろう、と。早く帰らないとママに怒られちゃうよ、と。みんなの名前を呼びました。

呼びました──否、呼ぼうと、しました。


──思い出せない。


いとこの■■くん、幼馴染の■■■ちゃん、お隣の■■くん、そして親友の■■■。

誰も、誰も思い出せない、思い出せない!
あんなに遊んだはずなのに! ずっと一緒にいたはずなのに!
分からない分からない分からない分からない!!
壊れてしまったイカれてしまったおかしくなってしまった! 僕が、皆が!? 嗚呼目の前の現実に理解が追いつかない!

少年は思わず一歩後退る。
運動靴のかかとが土をけずる。なんてことないその音がやけに響いて聞こえて、それに気づいたのか周りの子供たちも少年の方へと振り向いて。

そうしてついに、少年は悲鳴をあげました。


──だって少年を見つめる彼らの顔は、影のように真っ黒く塗り潰されていたのですから。


少年は慌てて逃げ出しました。友達を置いて……いえ、いいえ、もう顔も名前も思い出せないのですから、友達ではなく赤の他人。見捨てて逃げるのも致し方ないことでしょう。

走る、走る、走る。
息も絶え絶えになりながら、逃げているのはあの影たちからか、それとも胸中の恐れからか。

はたしてどれほど走っていたのでしょうか。
全身汗でずぶ濡れになりながら、ふと我に返って空を見上げればそこに広がっていたのは夜の闇。あとで聞いてみたところ、既に時刻は丑三つ時を過ぎていたとのこと。
そして辺りを見渡してみれば、そこは少年の住んでいる家のすぐ前。

逃げ込むように家の中に駆け込めば、玄関には両親の姿がありました。
目、鼻、口がちゃんとある。名前も分かる。そんな当たり前のことに少年は心の底から安堵して、驚いた顔の両親の元へ駆け寄って泣きつきました。

「こんな遅くまでどこに行っていたの? ママもパパも、先生方も心配してたのよ」

心配そうに尋ねる母の声に、少年は弾けるように顔を上げました。
少年は泣きべそを書きながら必死に訴えました。
みんなと遊んでいたこと、いつの間にか不思議な公園にいたこと、みんなを置いて逃げ出してしまったこと。
いとこ、幼馴染、お隣さん、親友、みんなをどうか助けて欲しい。僕が全部悪かったからと、何度も何度も謝りながら。

そうして少年が落ち着くまで静かに話を聞いていた母親は、困惑した表情で少年に語りかけたのでした。


「──■■■くんって、誰のこと?」


──黄昏たそがれ時の“誰そ彼たそがれ公園”

皆々様もゆめゆめお気をつけくださいますように。





「──要するに『子供は暗くなる前に家へ帰りなさい』って寓話だろう? 帰った子は助かって、帰らなかった子は助からなかった、そうやって罪の所在を明示している。
ホラーチックなのは、『恐怖』こそが子供の行動を縛るのに一番効果的だからかな? 『未知こそが最大の恐怖』なんて言ったりもするけど、それでいったらまだ世界を何も知らない幼少期こそが最も多感で、最も『恐怖』に敏感な時期だ。

うん、実にいい怪談だった。相変わらずいい出来だね。こうして二人っきりで聞く機会を貰えて光栄だよ」


「──相っっっ変わらず語り甲斐がないですねえ貴方!」


ご感想ありがとうございます! なんて自棄っぱちに叫ぶ男の声が研究室に響いた。

「あっはっは、心外だなぁ。確かに『恐怖ホラー』は門外漢だけど、書物にはそれなりに慣れ親しんできたつもりだよ。そこまで間違った解釈でもないと思うけど?」


「だからですってえ……は怪談として聞いてほしいのであって、もっとこう、ワーキャー怖がってほしい! あと平然と聞き入らないでほしい!
あと『ホラー』ではなく『テラー』! 語り部ストーリーテラーの『テラー』ですってばあ! そこをどうかお間違いなきよう!」


大袈裟な身振りで怒りを露わにする男に、対面に座る白衣の女は苦笑いを浮かべた。

「ごめんごめん。ともあれ、それが『暴食グラトニー』……もといニトに渡した怪談なんだね?」


「ふう……ええ、貴方が教えて下さった……北摩でしたっけ? 話に聞く限り、此の怪談であれば地域のひとつやふたつ創造──とはさすがにいきませんけど、類感でそれっぽく仕立てあげるのは容易かと思いまして。元々あった公園をもとにちょちょいと。
いやあ、にしても『裏世界アザーサイド』なんて、我々には随分馴染み深い『概念』ですねえ」


「『裏世界リセカイ』とは成り立ちも用途も異なるけどね。それで、端的に聞いてしまうけれど何のつもり?」


役者勧誘スカウトですよ? 折角こうして異世界に足を運べるようになったのですから、監督業ディレクターとしての本業発揮・・・・というワケです。
それにしても……羨ましい! 『嫉妬エンヴィー』じゃないですけど! 此も北摩行きたかった! 叶うなら此と変わって欲しい!
……コホン、まあですので、個人的にグラトニーと交渉致しましてえ……だいぶ出費も痛く付きましたがあ……なんとか影法師一体はあちらに送れましたので、目下良い感じの役者アクターを捜索中です、ええ」


「なるほど……それなら私から言うことはないかな、ニトから聞いてると思うけど」


「『権限神秘』の濫用および表立った暴力沙汰は厳禁、でしょう? その辺りはもちろん弁えていますよう」


「うん、なら良かった。それだけ確認しておきたかったんだ。急に呼び出してごめんね」


「いえいえ、では此はこれで……ああ、そうです。最後に一つだけ」





「さっきの怪談ですけど……語りにおいて多少脚色こそしましたが、大筋は実話。北摩テクノポリスで実際にあった怪奇現象だそうですよ」





では、おあとがよろしいようで。