RECORD

Eno.32 不藤識の記録

monologue. 『陽』

「吾の御坐に迷い込みし幼子よ」
「生を望みし強欲なる子よ」
「火に非ず。凶に惹かれ、其れを救けんする男子おのこよ」
「其方に、吾が新たなる名を授けよう」
「藤に非ず、世の均衡を識る者」
「不条理を許さず、世の不平等を愛せよ」

「其方の名は――」


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 時折、夢に見ることがある。
 自分ではない自分。手足も短くて、全く動きやしない。ただ泣き喚くしか許されない身体。衝動がこの身の内で渦巻くような、息苦しさ。
 そんな折、ふと眼前の人が己に語り掛けるのだ。
 アレは、一体なんなのだろう。
 記憶にない事象。されど、魂がそれを肯定している不思議な感覚。聞いた事も無いはずなのに、明瞭に耳に残るこの音は。


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 父と母。どちらも尊敬する素敵な大人だけれど、自分はそのどちらとも血が繋がっていないことを知っている。
 どうやら自分は捨て子だったようで、地元の神社で発見されたようだ。
 それを拾ったのが不藤夫妻。
 片や一般の社会人、片や神秘に関わる分家の娘。共働きで、生活には困らない比較的裕福な家庭。
 捨てられたままで危険な状態にあった俺は、すぐに病院に搬送されたらしい。結論として命に別状は無かったらしいんだけど、その時の夫妻の狼狽っぷりは我が子に向けるそれと遜色ないものだったと、当時の担当医が後に語った。

 今思えば、その頃には既に不藤 識として生きることが決まっていたのだろう。
 母曰く、名付けはしろひめ・・・・様が行ったという。
 それが誰なのかは未だに確定した訳ではないのだが、きっと彼女のことを指すのだと、心のどこかに確信があった。


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「うん。良い感じだね」


 昼は学校に行き、夕方は早々に遊びを切り上げ、日暮れ頃に神社に行く。そこで夕餉を貰い、習い事をする。
 そんな日々が続く中、漸く及第点を貰えたのは、歳を7つと半分を数える頃だったか。
 目の前にいる従姉は、ずっと同じような見た目をしている。見た目が老いない、魔女のように怖くて美しい人。

 今は神秘を制御するための練習中。
 表では浮かばないものでも、ふとした瞬間に漏れ出てしまわないようにすること。裏では遺憾無くその力を発揮しつつ、その存在を隠匿すること。
 とても難しい話をされているけれど、要はこの身体の内にある不思議な感覚を、無意識に使えるようにしろという話らしい。

「上手、上手。随分と慣れてきたね」


 そうやって褒める声は、とても温かくて、優しい色をしているけれど。その後に続く言葉が、どうやったってちぐはぐで。

「今なら燃やしても、熱くないね?」


 そうして火をつけるのは、練習終わりの恒例行事。
 裏の顔、心の奥に眠る神秘を呼び覚ます。
 飼い慣らす。そのための儀式。
 熱い熱いと叫んでいたのはとうの昔。
 今はもう、慣れてしまって。

「そう。火喰いの柘榴、出さなくても耐えれるようになったんだね。良い子だ」


 褒められれば悪い気はしない。
 けれど、火炙りにされるのはいつだって辛かった。
 この後には八極拳の訓練が待っている。その後には日本史と古典。その後には合気道。その後には英語、その後には神秘学、その後には――
 こんな日々、中々耐えられないものだという。では、この日々はいつになったら終わるのか、と目の前の白亜はくあと名乗る少女に尋ねてみても、

「君を守るためだよ」
「……申し訳ないんだけど、後7年の辛抱だ」
「終わったら一緒に遊ぼう。ね?」


 と、困ったように返すのみだ。
 何度かそのやり取りを繰り返して、同じ質問をすることを止めた。追加のご褒美が全く増えなくなったから。

 そうして詰め込み過ぎた夜を乗り越えた暁には、いつも甘いものをくれる。色んなところのお菓子やスイーツ。それを、映画を見ながら食べるのだ。
 映画を見る度、その世界に入っていくような感覚がして、とても楽しかった。甘いものが脳に行き渡って、スッキリした目で堪能できた。
 いつも白亜はすぐにいなくなるけれど、映画が終わる頃には戻ってくる。
 後は家に送って貰って、ぐっすりと眠るだけ。
 そんな忙しい日々が、ずっと続いていた。


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 運動はできたから、体育の時は引っ張りだこだった。国語のテストはいつも満点だった。社会の先生には、色んな歴史を知っているねとよく褒められた。英会話の先生は、子供ながらにバイリンガルを目指す自分を応援してくれた。
 数学と理科は、残念な事に苦手だったけど。

 だから、学校のカリキュラム上はとても充実していた。でも、友達はどうしても少なくて。
 だって遊べる時間が少ない。みんなと遊ぼうにも、習い事だと言い訳して早めに帰らなくてはならない。
 すぐに浮いた存在になってしまったけれど、話しかけてくれる人も何人かいたから、それで満足だった。

 総評として、小中の義務教育は、いずれもそれなりに充実していたと思う。それなりの距離感で、誰にも迷惑をかけずに生きてこれたのだから。

 だとしても、辛いものは辛い。
 身体はいつだって悲鳴を上げていた。


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「不藤の。この頃、識に何か表で辛い事などはあったか?心身の介護は万全か?」


「そうかそうか、吉報じゃな。このまま予定通りいけば、成人と同時に学都へと送り出すことになる」


「既に月日は折り返したもの」
「来たりし日まで、目を逸らさぬよう」
「後悔はせんようにな」