RECORD

Eno.331 水宮 弌代の記録

薄汚れた十年前の回顧録

■2015年 1月4日─────────────────────────

 その日は私の十を迎える誕生日の事だった。
 とはいえ、それが私の本当の誕生日…という訳ではない。
 正確には私が水宮の家に保護された日である。

 孤児である私は水宮の巫女…『神薙』として厳しくも期待を寄せられ育てられた。
 私にはどうやらその才が在ったらしく、神薙として申し分ない力を持つようになるのにそう時間はかからなかった。
 とはいえ、幼き頃から私はそれに驕る事無く、一心不乱に修行に明け暮れる毎日だった。

 その理由は育ててもらった恩があるとか色々と理由は在るが、一番はやはり幼馴染の存在だった。
 水宮一依…同い年で私と違い、私を保護した水宮の家の血を引く少女。
 小さい頃からいつも一緒に遊んでいて、何をするにも一緒であり、神薙としての修練も同じだ。
 産まれながらに負けず嫌いだった私は、彼女よりも優れた巫女になろうと必死に修行に明け暮れていた。

 その負けん気や使命感の差もあって、結果は如実に表れた。
 少なくとも大人たちの間では、私が神薙の名を継ぐのは確実と言われていた。
 私はその事に胸を張っていたし、そうなれるよう努力していた。
 当の一依も幼さ故か、あるいは純粋さ故か、嫉妬するような素振りもなかった。

 これで瘴気という悪性の神秘に向き合う神薙に、一依が触れる必要もない。
 そんな風な少し驕った事を当時の私は考えていて、事実そうだと思っていた。
 一依の純粋で天真爛漫な性格は、決して麗しいだけではない神薙には向いていないと。
 少なくとも、私はそう考えていた。

 ──だが、本当の大人たちの考えは、どうやら違っていたらしい。

「それで、どうするのだ?
 一依があのような性格では神薙は務まらぬぞ?」


 誰もが寝静まった深夜に、ふと目を覚ました私は、どうにも寝付けずにいた。
 お手洗いにでも行こうと廊下に出て、そこで聞こえてきたのが、そんな大人たちの声だった。

 ぼそぼそと小声で囁くような声に耳を澄まし、その内容を私は聞いている。
 一体、何を話しているのだろうか? 一依と私の事についてらしいが……。
 一依は神薙には向いてないって……どういう事? 私がそう考えていると、大人たちの会話が続く。
 どうやら、水宮の家の中でも偉い人ばかりのようで、誰も彼も神妙な様子だった

「何を言う、元より本家本社を継ぐのは一依しかいない。
 才能が幾らあろうと、"血"を引いていなけば本家には相応しくない」

「そうです。過去にも前例は幾らでもあるでしょう?
 水宮の血の象徴としての本社…力量の差異はもとより問題ではありません」


 一人の言葉に、別の者たちがそう反論する。
 本社を継ぐのは一依しかいないというのはどういう事だろうか? 私とて水宮の巫女として、神薙としての修練を積んでいる。
 一依よりも素質がある筈だし……それなのにどうして……? 私はその事を疑問に思って、続きの言葉を待つ。

「それでは弌代は何れは分家に? あぁそれとも、一依の補佐にでも?」

「ええ、あの才能は腐らせるには勿体ないもの…抱え込んでおくに越したことはありません」

「適当な相手を宛がえば、その才も血に組み込めるだろうしな」


 どういう事だ? 彼らは何を言っているのだ。
 何故、私が一依の補佐に回らねばならないのだ?
 それではまるで、私よりも一依の方が上だとでも言っているようなものではないか。
 そんな訳がない! 私とてこの十年、修行を怠らず己を鍛え続けてきた。
 才能は私の方がある筈だし、現にこうして才覚も認められている筈なのだ。

 けれども、大人たちはそうではなく、まるで一依の方が優れていると言っているような……。

「所詮はどこの誰とも分からぬ身の上……本家に相応しくはありますまい」

「しかし弌代も弌代ですな。些か頑張りすぎて"当て馬"にも成れぬとは」

「おかげで一依も弌代が居るから平気だろう…なんて、呑気な事です」

「まったくだ、程よく劣等生であったほうが頭を悩ませずに済んだな、これでは」


 大人たちはそう言って笑いあう。
 私はそれを立ち聞きしながら、頭が真っ白になったような心地でいた。

  "当て馬"にすら成れてない?劣等生の方がよかった?
 まるで、私が居ないほうがよかったとでも言うようなその会話に、手が震える。

 そして不幸にも私は、その会話の意味を理解できぬ程に、もう子供ではなかったのだ。
 当て馬という言葉の意味も、何故に劣等生の方がよかったのかと口にしたのかも、分かってしまう。

「弌代も今日で十になった所だ、持て囃さずに事実を告げる頃合いだろう」


 そんな言葉が聞こえた時、私は咄嗟に駆け出していた。
 靴を履いていないのも構わずに、裸足のまま、しかしそんな事を気にする余裕もなかった。
 どくんどくんと心臓が高鳴り、今にも張り裂けそうで、私はとにかく走った。

 其処から先の事を、私は詳しくは覚えていない。
 ただただ闇夜の中を走り、走り、走り……足の感覚がなくなっても走り続けて。

 次に気が付いた時には、私の眼の前には『蜘蛛』が居た。

「だ、れ………?」


 それが私の始まりだった。それが私の切欠だった。
 水宮弌代からただの弌代へと──私が私になった瞬間だった。