RECORD

Eno.205 穏岐 穏凪の記録

メモ書き6

お前は人間に興味があるのか、と問われればはいと答えるだろう。
だが、『個人』に興味があるか、と問われれば、いいえと答える。

人の人生とは、千差万別の物語だ。
幸福の幕切れも、悲嘆の締めくくりも、その過程が幸か不幸かを問わず、詳らけばどうしようもなく素晴らしい。

それら全ては、私が目指すものにとって大きな糧となる。

だが。

物語として見ない『個人』に対しては、さして興味は抱けなかった。
他者を蔑ろにする気もない、家族は大切だとも思っている。

ただ、私と私以外は、別物だ。

物を創るとは、自身一人との闘いであり、他者のモノを使って創られることはあっても、他者を介在することはない。


私の境遇は、他者からすれば円満なものなのだろう。
だからこそ理解できる。

私が生涯沈潜に浸るであろうそれは、幸も不幸もなく、産まれついた運命なのだと。

同時に、他者と自分という『個人』に対する関心無関心もまた、生涯付き添うものだろう、と。


だが、それに何を憂うことがあるだろうか。

どうせ、人間など皆どこか狂っている。
ひとりひとり違う狂気を覆い隠し、自分すら騙せるほどの仮面を被り、皆生きている。

他者に迷惑を掛けなければ、それは些細な問題どころか、生という物語を彩る差し色とすらなるだろう。


そんな私だからか、運良く気づけた。
『彼女』が抱く無関心と空虚。
そして、識る沈潜に飢える狂気。

彼女の求めるものへの理解度は、私より遥かに高いだろうからこそ、こう思う。


識る為に…その空虚を埋める為か、焦がれるほど求めるのも私が向かう為に全てを求めるのも。

彼女の行為が代償という名の防衛機制から成るものだとしても、それはある意味では近しいものだ、と。

求めるものにかける、自身の意義にも等しい身を灼くような焦がれる熱意と愉しさは、きっと似通うものだろうから。


とはいえど、結局のところお互いにとって何かしらが大きく変わるわけでもないだろう。

彼女が識るものが一体どんなものであるかの興味は、メモとして残しておこうか。

彼女が私にとって価値のある知識を与えるならば、私もそれに値するものを返さなければならない。



いずれ人は破綻する。

最期に破綻しない物語などありはしない。

だからこそ、刹那の時間に私達は飢えるのだろうとも思う。

これを表に出せば、私は厨二病だと嘲られるのだろうか?

そこに不安も恐れもありはしないが、関心も無い道端に吐き捨てられた雑草以下の連中に造ったものを嘲られるのは、気分が悪いな。