RECORD

Eno.234 牙々丸 小紅の記録

996日の追想

裏世界、神秘、怪奇。
衝撃的な世界の真実を知って、数週間。
答えの出ない問いを胸に過ごす仮初の日常。

いいや、違う。
彼らにとっては、それは当たり前のことだったのだ。
仮初を仮初とすら思わない情報統制と意識統一。
土台の認識からもう異なっている。

「……、……」


牙々丸小紅は中等部の初期に北摩市に引っ越してきた。
なるほど、部外者とはよく言ったものだ。
正しくそう・・なのだろう。何も間違っちゃいない。

であればどうする。
全てを見なかったことにして、逃げ出すか。
きっとそれが最善で、正しい選択なのだろうな。

「でも、」


それは出来ない。
牙々丸小紅は親友を見捨てられなかった。
その涙に背を向けられなかった。
この決断に後悔はない。
後悔はない。

「……」


だから二律背反に苛まれている。
友情と恐怖、責任と痛み。
見なかったことにするほど弱くはなく、
気持ちを割り切れるほど強くはない。

感情を殺せない程度の覚悟なら捨ててしまえとキミは言った。
そう思う。このままでは足手まといにしかならないのだろうな。

であればどうする。
ずっとずっと、自らに問いかけてきた。


牙々丸小紅は。

きっと皆が思っているよりずっと勇猛で、
それから、ずっと愚かであった。

だから。


だから!


北摩テクノポリス 北部
  石神井ニュータウン 『裏』 迷宮辺獄団地


「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、
 ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、」


「──、──」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ッ、
 ッうぐ、っは、 ッぜ、はぁ、ッ、」


愚かか?
愚かだろうな!
知ってるよ、そんなことは!
でも毎度そうなんだ、いつもそうなんだ、そう決めたんだから!
一度腹を括ったなら、もう突っ込む以外に知らないんだから!


「はッ、っう゛、ぉえ゛ッ、
 ッ、は、 ぁあぁ、ああぁあッ……!」


怪奇一匹。怪奇一匹!
低級のはずだ、圧は呑み干せる程度!
結局“力”があればいい。
“実績”があればいい! “経験”は杖になる!
恐怖を打ち払う杖だ、光だ、そこに無いなら捩じ切ってでも掴み取るまで、
だって皆そうしていた、憧れのヒーローもゲームの主人公も!
そう・・なりたい、ならなきゃいけない、今!
だって、だって、だって、
だってもう・・、逃げたくなんて、



「あ」




紅い空に悲鳴が響き渡る。
助けは無い。それを選んだから。

莫迦をやったのかな。
一度思い込めば、視界が狭くなるのは、私の悪いクセだ。
痛みが止まらない左腕を抱きしめながら、漠然と考える。
キミと、キミたちと並び立ちたかったんだ。
無理な背伸びだったかな。そうだったんだろうな。



ここで死ぬのかな。


「あ、」




ここで殺されるのかな。



「う、あ゛ッ 、 」




殺される。
ここで殺される。
無駄に無益に無為に無惨に殺される。
殺される。殺される。殺される。殺される。
殺される、殺される、殺される、殺される、殺される、殺される、
殺さッ、









なきゃ・・・







ツー、 ツー、 ガチャ。


「調査課付け民間特別協力の牙々丸です」


「石神井ニュータウン、××棟、◯◯階通路東部。
 敵性怪奇に遭遇。負傷一名、意識あり。
 GPS情報を送信します。
 衛生課と、念のため対策課の派遣をお願いします。
 ……ああ、いえ。対処は、」












「もう、終わりました」