RECORD

Eno.182 ■■ ■一の記録

-33 フラッシュバック

息子想いの担任が示した檻の外は想像していたよりはるかに広大で、いかに私が自らを過信していたかを思い知ることとなった。
当たり前にできると思っていたことができず、失敗や挫折を明確に味わったのもこの時が初めて。
恩義や負い目がある分避けられない面倒ごともいくらかありはしたが、それでも孤立がないだけマシだった。どうにか有能と判断される立ち位置に身を置けた私は、高卒の身分としては少し珍しいペースで地位を確立しはじめる。

間違いなく、疑いなく満たされていた時期だった。あいつらの想定とは違う形での自分なりの成功を収めることができたと信じて疑わなかった。
折しも当時はバブル期真っ只中。その恩恵に与ったのは我々もまた例外ではない。

しかし、泡はいつかはじけるものだ。いびつな絶頂期はたった一つの善意からあっさりと狂い、歪み始める。

「なぁ■■くん。君、確か独身だったよな?」

緊張混じりの笑みを浮かべた女性の写真とともにかけられた言葉。それが何を意味するかを理解した時、私はしばし固まってしまった。
悪意がないことは私にもわかっていた。それでもこの提案を飲むわけにはいかなかった。
家庭を持つこと自体はこの時代の人間であれば何らおかしくない発想だ。
しかし私にとってその言葉は過去をフラッシュバックさせるだけの危険な要素も孕んでいた。

――ああならない保証がどこにある? 私はあれらの息子なのだぞ?

「いえ、それは、その……すみません。そんな素敵な方を……私などではとんでもない」

反射的に断りを入れていた。もちろん食い下がられはしたが、それでも譲ることだけはせずに頑として受け入れない。

「……できることなら、彼女の意思を尊重してあげてください。
今はもう、自由な出会いの時代に変わりつつあります」

時代を武器にして、私はようやく主張を通した。
これでも最大限配慮は払ったつもりだったが、それ以降私への待遇は目に見えて悪化した。

バブルは弾け、私も出世コースから弾かれて。
とはいえ仮にも能力は評価された側。過剰にぞんざいな扱いや追い出しもできず、そして私自身も負い目などより去ることもできず。還暦を迎えるに至るまで何とも中途半端な時期が続いた。伸びもせず落ちもせず、ぎりぎり不快感を覚えない程度の停滞具合。

変わるものも変わらないものもある。たとえ立場や置かれた状況が変わっても、私自身の何かが変わるわけではない。


罪もまた、いかに罰を受けて償ったとて変わりはしないのだ。