RECORD
Eno.182 ■■ ■一の記録
-3 センゲン
・多くの生命は潜在的に神秘性を抱えている。
・裏世界は神秘に満ちており、呼応する形で来訪者の神秘も顕在化しやすい。
・予期せぬ形で発現した神秘は想定外の挙動を取ることも珍しくない。
およそ一年を経て私は上記のことを理解した。
どうやら神秘管理局は神秘や裏世界を隠匿し、極力表とは分断したい立場らしい。ゆえに予防も兼ねて私は接収されたのだろう。
腕に縫い付けられたデバイスは神秘性の継続的な記録と監視が目的であり、「お前は逃れられない」と示す奴隷の枷でもある。
のだが。
当の私自身はいかなる神秘を保持しているかなど把握しているわけもなく、ただ出身一つでそこまで警戒されるのかと疑問に思うばかりであった。
「やぁ、何やら悩んでるみたいじゃないか。
君ってアレでしょ? あの……どこだっけ、あの地域生まれ」
ある研究課正規職員との出会いが、その疑問解決への糸口となった。
胡散臭いほど親身で、なおかつ顔の見えない研究者だった。
見えないのはそういう神秘だからと語ってはいたが、実のところ私はそれを信じていない。
しかし孤独だった私にとって話を聞いてくれそうな正規職員との接触機会は希少であった。
藁にもすがる思いで私は「自らの神秘が何かを知らない」ことを伝える。
「試しにやってみればいいじゃないか。専用の場所があるだろ? 必要なら申請も通そう」
返答はいやにあっさりしており、同時に手続きも恐ろしく早かった。
それはまるで「いますぐにやれ」と急かされているようでもあり。
仰々しい演習場に連れて行かれた私は、広い空間へ一人取り残された。
「イメージしてみてごらん。何か……自分の中にそれまでの自分とは異なるナニカを感じないかい?」
いやに雑駁なアドバイスだったが、従わない選択肢はない。
試しに私は目を瞑り、これまで生きてきた60年と少しを振り返ってみることにした。
最初に、両親がかけてくるいくつものプレッシャーが飛び込んできた。
その背後からは幼い弟が感情のない目でじっとこちらを見据えている。
向こうでは高校の担任は意味も分からぬ怒号を雨のごとく浴びせ続けるばかり。
反対側では縁談を持ち掛けてきた上司が失望した目で睨んでおり、その傍でかつて顔写真で見たきりの女性が「どうして」ととめどない恨み言を零していた。
少し離れた場所では北摩市の職員が嘲るように笑い声を発し、顔の見えない研究者もまたそこに同調する形で嗤い続けている。
私は目を背けた。何も見たくなかった。誰もかれもが「敵」に見えるが、そもそも彼らを裏切って敵にしてしまったのはほかならぬ私自身ではないか?
罪悪感を持って再び向き直るとそれらはすべての言葉を失っており、代わりに管理局で見た様々な「死」にその姿を変貌させ――
「……テンメイ?」
――次の瞬間、私の口が勝手に動いた。少し遅れて自身を中心とした四方八方から轟音と熱気が絶え間なく噴き出しはじめ、演習場の一帯に向けて容赦なく襲い掛かる。
「あぁ……なるほど。一個人でこの規模行くのか、面白いな」
設備の表面を焦がし熔かし、もはや軽い暴走ともいえる私の所業を前に、見えない顔はただ笑みを浮かべていた。
自分の神秘を理解して、把握して。手探りで惨状をどうにか止めるまでにどれほど時間が経っていただろうか。
既に始末書などを書き上げ楽しそうにしていた研究者を前に、疲労困憊となった私は一つの疑問を口にする。
「……お前さん、どこまでわかっていた?」
「ふふ……さあね。全部わかってたかもしれないし、何もわかってなかったのかも」
どう見ても知っているとしか思えない反応。この結果すらある程度予測していたようにすら感じられる。
そして危険性を知っていたなら本人に知らせず封じ込めたままにしたほうが都合もいいはず。そもそもこんな胡散臭い老人に助け舟を出す段階でおかしいのだ。
「何にせよじきにわかるさ。ひとまず今は『ただの興味や善意で君を助けたつもりはない』とは言っとこうか。
また何かあったらおいで。君ならいつでも歓迎するよ、センゲン」
「……センゲン?」
別れ際、その職員は私に妙なあだ名をつけてきた。
「人の顔と名前一致しないんだよね。だから適当に呼び名つけてるんだ」
この呼び名が何を意味するか、私は未だわかっていない。
少なくともノリや勢いなどではなさそうな気配だけはあるが……
・裏世界は神秘に満ちており、呼応する形で来訪者の神秘も顕在化しやすい。
・予期せぬ形で発現した神秘は想定外の挙動を取ることも珍しくない。
およそ一年を経て私は上記のことを理解した。
どうやら神秘管理局は神秘や裏世界を隠匿し、極力表とは分断したい立場らしい。ゆえに予防も兼ねて私は接収されたのだろう。
腕に縫い付けられたデバイスは神秘性の継続的な記録と監視が目的であり、「お前は逃れられない」と示す奴隷の枷でもある。
のだが。
当の私自身はいかなる神秘を保持しているかなど把握しているわけもなく、ただ出身一つでそこまで警戒されるのかと疑問に思うばかりであった。
「やぁ、何やら悩んでるみたいじゃないか。
君ってアレでしょ? あの……どこだっけ、あの地域生まれ」
ある研究課正規職員との出会いが、その疑問解決への糸口となった。
胡散臭いほど親身で、なおかつ顔の見えない研究者だった。
見えないのはそういう神秘だからと語ってはいたが、実のところ私はそれを信じていない。
しかし孤独だった私にとって話を聞いてくれそうな正規職員との接触機会は希少であった。
藁にもすがる思いで私は「自らの神秘が何かを知らない」ことを伝える。
「試しにやってみればいいじゃないか。専用の場所があるだろ? 必要なら申請も通そう」
返答はいやにあっさりしており、同時に手続きも恐ろしく早かった。
それはまるで「いますぐにやれ」と急かされているようでもあり。
仰々しい演習場に連れて行かれた私は、広い空間へ一人取り残された。
「イメージしてみてごらん。何か……自分の中にそれまでの自分とは異なるナニカを感じないかい?」
いやに雑駁なアドバイスだったが、従わない選択肢はない。
試しに私は目を瞑り、これまで生きてきた60年と少しを振り返ってみることにした。
最初に、両親がかけてくるいくつものプレッシャーが飛び込んできた。
その背後からは幼い弟が感情のない目でじっとこちらを見据えている。
向こうでは高校の担任は意味も分からぬ怒号を雨のごとく浴びせ続けるばかり。
反対側では縁談を持ち掛けてきた上司が失望した目で睨んでおり、その傍でかつて顔写真で見たきりの女性が「どうして」ととめどない恨み言を零していた。
少し離れた場所では北摩市の職員が嘲るように笑い声を発し、顔の見えない研究者もまたそこに同調する形で嗤い続けている。
私は目を背けた。何も見たくなかった。誰もかれもが「敵」に見えるが、そもそも彼らを裏切って敵にしてしまったのはほかならぬ私自身ではないか?
罪悪感を持って再び向き直るとそれらはすべての言葉を失っており、代わりに管理局で見た様々な「死」にその姿を変貌させ――
「……テンメイ?」
――次の瞬間、私の口が勝手に動いた。少し遅れて自身を中心とした四方八方から轟音と熱気が絶え間なく噴き出しはじめ、演習場の一帯に向けて容赦なく襲い掛かる。
「あぁ……なるほど。一個人でこの規模行くのか、面白いな」
設備の表面を焦がし熔かし、もはや軽い暴走ともいえる私の所業を前に、見えない顔はただ笑みを浮かべていた。
自分の神秘を理解して、把握して。手探りで惨状をどうにか止めるまでにどれほど時間が経っていただろうか。
既に始末書などを書き上げ楽しそうにしていた研究者を前に、疲労困憊となった私は一つの疑問を口にする。
「……お前さん、どこまでわかっていた?」
「ふふ……さあね。全部わかってたかもしれないし、何もわかってなかったのかも」
どう見ても知っているとしか思えない反応。この結果すらある程度予測していたようにすら感じられる。
そして危険性を知っていたなら本人に知らせず封じ込めたままにしたほうが都合もいいはず。そもそもこんな胡散臭い老人に助け舟を出す段階でおかしいのだ。
「何にせよじきにわかるさ。ひとまず今は『ただの興味や善意で君を助けたつもりはない』とは言っとこうか。
また何かあったらおいで。君ならいつでも歓迎するよ、センゲン」
「……センゲン?」
別れ際、その職員は私に妙なあだ名をつけてきた。
「人の顔と名前一致しないんだよね。だから適当に呼び名つけてるんだ」
この呼び名が何を意味するか、私は未だわかっていない。
少なくともノリや勢いなどではなさそうな気配だけはあるが……