RECORD

Eno.187 千賀 朱明の記録

オーニソガラムを摘み取って

 
「怪異を用いた霊力の増幅実験……」

春の陽気を思わせる笑顔を見ていた。

初めは、興味によるものだった。
次は、好奇心によるものだった。

「……花のことは知らん。
 だが、どう活用するべきかは分かる」
「その意味は、後からついてくる」

いつの間にか、執着になっていた。
好悪ではない。それがそこにあることが大事だった。

研究は、観察は、実験は、思い入れることから始まる。

そしてその最後はいつも、興味を失って終わる。




「……」


骸に興味はない。








行き当たりばったりで事を進めるというのはそう珍しい話ではなかったが、
それにしたって最近は行きすぎてる気がする。


記憶を欠落し始めたピンク頭。
人の暮らしの濃い場所に逃げ込む事で奴らが手を出しづらい環境を作る、という目論見は成功こそしたものの、与える影響が予想よりも大きく。

結果的に放っておくことの難しい状況になってしまって、これでは本末転倒だ。奴らの自業自得で片付けようかと思ったが、彼らにはまだ利用価値も、腐れ縁もあって捨て置くには少し厄介であるからして。



それに、取引をした少女。
存外に根性のある嬢ちゃんで、最初会った頃より一回りかはどっしりとした面構えになったように感じる。

ただ、危ういところももちろんある。教導役のせいか、
傷つくのは怖いくせに自分の安全を顧みない節が出てきており、
気にする義理はないのだが些か見ていられない気持ちになるというか。

まるで『代わり』でもいるかのような真似をしている、ようにも思える。
いつかそれとなく問いただしてみるのもいいかもしれない。


巡り巡ってこちらの重荷になられては困るのに、現実はそう簡単にはいかない。
青二才どもは理論通りにいかないように出来ているから。





世は愚か者ばかりだ。だから圧倒的な力で持って制御する。
ガジェットプラザで購入し、調整を重ねたエアガンを腰のホルスターに収める。


歓楽街で会ったご機嫌な少年は、どうも俺様に懐いているようだった。悪くない人、律儀な人。
その評価はおそらく、それほど外れていないのだろう。
明確に邪魔となるもの──それ以外に対して、敢えて排除する理由は持っていない。

まして表社会に生きる人間ならばなおさらだ。堅気に手を出してはならない。


学連のマルチテクノラボで会った純朴な少年は、自分との少ないやりとりから、
彼なりに何かを感じ取った、ようにも見えた。
その上で安易な言葉を口に出すのをやめた。賢明な判断だと思う。

人に踏み込むなら、相応の覚悟を持たなくてはならない。
まして会って一日の相手なら無謀どころか、ただ浅はかだと言えよう。



復讐。 



全てを言い表しているわけではないが、今自分を突き動かしている理由のひとつ。 

平穏に暮らしたいなんてのは真っ赤な嘘。今でも隙あらば返り咲きを狙っているし、
鵺のことも、弟分のことも諦めちゃあいない。まとめてここに置けているのは正に僥倖だ。

力を付けて、帰ったあと。代わりに置いている自分の紛い物を除いて、
歯向かうやつらをこそ世界から追いやってやる。
途方もない時間がかかるだろうが、それに耐えられる命だけは残されている。

やれるかやれないかではない。やりたいのだ。そうすることが、鬼としての悦び。



全てを出し抜く。


鵺を元に戻しながらも、どんな手を使ってでも今度こそ抱え込み、弟分も従わせる。
彼らこそ、平穏な暮らし───身の回りの者を含めて───を、望んでいる。

利害が重なる部分もあるじゃないか。
俺様が扇動させたとはいえ、彼らを争いに巻き込んだのは欲深い有象無象だ。


神秘の力を取り戻し、科学方面のアプローチすらも取り入れて、
今度こそ、何も失わせない理想郷を用意してやることができる。



そこを好きに出入りして、永遠に幸せに暮らせばいい。







「……千賀さん」



恐る恐る、けれど柔らかい声に呼ばれて思考を目の前に戻す。
修道女じみた制服姿の少女。短い間でも、北摩市のことを知るのに十分役立ってくれている嬢ちゃん。

無言で言葉を促すと、それを察したか軽く息を吸う。


「あたし、……この先のこと、全然わからないけど。
 それでも……あなたを始め、あたしを必要としてくれる皆を守りたいと思う」


「力を貸してください。千賀さんが、ここに居てくれる限り」


ただ、静かに聞く。自分一人でも力をつけているだろうに。
誰かを頼るのもまた、賢いやり方の一つだ。そうして得ようとするものに対して興味が湧く。

妖どもの未来を握る。そのついでぐらいに、人の可能性を見定める。それもいい。
元より余所の世界の借り物だ、丁重に扱ってやる気はあったが───


「それはつまり、君が矢面に立って……痛みを、傷を得るとしても、
 報われないかもしれないとしても。わざわざ危険に身を投じたいと。そういうことかい?」

露悪的な言葉を選ぶ。これで折れる者は聡く、長生きをするだろう。
ただ、自分は見てきた。生ぬるい庇護から抜け出そうとする者の瞳の輝き。



 ───オレはそこに、満ちた天を見た。





彼らは自らの命だけが大事か───そんなわけがない。

「はい」

「どれだけ怖くても、辛くても……あたしは、自分に、皆に恥じないあたしでいたいから」

「例え誰に観られたとしても、」「あたしを、肯定してあげられるように」

自分らが世界から否定されても構わない、と消えていったあの二人と同じように。
己だけの世界を心に持ち、愚かで、長生きなど到底望めなくて、それでも……眩い輝き。

けれど鵺と鬼とは違い。こいつは一人だ。まだ、寄り添う相手を持たない。


震える手を見た。それを徐に取って、力強く、少女にとっては痛いだろうほどの力で握る。
きっと彼女も、このまま進めば届かないどこかへ行く。行こうと考えている。

今の自分を脅かす何かを───受け入れて、そうして表舞台から世界を消す。
そうして『自分ではない誰か』が幸せに暮らすのを後目に、一人平穏に眠る。

それまでの猶予を伸ばすのが、ひとまず返せる恩といったところか。




律儀な人。少年から言われたことがリフレインする。
目の前に、未来にあるものを全て手に入れ、罪を清算し、恩に報いるならば、
決して不義理な奴ではいたくないと思う。そうでなければ、鬼どもの頭領とはいえない。

それに代償を少し払えば、放っておくより何倍もの見返りが手に入る。そういうものだろう?




妖と取引してまで光を追う少女を、一度憐れむ。
俺様みたいなやつとはあまり関わるべきではない。ロクな幸運は巡ってこない。

その上で、その決意に敬意を表する。
彼女は表世界の友人だけではなく、裏の我々、協力者すらもその掌で護ろうとするのだ。


なんて傲慢、なんて無謀! だからこそ人は面白い!


世界を手中に収めるオレの横で、キミが星に手を届かせる。
それは余りにも、余りにも愉快な野望だ。


「嬢ちゃん……いや、卯日蜜奈。君、我の鬻ぎを召す者」


「手前に力を貸そう。互いの真に欲しいものが手に収まるまで」