RECORD

Eno.188 柊 柑凪の記録

わたしとラビ

平穏だった昨日、"いつも通り"の今日。
この世界のきっと誰もが、今日と大して変わらない明日が来ると信じている。
……あるいは。ひそかに願っている、"もしも"が叶った未来を。

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ラビはわたしのママが作ってくれた、ウサギのぬいぐるみ。
いつも泣いてばかりのわたしを悪いモノから守ってくれますように、とお願いしながら作ったんだって。

わたしは物心ついた頃からラビをずっと、ほとんど肌身離さず持ち歩いている。
最早、わたしのもうひとりの"親友"と言っていい。
ラビといる間なら、わたしはどんな時も泣かないでいられた。
さすがに学校の授業の時間だと、ロッカーでお留守番してもらっているけど。

でも、中学生になってもいつもぬいぐるみと一緒のはどうかと、自分でも思う。
もう子どもじゃあるまいし、という気持ちがあったが、
未だにラビを手放せない自分を、少し情けなく感じた。

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中学校に進学してからの、学校からの帰り道。
わたしはいつも通り、ラビを抱えて歩いていた。

いつからか、どんなに進んでも家にたどり着かないことに気が付いた。
よく見ると街の建物も、陽炎かげろうみたいにゆらゆらと揺れている。
最初は蜃気楼しんきろうかな?と思った。

きっと学校で疲れているからそう見えるのかな。
そう思っていると、道端で倒れている人を見つけた。

「だいじょうぶ……ですか?」


声をかけた瞬間、わたしと倒れていた人に、とてつもなく大きな影が落ちた。
とっさに振り返っても、影の正体が何者なのかわからない。
怖いと思った。危険だと思った。



(ラビ……助けて!!)


((助けなきゃ!!))



ふたつの声が、同時に心の中で響いた。

そして――







敵意の影は、大きな穴が開けられるように消し飛ばされた。

どうして?










――ラビが動き出して、影にアッパーカットを繰り出していたからだ。










「……」



ラビはそのまま地面に立って……

「♪」



喜んでいる……のかな?
言葉がなくても、わたしが無事でよかった、って言ってるみたい。

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そのあと、元気な大人の人たちが何人か来た。
「無事ですか!?」と心配そうだったし、そのあともいろいろあれこれ聞いたり聞かれたりした。

ちゃんと覚えている範囲だと……

・『裏世界アザーサイド』という場所があること。
・『神秘』と呼ばれる不思議な力が存在し、わたしの中でもそれが目覚めていること。
・わたしも『裏世界』や『神秘』絡みの話に協力してほしいこと。
・『神秘』の存在は、裏世界関係で出会った人以外には教えてはいけないこと。
・『学連』は『神秘』との関わり方を(日常生活の中に隠れる形で)教えてくれること。


だいたい……この辺。わたしがちゃんと覚えるまで、何度も復唱させられた気がする。

わたしみたいに『神秘』に目覚めたばかりの人は、特に心配みたい。
何も知らないまま、何をするかわからないから、らしいけど。

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『神秘』を管理する『機関』のひとつである『神秘管理局(『表世界』では警察の人なんだって)』のいろいろな手続きを経て、
わたしが家に帰されることになった頃には、すっかり夜が更けていた。
管理局の人が、懸命にわたしの両親に説明をしている。……もちろん『裏世界』や『神秘』に関係する話は抜きで。

説明が終わって、帰っていく管理局の人を見送ると、
ママが「おかえり」と怒らずわたしを抱きしめてくれた。

「無事でよかった」と言ってくれた。

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――昨日までとはおんなじに見えて、全然違う明日が始まろうとしている。
ううん。わたしがあの人たちの『神秘』の世界に迷い込んだだけなんだ。

管理局の人の「ようこそ」の言葉を思い出しつつ、わたしはラビをぎゅっと抱きしめて眠った。
明日は、どんな物語が始まるのかな。