RECORD

Eno.896 百堂 巡の記録

s08.花形からは縁遠く

「もうちょっと静かでも良かったのに、あっという間にいつも通りに戻ったなあ……」

紺と紅の派手な羽織を生ぬるい風に揺らして、男は呑気にガードレールに腰掛けている。
増え過ぎれば害になるのは人も怪奇も同じだなんて縷人は言っていたが、こうも人がわんさといると怪奇は表のように狩られ尽くしてしまうのじゃないか。なんて、「ゆらぎ」の頻発が収まるまでは杞憂かもしれないが。

そういう意味でも表の様子見はしておかないと、なんて考えている間に小さな怪奇たちの気配がそこかしこから滲み出る。表が深夜だろうが白昼だろうがお構い無しだ。

「とりあえず……塾の近くからはいつも通り立ち退いてもらわないと困っちゃいます、ね」

よっこいしょ、とガードレールから立ち上がったその手には有り触れた標識。
昔はもっと刀とか錫杖とか色々使っていた気もするけど、固いし丈夫だし何より当たり判定の大きさが勝るので結局これに落ち着いてしまった。
質実剛健、格好良さでは護れないのだ。

かん、と地面に打ち付けた鉄の音。
途端に乱立する標識、耳を塞ぐ踏切の声、道と道とは繋がりを忘れて孤立する。警戒標識がぎょろぎょろと眼を手繰り、安全地帯を表す標識は赤に染まって停止を命じている。
惑わされた者にしか見ることの出来ない惑わし神の内側は、きっと肩を並べて怪奇に立ち向かってさえ余人の目には影も形も映らない。

「いささか華に欠けるのは分かってるんですけどねえ、僕にももう少し派手な逸話が増えないかな」

そうもいかないのが伝承であるので、怪奇は今日も地道なお掃除をこなすべくその腕を振りかざした。