RECORD
Eno.14 卯日 蜜奈の記録


思わず気が抜けて、屈みこんで、たっぷりの息を吐き出す。
嫌な感触の残ったフライパンを持っていられなくて、千賀さんに預かってもらった。
顔をあげる。さっきまで、こちらを襲い掛かってきた怪異たち。
怪異、だったもの。千賀さんや、他の協力者とともに無力化した残骸。
今更気分が悪くなるなんてことはない、けれど。
人に危険を及ぼす怪奇を排除する。
そういった怪奇の出没する場所で、指示されたことを行う。
きっと、表世界しか知らなければすることのない、
身をリスクのうちに晒す───本当に、身を削るかのような仕事。
「……あたし、本当に……
夢想するばっかりで……現実、知らない事だらけなんだな……」
「……」
溜息を吐く。どれだけ、どれだけあたしは守られて生きてきたのだろうか。
何度も感じた通り、お姫様にはなれないというのに。どこまでいっても中途半端な。
だから今変わってる途中、でもある。変われているとも感じる。
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「おい」
低く乱暴で、けれど気遣うような声量で呼ばれる。
緩慢な動き、鹿威しにでもなったかのようにのったり頭をあげると、
千賀さんはもう後処理を終えて、拠点に帰る準備を始めてるところだった。
「す、すみません……」
「謝れとは言ってないわい。
まあ、考え事をするならもっと安全な場所でしな」
カレントまでついてってやるから。そう言われて、少し心の重さが楽になる。
まだ、守られている。けれどそれを突っぱねられるほど、やはり子どもでも大人でもない。
やがて皆と支え合うようになるためには、もっと強くならなくてはならない。
裏世界の街並みを、ゆっくりと歩いていく。
危険のないエリアだと分かっていても、何があるか分からなくて気が休まらない。
気を紛らわせるために、何か話題を探した。
「……千賀さんは」
「あたしのことや、桜空先輩のこと……どう、思ってますか?」
力を貸してくれる、とは言っていた。
桜空先輩のことについても、同じ世界の出身だからか、
出来る限り守って、元に戻してあげようと働きかけてるのが見て取れる。
その内心にもう少し触れたかった。素直に教えてくれないだろうが、
きっと、聞かないよりかは何かが聞けるような気がしたから。
顔を窺うと、あからさまに訝し気な表情をしていた。
嫌がってるわけじゃなくて、そういうポーズだ。
「……姦しいガキどもとは思ってるけどよ。
利用価値がなかったら別にここまで目を掛けることもない……ともね」
「その割には……面倒見がいいですよね」
怒られるかな、と思って言ってみたけど、
案外「まあ」と受け入れている。ちょっとだけ意外だった。
「なんだその顔は。……オレが面倒見が悪いとでも?違うわな?」
「まあ……」
大袈裟に目を開いたり眉間に皺を寄せたり。その仕草がなんだかコミカルに思える。
まるでカートゥーンとかそんな感じ。今度見せてみようかな。
「それ以前に……テメエにも、あの脳内春野郎にも。
一応借りはあるんだ。それに報いなければ男じゃあない。鬼ですらない」
「……桜空先輩にも?」
「おっとそれ以上はタダでは教えねえ。こっちの話だ」
バッサリ斬り捨てられてしまった。ちょっと残念。
でも借りか。自分にある借り。一応、痛みを和らげてあげたことだろうか。
それか北摩市の案内をしてあげたことか。あるいは、どっちもか。
これらは聞いてもあまり意味がないことだ。大事なのはそこではないのだろうから。
「ふふ、ありがとうございます。少し気が楽になりました」
「勝手にべしゃって勝手に楽になって礼を言ってくるとはな」
もう一度笑う。出会った当初は様々な色眼鏡があったものだが、
しっかり対話を重ねていくと知らなかった一面が幾つも出てくる。
裏の中にも、恐ろしいだけじゃなくて、親しみやすいものがある。
それをこうも身近なところに取り入れられたのはきっと、幸運なことなんだろう。
「そろそろカレントコーポレーションの営業所ですね……
ええっと、報告のためのパーツをいくらか───」
───視界の遠くに、赤い色が見えた。
あたしの挙動に不審なものを覚えたか、千賀さんも視線の先の方を向いた。
景色を横切って行く、赤い、赤い───林檎のように赤い、人影。

言葉を失った。思い描いたことはあれど、あってはならないものをそこに観た。
あの赤毛。あの背丈、あの体躯、
あの服装、あの赤毛、あの赤毛は───
「あ、あれ……あたし……?」
「……先行ってろ───」 「それか、待っとけ」
言葉に続き、思考の止まったあたしに荷物を預け、
千賀さんが瞬く間に向こうへと走って行く。何が、何が、何が起きている?
そういう怪奇でもいるのか。誰かを模倣する、そういった。
あるいは───?
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†あなたは二人目の訪問者†

「蜜奈、……大丈夫か?」

「はい……なんとか……」
思わず気が抜けて、屈みこんで、たっぷりの息を吐き出す。
嫌な感触の残ったフライパンを持っていられなくて、千賀さんに預かってもらった。
顔をあげる。さっきまで、こちらを襲い掛かってきた怪異たち。
怪異、だったもの。千賀さんや、他の協力者とともに無力化した残骸。
今更気分が悪くなるなんてことはない、けれど。
人に危険を及ぼす怪奇を排除する。
そういった怪奇の出没する場所で、指示されたことを行う。
きっと、表世界しか知らなければすることのない、
身をリスクのうちに晒す───本当に、身を削るかのような仕事。
「……あたし、本当に……
夢想するばっかりで……現実、知らない事だらけなんだな……」
「……」
溜息を吐く。どれだけ、どれだけあたしは守られて生きてきたのだろうか。
何度も感じた通り、お姫様にはなれないというのに。どこまでいっても中途半端な。
だから今変わってる途中、でもある。変われているとも感じる。
怖いと感じる時間は本当に短かった。
最初に出くわしたのが白くて丸っこい鳥や、お豆腐じみた怪奇だったのがよかったのかもしれない。
困惑して、フライパンをきつく握りしめて。───教わった通り、側面から振り下ろす。
何回か繰り返せば、抵抗を感じていたそれが、動かなくなった。
虫を叩く。そんな感覚を思い出した。
もうすでに、その程度の感覚に落とし込まれていた。
あたしの神秘は身体に、心に熱を与える。
そこにある痛みを覆い隠して、少し前向きな気分にさせることができる。
誰しもが持つ、甘くふわふわした気持ちを───焼き付けする。
もちろん、ただの応急処置だ。度を越した痛みを受ければすぐ崩れる砂糖菓子の防壁。
でも、コツコツとフラグメントを貯めて、痛くならないように身体に纏わせていくと、
どんどん無心でフライパンを振るえるようになっていった。
恐ろしい、ことのような気がした。
表で魅せる自分の裏に、沈めていくものがどんどん増えていく。
その危うさがわからないほど、あたしはもう子どもではない。
けれど、無視して付き合えるほど大人にもなれない。じゃあ何なのか。
どんどん乖離していく。それ自体は覚悟の上だ。
けれどやっぱり、自分の中で行われる夢想が止まることはない。
夢で描いたあたしは、こんなことをしなかった。
「おい」
低く乱暴で、けれど気遣うような声量で呼ばれる。
緩慢な動き、鹿威しにでもなったかのようにのったり頭をあげると、
千賀さんはもう後処理を終えて、拠点に帰る準備を始めてるところだった。
「す、すみません……」
「謝れとは言ってないわい。
まあ、考え事をするならもっと安全な場所でしな」
カレントまでついてってやるから。そう言われて、少し心の重さが楽になる。
まだ、守られている。けれどそれを突っぱねられるほど、やはり子どもでも大人でもない。
やがて皆と支え合うようになるためには、もっと強くならなくてはならない。
裏世界の街並みを、ゆっくりと歩いていく。
危険のないエリアだと分かっていても、何があるか分からなくて気が休まらない。
気を紛らわせるために、何か話題を探した。
「……千賀さんは」
「あたしのことや、桜空先輩のこと……どう、思ってますか?」
力を貸してくれる、とは言っていた。
桜空先輩のことについても、同じ世界の出身だからか、
出来る限り守って、元に戻してあげようと働きかけてるのが見て取れる。
その内心にもう少し触れたかった。素直に教えてくれないだろうが、
きっと、聞かないよりかは何かが聞けるような気がしたから。
顔を窺うと、あからさまに訝し気な表情をしていた。
嫌がってるわけじゃなくて、そういうポーズだ。
「……姦しいガキどもとは思ってるけどよ。
利用価値がなかったら別にここまで目を掛けることもない……ともね」
「その割には……面倒見がいいですよね」
怒られるかな、と思って言ってみたけど、
案外「まあ」と受け入れている。ちょっとだけ意外だった。
「なんだその顔は。……オレが面倒見が悪いとでも?違うわな?」
「まあ……」
大袈裟に目を開いたり眉間に皺を寄せたり。その仕草がなんだかコミカルに思える。
まるでカートゥーンとかそんな感じ。今度見せてみようかな。
「それ以前に……テメエにも、あの脳内春野郎にも。
一応借りはあるんだ。それに報いなければ男じゃあない。鬼ですらない」
「……桜空先輩にも?」
「おっとそれ以上はタダでは教えねえ。こっちの話だ」
バッサリ斬り捨てられてしまった。ちょっと残念。
でも借りか。自分にある借り。一応、痛みを和らげてあげたことだろうか。
それか北摩市の案内をしてあげたことか。あるいは、どっちもか。
これらは聞いてもあまり意味がないことだ。大事なのはそこではないのだろうから。
「ふふ、ありがとうございます。少し気が楽になりました」
「勝手にべしゃって勝手に楽になって礼を言ってくるとはな」
もう一度笑う。出会った当初は様々な色眼鏡があったものだが、
しっかり対話を重ねていくと知らなかった一面が幾つも出てくる。
裏の中にも、恐ろしいだけじゃなくて、親しみやすいものがある。
それをこうも身近なところに取り入れられたのはきっと、幸運なことなんだろう。
「そろそろカレントコーポレーションの営業所ですね……
ええっと、報告のためのパーツをいくらか───」
───視界の遠くに、赤い色が見えた。
あたしの挙動に不審なものを覚えたか、千賀さんも視線の先の方を向いた。
景色を横切って行く、赤い、赤い───林檎のように赤い、人影。

言葉を失った。思い描いたことはあれど、あってはならないものをそこに観た。
あの赤毛。あの背丈、あの体躯、
あの服装、あの赤毛、あの赤毛は───
「あ、あれ……あたし……?」
「……先行ってろ───」 「それか、待っとけ」
言葉に続き、思考の止まったあたしに荷物を預け、
千賀さんが瞬く間に向こうへと走って行く。何が、何が、何が起きている?
そういう怪奇でもいるのか。誰かを模倣する、そういった。
あるいは───?
母のことを思い返す。出演作に神秘事象が発生していた、なんて話を不意に聞いたのは、
つい最近の事。ガイダンスを受ける為、神秘管理局に立ち寄ったときのこと。
それ以上の詳細は知らない。聞けなかった。
でも、もし母が、神秘に触れているとしたら。
なり得るのかもしれない。二人目の──────