RECORD
Eno.104 虚戯 遊真の記録
聞き取り調査/父親について
あの人は、覚えている限り俺にとっては良い父親でした。
明るくて穏やか……というか、フランクでちょっと天然って感じの人。マイペースだったのでせっかちな母にはよく叱られてたのを覚えてます。
俺も高校上がったくらいから母によく父に似てきたって渋い顔されたりしてて……あはは、まあよくある身内のじゃれあいですよ。実際結構自分でも似てきた自覚ありますし。
雑誌編集の仕事をしてたんですが、学生時代は地域の伝統研究とかしてたらしくて。
俺が大学で日本文化の方に進んだのも、父の蘊蓄を聞いて育ったからってのもあるんだと思います。
ただ少し変わった人で、すごく……水が嫌いだったんです。
というか、めちゃくちゃ怖がってました。
母が理由を聞いたところによると「虫がいるかもしれないから」だそうです。別に父は虫嫌いとかではなかったんですけどね。カブトムシ取りとかよくしてたし……それこそゴキ……あの虫の処理も当時は父の役目でしたし。
まあとにかくそんな理由で水を飲む際も必ずコップを明かりに透かして不純物が紛れていないか確認したり、お風呂は烏の行水、プールや川辺なんか絶対近付きたくないって感じで。
俺たちが水の中に入るのにもあまりいい顔はしませんでしたが、価値観の押し付けをするのもされるのも苦手な人だったので「虫に気を付けなさい」とよく言って聞かせるのに留めていてくれました。
そんなわけで、俺は父が水の中にいるところを殆ど見たことがありませんでした。……生きてる間は。
父が亡くなったのは12年前です。
俺の誕生日の1週間前くらいに、突然「今年の誕生日は山でキャンプでもしよう」って言い出して。
言い出した次の日が休みだったので、父は下見をしてくるって言って1人で山に行って、そのまま帰って来ませんでした。
一晩経っても帰って来なくて、明け方に母が警察に連絡していました。キャンプ場の駐車場に父の車と、荷物の殆どが放置されているのは見つかったんですが、肝心の父はなかなか見つからず。
警察の人が何日も山の中を探し回って、それでもいなくて。一週間経って。
俺の誕生日。8月29日なんですけど、蝉がまだ鳴いててまあまあ煩かったのを覚えてます。
父は山から流れる川の流域で水死体で発見されました。
死因は溺死。
なぜキャンプ場を外れて川に向かったのかとかももちろん不思議なんですが、もっと分からなかったことは。
父の遺体には頭蓋骨に2cm程度の穴が空いてて、脳味噌を損傷していたそうです。
何かが突き刺さったっていうよりは、虫食いみたいな……骨を少しずつ削り取ったような傷だったらしくて。
このことからなんらかの事件に巻き込まれたんじゃないかと疑われたんですが、結局殺人事件に繋がるような証拠も凶器も容疑者も見つからなくって、最終的に動物か何かが穴を開けて中身を食べてしまったんじゃないか、なんて突拍子もない結論に落ち着きました。そんなこと、ほんとにあるんですかね?
いや、多少不可解なことはありましたけど、今でもあれが神秘絡みの事件だったとかそういうものだったとは思えないんです。
実際、管理局のデータベースにもそれらしい調査記録はヒットしませんでしたし。
発見された父の遺体からは幾つかの手荷物が出てきて、それらはいずれも遺族である俺と母の元に返却されました。指輪、携帯電話と、免許証入りの財布……まあ他にも色々。母と2人で形見分けしました。
……悲しかったかと言われれば、わからないとしか言いようがないです。
12年前なんで……俺は当時8歳ですね。
父の死は俺にとって初めての身近な人の死でした。まだ全然ガキだったんで、実感が湧かなくて。
もう父に知識を乞うたり、一緒に遊べないことは理解できたので、寂しいとは思いました。
今はもう、父のいない生活が当たり前になっちゃいましたから、辛いと思うことも、あんまりないです。
……もう一度言いますが、父の死自体は、きっと俺のこの体質には関係ないんです。
父は川で溺れて死んで、そこにそれ以上の意味はありませんでした。
ありふれた、平凡で理不尽な、ただそれだけの死だったんです。
俺の時と同じように。
そういうものだったと俺は今でも思っています。
…



だからあれも、きっと糸くずか何かの見間違いだったんです。
明るくて穏やか……というか、フランクでちょっと天然って感じの人。マイペースだったのでせっかちな母にはよく叱られてたのを覚えてます。
俺も高校上がったくらいから母によく父に似てきたって渋い顔されたりしてて……あはは、まあよくある身内のじゃれあいですよ。実際結構自分でも似てきた自覚ありますし。
雑誌編集の仕事をしてたんですが、学生時代は地域の伝統研究とかしてたらしくて。
俺が大学で日本文化の方に進んだのも、父の蘊蓄を聞いて育ったからってのもあるんだと思います。
ただ少し変わった人で、すごく……水が嫌いだったんです。
というか、めちゃくちゃ怖がってました。
母が理由を聞いたところによると「虫がいるかもしれないから」だそうです。別に父は虫嫌いとかではなかったんですけどね。カブトムシ取りとかよくしてたし……それこそゴキ……あの虫の処理も当時は父の役目でしたし。
まあとにかくそんな理由で水を飲む際も必ずコップを明かりに透かして不純物が紛れていないか確認したり、お風呂は烏の行水、プールや川辺なんか絶対近付きたくないって感じで。
俺たちが水の中に入るのにもあまりいい顔はしませんでしたが、価値観の押し付けをするのもされるのも苦手な人だったので「虫に気を付けなさい」とよく言って聞かせるのに留めていてくれました。
そんなわけで、俺は父が水の中にいるところを殆ど見たことがありませんでした。……生きてる間は。
父が亡くなったのは12年前です。
俺の誕生日の1週間前くらいに、突然「今年の誕生日は山でキャンプでもしよう」って言い出して。
言い出した次の日が休みだったので、父は下見をしてくるって言って1人で山に行って、そのまま帰って来ませんでした。
一晩経っても帰って来なくて、明け方に母が警察に連絡していました。キャンプ場の駐車場に父の車と、荷物の殆どが放置されているのは見つかったんですが、肝心の父はなかなか見つからず。
警察の人が何日も山の中を探し回って、それでもいなくて。一週間経って。
俺の誕生日。8月29日なんですけど、蝉がまだ鳴いててまあまあ煩かったのを覚えてます。
父は山から流れる川の流域で水死体で発見されました。
死因は溺死。
なぜキャンプ場を外れて川に向かったのかとかももちろん不思議なんですが、もっと分からなかったことは。
父の遺体には頭蓋骨に2cm程度の穴が空いてて、脳味噌を損傷していたそうです。
何かが突き刺さったっていうよりは、虫食いみたいな……骨を少しずつ削り取ったような傷だったらしくて。
このことからなんらかの事件に巻き込まれたんじゃないかと疑われたんですが、結局殺人事件に繋がるような証拠も凶器も容疑者も見つからなくって、最終的に動物か何かが穴を開けて中身を食べてしまったんじゃないか、なんて突拍子もない結論に落ち着きました。そんなこと、ほんとにあるんですかね?
いや、多少不可解なことはありましたけど、今でもあれが神秘絡みの事件だったとかそういうものだったとは思えないんです。
実際、管理局のデータベースにもそれらしい調査記録はヒットしませんでしたし。
発見された父の遺体からは幾つかの手荷物が出てきて、それらはいずれも遺族である俺と母の元に返却されました。指輪、携帯電話と、免許証入りの財布……まあ他にも色々。母と2人で形見分けしました。
……悲しかったかと言われれば、わからないとしか言いようがないです。
12年前なんで……俺は当時8歳ですね。
父の死は俺にとって初めての身近な人の死でした。まだ全然ガキだったんで、実感が湧かなくて。
もう父に知識を乞うたり、一緒に遊べないことは理解できたので、寂しいとは思いました。
今はもう、父のいない生活が当たり前になっちゃいましたから、辛いと思うことも、あんまりないです。
……もう一度言いますが、父の死自体は、きっと俺のこの体質には関係ないんです。
父は川で溺れて死んで、そこにそれ以上の意味はありませんでした。
ありふれた、平凡で理不尽な、ただそれだけの死だったんです。
俺の時と同じように。
そういうものだったと俺は今でも思っています。
…

みーんみんみんみんみんみん

みーんみんみんみんみんみん

みーんみんみんみんみんみん
だからあれも、きっと糸くずか何かの見間違いだったんです。