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【メタ】鏡子さんについて【裏話】
今日も休憩所には数人の怪奇たちが集い、話に花を咲かせている。
テーブルの上のお菓子、ちょっと食べる人を選ぶ持ち込みのお菓子、表世界の有名なジュース。
和やかに世間話をしたり、雑誌を読んだり、うとうとしたり。
そうやって麗らかな夕刻を楽しんでいる中、テーブルに乗ってスマホをいじっていた銀狐が顔をしかめた。
「やだちょっと。これ、"鏡子さん"じゃない?」
部屋の中で害虫でも見つけたような声に、他の怪奇が集まってくる。
確かに、これはそうかもなあ…と口々に言う中、最も新参者らしい影だけの怪奇が首を傾げた。
「キョーコさんって何すか?」
「ほら、ここよ」
>>776357
銀狐が黒豆のような鼻先でスマホの画面を指す。そこにあるのは一枚の写真だ。
雨上がりの住宅街で、道路に広がる水たまりに青空がくっきりと映されている。
その中央から少し外れたところ、水たまりの中に人に似たぼんやりとした影があった。
しかし人であれば「実体」があるはずの所には誰もいない。
「"鏡子さん"はね、ネット上の写真に現れる"何か"よ」
銀狐の言葉を皮切りに、先輩たちは口々に年若い怪奇へ教え始めた。
鏡子さんは有害な怪奇と思われているが、実態は何も分かっていない。
インターネット上…それも不特定多数の目にふれるSNSに上げられた写真の、"鏡面"の中に鏡子さんは好んで現れる。
アップロード前の写真、誰かが描いた絵、AI画像やコラージュには現れない。
大抵の人にはこのようなぼんやりとした影に見えが、稀に"若い女性"に見える者が居る。
そう見えた者は間もなく不自然に失踪してしまうため、鏡子さんの詳しい容姿は分かっていない。
>>776450
「失踪って、表の人がこっちに落ちるみたいっすね。案外こっちのどっかに引きずり込まれてんじゃないすか?」
「そう思うよなあ。けどな、」
先輩のひとりが、その異様に巨大な頭をゆっくりと横に振る。
「どうも裏世界に住むおれたちも、鏡子さんに連れ去られちまうみたいなんだ」
「ある奴はすこーし目を離した『あっ』という間に居なくなって、携帯端末が落ちるカターンって音だけがいやに響いたんじゃと」
「それでね、どこを探しても彼の気配ひとつ見つからなかったっていうのよ。つまり」
鏡子さんは端末の画面という"鏡"から獲物を攫っていく。
そしてその先は表世界でも裏世界でもない、"鏡子さんの世界"らしい。
だから、名前すらも定かでない彼女は"鏡子さん"と呼ばれている。
若い影の怪奇は震え上がった。
>>776822
「そ、それじゃあ狙われたら終わりじゃないすか!
そんなのどう防げってゆーんすか?!」
「簡単よ。スマホでもパソコンでも、ネットを見る機械の画面にマット加工の保護シートを貼っとけばいいの」
このくらいでいちいちビビるようじゃ、怪奇として暮らしていけないわよ。
と、可愛らしい弟分にふふんと鼻で笑いながら、銀狐は慣れた様子でスマートフォンを鼻先で操作した。
「一応、神秘管理局に通報するわ。
どうせ意味はほとんど無いけどね……この投稿を消したって、鏡子さんは別の画像に罠を移すだけよ」
やっぱり怪談といえば「●●さん」と名前付きで語られる女性ですよね。
その代表格がトイレの花子さんであることは言うまでもありません。
こういった「死んだ恐ろしい女性」という典型は千年ほども遡れる物だそうです。
特に江戸時代の創作怪談で日本でのイメージは確立したそうですが、思いがけない歴史があるものですね。
それがなぜか、という話はものすごく長く複雑になるので置いておきまして。
女性の幽霊/お化け/狂人という「キャラクター」には、一定の決まり事があるように思います。
そのひとつは「何かに執着していること」です。
たとえば生き別れの子や恋人を求めてさまよう狂女。
自分だけが死んでしまい、残された子を思う幽霊。
特定の神仏のみを恐れる悪霊。
学校で死に、その死に場所に囚われた地縛霊。
不幸な死を迎え、加害者への復讐鬼と成り果てた怨霊。
この決まり事はルールというより、人間の「情念」に対する漠然とした恐怖が元であるためのような気がします。
それが「一念によって暴走する恐ろしい女性」という典型を借りて語りの中に具現化したものなのでしょう。
だから「鏡子」さんも、きっと「実存」たる人間や怪奇など居ないのです。
いくら本体を探しても、蜃気楼のように掴めることはありません。
インターネットという新たに現出した広大な海の中で、大衆の恐怖心がひとつの焦点を結んだだけ…なのだと思います。
(そのため、ネットに繋がっていない鏡面から鏡子さんに捕まることはありません)
鏡子さんは実在しないし、「鏡子さんの世界」も存在しません。
恐らく「鏡子さんに攫われた」人は、非実在の虚空の中へ投げ出されてしまったのです。
運が良ければどこかの世界に出られるかもしれませんが。
それにしても、こんなひとつの投稿に目を留めて鏡子さんを見つけたなんて。
銀狐さんは相当なネット中毒ですね。

今回使った写真は例外的に100%実写です。
10年ほど前、旅行中に撮ったものになります。九州だったかな。
確か夕立が降って、それが止んだ直後だったかと思います。
この水鏡の「思わずカメラを向けたくなった」感をAIで再現するのはまだ無理でした。
そういえば。画面から襲ってくる女といえば、世界一有名なのが「貞子」ですよね。
あの時、テレビ画面にガラス飛散防止フィルムとか貼っておいたらどうなるんでしょう。
(そもそもアレはゴニョゴニョでアレソレだから原作世界なら結果は変わらないのは置いといて)
もし出てこられなかったらどうするんでしょうね。
pi●ivでいじられてるような、いじけモード貞子ちゃんが見られたりするんでしょうかね。
貞子いじりはともかく、「鏡子さん」は単なる都市伝説です。
都市伝説は強力であればあるほど、明確な「弱点」が無ければなりません。
弱点は強大な厄災のいわばアキレス腱です。
あれば強さに説得力が増し、それを衝かなかった時のしっぺ返しもより恐ろしくなります。
その弱点のさじ加減も、都市伝説の恐怖度合いに直結するので悩むところです。
鏡子さんの回避方法も「単純だが、やらない人はやらない」程度が最もリアルかな、と思って設定しました。
保護シートの糊面に入るホコリは鏡子さんに遠慮なく連れて行ってほしいです。
