RECORD

Eno.187 千賀 朱明の記録

呑んだ昏れの喰らい思考

 


この記録はEno.14「†あなたは二人目の訪問者†」の続きです。














見失った。完全に逃してしまった。

怪異としての全力を引き出せていたら万一にも女一匹捕まえられないなんて失態は犯さないが、
今はどれだけ繕ってもほぼ人間にまで枷をかけられた身体だ。どうしようもない。


状況を整理する。悔やむばかりは粋ではない。


ここは北摩市の裏世界だ。蜜奈といくつか仕事をこなし、その帰り道だった。

くだらない雑談をしていたら蜜奈の様子がおかしくなり、
視線の先を追えばそこにいたのは──年頃の少女、に、見えた。

正直、自分が見た頃にはもう物陰に入っていた。正確に認識できている可能性は限りなく低い。

見た当人は「あたし」だと、言っていた。あたし。つまりは自分自身が、もう一人そこにいた。
人を模す怪奇はそれなりに倒し、会記の資料もまあまあ読んできたが、
特定の誰かに似ていて、当人の前に姿を現す──という例は、今の所初めて聞く。

ドッペルゲンガーは基本的に幻覚か勘違いか、『本質が別』だ。
だからこの目で確かめてみたかったのだが……



「……いや」

そもそも、もう一つ不可解な点がある。
ここは拠点へのルートに使われるぐらいには危険度の低いエリアだ。怪奇と遭遇するケースがそもそもあまり無い。



まさか──人間だったというのか?
しかも、蜜奈が自分と勘違いするほどの特徴を持っている、そんな。




「……」


卯日蜜奈の母親へ挨拶に向かったのは、少し前のことだ。
神秘関係者か怪しいラインではあったから、『仕事の先輩』を装って、
給料はたいて菓子折りを持ち込んだことを覚えている。



あの人は、娘によく似ていた。
果実のように鮮やかな赤毛、それを長く伸ばし、それなりの背丈を飾る。
ただ服の趣味はおそらく年相応ではあったが。

顔をヴェールで隠していたのが残念にも思いつつ、
娘の手前それを言わない配慮ぐらいはしておいた。



そんなんはどうでもいいとして。
考えても仕方ないことを考えるから脱線してしまう。








蜜奈が考え事をしていたように。
自分もまた、空いた時間にいくつか思考を巡らせていた。





少女の成長を見守る傍らに。




こいつこそが、桜空をああいう・・・・状況に陥らせている原因なのではないか──と。


あいつがあの姿になって、すぐそこにいたのが蜜奈だ。
関係がないとするほうが難しい。



「もし目的をもってやっていたら……」
「いくつか交渉の余地もあったんだが」



だが、その可能性は限りなく低い。ほんの最近まで神秘の像すら掴んでいなかったのだ。

有り得て無意識のうちに何かが噛み合っているのだろう。
その『何か』の糸口も、全くわかったものではないが。

何せ美形の男が絡んだり、美形の男に絡まれたりする作品が好きなもんで、
美形の男をわざわざ女にする道理はない。
(いや、TSモノも読まないことはないらしいが、ややこしいので思考の外にやっとく)



厄介なことに年頃の少年少女というもんは、メンタルの土台からして不安定だ。


何が起きてもおかしいとは思わない。
だがそれにしたってもう少し論理的な変化が起きてほしい。
ぼやいたってそれこそしょうがないのだが。





「……や、寧ろ……逆か?」



蜜奈が見た“女”こそが、蜜奈や桜空を危地に立たせているとするなら。

もっといえば。卯日蜜奈の母が、分別のつく大人が、
神秘関係者として、何らかの目的をもって娘の周囲に働きかけてるなら。

───そこに、全ての原因が集約しているなら。それほどわかりやすいことはない。




次すべきことが決まった。

この身体で相手をどこまでも追うのは難しいが、
しばらく行動を探るぐらいなら、幾分か楽にやれるはず。

「法なんてものがなかったら、
 なりふり構わず色々やれるんだけどな……」

外様が何を言ったって、これも仕方のないことだ。

いくら元の世界で畏れられた鬼であろうと、
郷に入っては郷に従うしかない。



それにまあ。地道に追い詰めていくのは、趣味じゃないわけでもない。
男も女も財宝も、すぐに掌の中ではつまらない。