RECORD

Eno.14 卯日 蜜奈の記録

君との距離を、万有引力で惹くとして

 

中間試験も落ち着いてきた頃。
オカルトリップスの収録に関する話の為、カレントコーポレーションや、
神秘密送の有するスタジオに行ったり来たりしている最中のこと。







「あたしが……歌、ですか?」

「はい。オカルトリップスのエンディング曲……
 伝統的に、出演者たちから数人選んで歌ってもらっているのですが。

 今期分か、来期分は……蜜奈さんさえよければあなたをメインに、と」

呼び出されて突如の申し出に、思わず固まってしまった。
ローカルとはいえ、視聴者に対して、歌を届ける。それはきっと、夢の足掛かり。

でも───いまいち、心が動きださなかった。
寧ろ澱んで、気を重くして。何故だか億劫な気持ちになってしまう。





「オカルトリップスには、神秘関係者が何人か出演していて、
 時には神秘事象案件の対応に当たる──ということは、
 既にあなたも知るところだと思いますが」

「はい……でも、それと……これに、何の関係が?」

担当の人はタブレットを片手に微笑み、
あくまで提案、決して命令でも依頼でもないと優しい声色で。




「まず、『声』とは……古来より神秘の媒体として扱われてきました。
 神託を告げたり、呪術を媒介させたり……詳細はともかく、
 聞いた者の精神に働きかけるものを主として。

 あなたの持つそれ・・もまた──精神に働きかける神秘。
 きっと例には漏れないんじゃないかと思います」




「それから、『歌』は。
 曲調、歌詞、歌い方。それらが一種の神秘的な指向性を持ちます。

 自分や他人に想いを伝えるために……そうですね、例えば、
 頑張ろうとか、負けないでとか、そんな想いを歌に込めるとする」

「ただ念じたり、何らかのキーワードを口にするよりも、
 よっぽど分かりやすく扱えるようになるでしょう」




「そして、神秘に関わることだけではなく。純粋な『音量』は。
 あるいは、『目を惹きつけるパフォーマンス』は、
 表世界での神秘隠匿にもまた、相性がいい。

 神秘に携わる立場からレッスンを受ける、というのは、
 蜜奈さんの……表裏問わない、今後の活動に役立つでしょう。
 故にあなたに持ちかけているというわけです」





費用は要らず、寧ろ報酬も出す、と。
好条件を並べ立てられて尚も、少し困りながら俯く。

「勿論、気が進まないなら無理強いはしません。
 ちょっとでもやりたいな、って思えたら、で大丈夫です」



嚙み砕いて説明され、少しはイメージが鮮明になってくる。
鮮明な像は神秘を扱う助けになる。やれると思えば、できる。

───でもそれだけでいいのか、と、ブレーキを踏むあたしがいる。

「……あたし……メディアに関するお仕事に就きたい、
 って、ずっと思っては、いたんです。

 役を演じるような……或いはそれこそ、歌って踊るような」

一度言い切ったその声色は全く、前向きそうなそれではない。
相手もそれが分かっているから、真剣な顔で、言葉の続きを待ってくれている。


「その夢を持って、高校になって……神秘に触れて。
 新しい学生生活を送って、表や裏の世界で仕事をして……

 楽しいことを、あたしが守りたいなって思ったし。
 誰かが危ない目に遭うぐらいなら、あたしがそれを引き受けたいと、感じた」


「……」「でも」


誰に知られない戦いでいい、とも思っていたのに。
現実はどんどんあたしを、舞台の上に、ライトの当たる方にって連れていく。

あたしの内側に押し込んだ色々なものと、どんどん乖離していく。
歩かなければいけない距離が。本当にしなくてはいけない嘘が、みるみるうちに増えていく。

自信がないからこそ、虚像を纏うのに。
自信のなさを手折るほどの錘が載ってしまったら、あたしはどうなってしまうのか。
その限度も分からないのに。……きっと、分からないまま、堕ちていくのに。


魅せたい『君』を増やして、背負い切れるのだろうか。



「あたし、……すぐには、決められないかも、しれません」



重々しい気持ちで、零す。
自分の手で選ばないまま進み過ぎるのは、まだ少し、怖い。

心が追い付くまで待ってくれる時間は、あまりないというのに。


「大丈夫ですよ。流石に数か月とは待てませんが……
 とはいえ、どのみち断ってしまっても、
 あなたの適正のひとつを今知れただけでも、意味があると思いますので」

「ゆっくり考えて。お友達に話を聞いてみるのもいいかもしれませんね。
 勿論、僕に仰ってくれれば、いつでも相談に乗りますとも」


顔を上げる。ようやく息苦しい気持ちが、薄れてきた。
守られるだけなのは嫌だと思う。だが、支え合うのは、頼るのは、悪いことじゃない。

相談してみよう。友達、と思ってる子たちに。
ただ話すだけでも、少なくとも心細さが和らぐ───気がした。


「……その」
「あなたは……どうして、親身になってくれるんですか」


「金城さん」



その人の名札に書かれてる、それを呼ぶ。
不意に水を向けられた金城さんは目を丸くして、それから微笑みを一層深くした。


「僕も、僕の友人も、メディアの向こうの様々の人にどう接するか。
 そうして与える影響の持つ責任を、自分の気持ちとの乖離をどうすべきか、
 悩んで、悩み通していたことがありますからね」


仕事柄。それはそうだ。
あたしの悩みすらも、誰かが歩いてきた道の一つ。


「だけど、それだけじゃなくて───」

「あなたは僕にとって、組織として以外に……
 ノーブル会としての後輩でもあるんです」


金城 犀香カネシロ セイカ
神秘密送の組織員にして、二年ほど前、異世界からやってきた怪奇。
表向きには未だ学生の身分ながら、インターンシップ生として、
主にメディアに関する分野で神秘関連事象の統制、隠匿に携わっている。


「他にも理由なんて色々あるんだけど……
 誰だって、後輩には世話を焼きたくなるものでしょ?」