RECORD
Eno.14 卯日 蜜奈の記録
![]()
「あたしが……歌、ですか?」
「はい。オカルトリップスのエンディング曲……
伝統的に、出演者たちから数人選んで歌ってもらっているのですが。
今期分か、来期分は……蜜奈さんさえよければあなたをメインに、と」
呼び出されて突如の申し出に、思わず固まってしまった。
ローカルとはいえ、視聴者に対して、歌を届ける。それはきっと、夢の足掛かり。
でも───いまいち、心が動きださなかった。
寧ろ澱んで、気を重くして。何故だか億劫な気持ちになってしまう。
「オカルトリップスには、神秘関係者が何人か出演していて、
時には神秘事象案件の対応に当たる──ということは、
既にあなたも知るところだと思いますが」
「はい……でも、それと……これに、何の関係が?」
担当の人はタブレットを片手に微笑み、
あくまで提案、決して命令でも依頼でもないと優しい声色で。
![]()
![]()
![]()
費用は要らず、寧ろ報酬も出す、と。
好条件を並べ立てられて尚も、少し困りながら俯く。
「勿論、気が進まないなら無理強いはしません。
ちょっとでもやりたいな、って思えたら、で大丈夫です」
嚙み砕いて説明され、少しはイメージが鮮明になってくる。
鮮明な像は神秘を扱う助けになる。やれると思えば、できる。
───でもそれだけでいいのか、と、ブレーキを踏むあたしがいる。
「……あたし……メディアに関するお仕事に就きたい、
って、ずっと思っては、いたんです。
役を演じるような……或いはそれこそ、歌って踊るような」
一度言い切ったその声色は全く、前向きそうなそれではない。
相手もそれが分かっているから、真剣な顔で、言葉の続きを待ってくれている。
「その夢を持って、高校になって……神秘に触れて。
新しい学生生活を送って、表や裏の世界で仕事をして……
楽しいことを、あたしが守りたいなって思ったし。
誰かが危ない目に遭うぐらいなら、あたしがそれを引き受けたいと、感じた」
「……」「でも」
誰に知られない戦いでいい、とも思っていたのに。
現実はどんどんあたしを、舞台の上に、ライトの当たる方にって連れていく。
あたしの内側に押し込んだ色々なものと、どんどん乖離していく。
歩かなければいけない距離が。本当にしなくてはいけない嘘が、みるみるうちに増えていく。
自信がないからこそ、虚像を纏うのに。
自信のなさを手折るほどの錘が載ってしまったら、あたしはどうなってしまうのか。
その限度も分からないのに。……きっと、分からないまま、堕ちていくのに。
魅せたい『君』を増やして、背負い切れるのだろうか。
「あたし、……すぐには、決められないかも、しれません」
重々しい気持ちで、零す。
自分の手で選ばないまま進み過ぎるのは、まだ少し、怖い。
心が追い付くまで待ってくれる時間は、あまりないというのに。
「大丈夫ですよ。流石に数か月とは待てませんが……
とはいえ、どのみち断ってしまっても、
あなたの適正のひとつを今知れただけでも、意味があると思いますので」
「ゆっくり考えて。お友達に話を聞いてみるのもいいかもしれませんね。
勿論、僕に仰ってくれれば、いつでも相談に乗りますとも」
顔を上げる。ようやく息苦しい気持ちが、薄れてきた。
守られるだけなのは嫌だと思う。だが、支え合うのは、頼るのは、悪いことじゃない。
相談してみよう。友達、と思ってる子たちに。
ただ話すだけでも、少なくとも心細さが和らぐ───気がした。
「……その」
「あなたは……どうして、親身になってくれるんですか」
「金城さん」
その人の名札に書かれてる、それを呼ぶ。
不意に水を向けられた金城さんは目を丸くして、それから微笑みを一層深くした。
「僕も、僕の友人も、メディアの向こうの様々の人にどう接するか。
そうして与える影響の持つ責任を、自分の気持ちとの乖離をどうすべきか、
悩んで、悩み通していたことがありますからね」
仕事柄。それはそうだ。
あたしの悩みすらも、誰かが歩いてきた道の一つ。
「だけど、それだけじゃなくて───」


君との距離を、万有引力で惹くとして
中間試験も落ち着いてきた頃。
オカルトリップスの収録に関する話の為、カレントコーポレーションや、
神秘密送の有するスタジオに行ったり来たりしている最中のこと。
「あたしが……歌、ですか?」
「はい。オカルトリップスのエンディング曲……
伝統的に、出演者たちから数人選んで歌ってもらっているのですが。
今期分か、来期分は……蜜奈さんさえよければあなたをメインに、と」
呼び出されて突如の申し出に、思わず固まってしまった。
ローカルとはいえ、視聴者に対して、歌を届ける。それはきっと、夢の足掛かり。
でも───いまいち、心が動きださなかった。
寧ろ澱んで、気を重くして。何故だか億劫な気持ちになってしまう。
「オカルトリップスには、神秘関係者が何人か出演していて、
時には神秘事象案件の対応に当たる──ということは、
既にあなたも知るところだと思いますが」
「はい……でも、それと……これに、何の関係が?」
担当の人はタブレットを片手に微笑み、
あくまで提案、決して命令でも依頼でもないと優しい声色で。
「まず、『声』とは……古来より神秘の媒体として扱われてきました。
神託を告げたり、呪術を媒介させたり……詳細はともかく、
聞いた者の精神に働きかけるものを主として。
あなたの持つそれもまた──精神に働きかける神秘。
きっと例には漏れないんじゃないかと思います」
「それから、『歌』は。
曲調、歌詞、歌い方。それらが一種の神秘的な指向性を持ちます。
自分や他人に想いを伝えるために……そうですね、例えば、
頑張ろうとか、負けないでとか、そんな想いを歌に込めるとする」
「ただ念じたり、何らかのキーワードを口にするよりも、
よっぽど分かりやすく扱えるようになるでしょう」
「そして、神秘に関わることだけではなく。純粋な『音量』は。
あるいは、『目を惹きつけるパフォーマンス』は、
表世界での神秘隠匿にもまた、相性がいい。
神秘に携わる立場からレッスンを受ける、というのは、
蜜奈さんの……表裏問わない、今後の活動に役立つでしょう。
故にあなたに持ちかけているというわけです」
費用は要らず、寧ろ報酬も出す、と。
好条件を並べ立てられて尚も、少し困りながら俯く。
「勿論、気が進まないなら無理強いはしません。
ちょっとでもやりたいな、って思えたら、で大丈夫です」
嚙み砕いて説明され、少しはイメージが鮮明になってくる。
鮮明な像は神秘を扱う助けになる。やれると思えば、できる。
───でもそれだけでいいのか、と、ブレーキを踏むあたしがいる。
「……あたし……メディアに関するお仕事に就きたい、
って、ずっと思っては、いたんです。
役を演じるような……或いはそれこそ、歌って踊るような」
一度言い切ったその声色は全く、前向きそうなそれではない。
相手もそれが分かっているから、真剣な顔で、言葉の続きを待ってくれている。
「その夢を持って、高校になって……神秘に触れて。
新しい学生生活を送って、表や裏の世界で仕事をして……
楽しいことを、あたしが守りたいなって思ったし。
誰かが危ない目に遭うぐらいなら、あたしがそれを引き受けたいと、感じた」
「……」「でも」
誰に知られない戦いでいい、とも思っていたのに。
現実はどんどんあたしを、舞台の上に、ライトの当たる方にって連れていく。
あたしの内側に押し込んだ色々なものと、どんどん乖離していく。
歩かなければいけない距離が。本当にしなくてはいけない嘘が、みるみるうちに増えていく。
自信がないからこそ、虚像を纏うのに。
自信のなさを手折るほどの錘が載ってしまったら、あたしはどうなってしまうのか。
その限度も分からないのに。……きっと、分からないまま、堕ちていくのに。
魅せたい『君』を増やして、背負い切れるのだろうか。
「あたし、……すぐには、決められないかも、しれません」
重々しい気持ちで、零す。
自分の手で選ばないまま進み過ぎるのは、まだ少し、怖い。
心が追い付くまで待ってくれる時間は、あまりないというのに。
「大丈夫ですよ。流石に数か月とは待てませんが……
とはいえ、どのみち断ってしまっても、
あなたの適正のひとつを今知れただけでも、意味があると思いますので」
「ゆっくり考えて。お友達に話を聞いてみるのもいいかもしれませんね。
勿論、僕に仰ってくれれば、いつでも相談に乗りますとも」
顔を上げる。ようやく息苦しい気持ちが、薄れてきた。
守られるだけなのは嫌だと思う。だが、支え合うのは、頼るのは、悪いことじゃない。
相談してみよう。友達、と思ってる子たちに。
ただ話すだけでも、少なくとも心細さが和らぐ───気がした。
「……その」
「あなたは……どうして、親身になってくれるんですか」
「金城さん」
その人の名札に書かれてる、それを呼ぶ。
不意に水を向けられた金城さんは目を丸くして、それから微笑みを一層深くした。
「僕も、僕の友人も、メディアの向こうの様々の人にどう接するか。
そうして与える影響の持つ責任を、自分の気持ちとの乖離をどうすべきか、
悩んで、悩み通していたことがありますからね」
仕事柄。それはそうだ。
あたしの悩みすらも、誰かが歩いてきた道の一つ。
「だけど、それだけじゃなくて───」

「あなたは僕にとって、組織として以外に……
ノーブル会としての後輩でもあるんです」

金城 犀香
神秘密送の組織員にして、二年ほど前、異世界からやってきた怪奇。
表向きには未だ学生の身分ながら、インターンシップ生として、
主にメディアに関する分野で神秘関連事象の統制、隠匿に携わっている。

「他にも理由なんて色々あるんだけど……
誰だって、後輩には世話を焼きたくなるものでしょ?」