RECORD

Eno.110 紅坂 一途の記録

一途に咲く花 1


ずうっとずっと昔の話。あんたらが教科書で習うような時代の話。
俺が本来生きていた、俺にとっては鮮やかなままの時の話。
未だガキだったその頃の俺は摘んできた花を売ったりして日銭を稼いで暮らしていた。
親は気付いたら隣にはいなかった。だから周りの人間を真似て商売もどきをやっていた。
自慢じゃないが風貌だけは昔から良かったおかげなのだろう、
何にも売れず腹を空かして歩いていても、誰かが声をかけて飯を分け与えてくれた。
……たぶん、勝手に住み着いていた地域も良かったんだろうな。

俺が住んでいたその地域は立派な花街から追い出された女が集う、ちんけな花街だった。
羽振りも素行も良くねえ男の相手をしなくちゃならなくて、いつだってボロボロな女たちは
風貌だけはいい独りのガキの姿にどこか自分の惨めさを重ねてしまい、無視できなかったんだろう。
他人を助ける余裕がないだろうにみんな、俺のことを助けてくれていた。

そんな人らに何時か恩を返したくて、ちゃんと商売を始めようと彼方此方走り回ってた頃。
どこぞの立派な遊郭から転がり落ちた女がちんけな花街にやってきた。
客と口論になって湯を顔にかけられたらしく、片面を何時も布で隠してるような女なのだと。
商売を始めようとしてたといってもまだまだガキだった俺は面白半分でその女をすぐに見に行った。
高いところから転げ落ちてきた女だから、今頃さもしい部屋にメソメソ泣いてるんじゃないかって。
……最悪なガキなのは自分が一番理解してる。貧乏人は心が荒んじまって良くないよな。

ただ、こっそりと開けた襖の奥にいたのは枯れかけの花なんかじゃなかった。
この世にこんな綺麗な人がいるものなのかと思わず呼吸さえも忘れるほどだった。
顔立ちが整っている、だとか身体が艶やかだとかいうそんな単純な話ではなくて。
その人は使い物にならないようにと傷つけられた片面を鏡越しに凛と見つめて座っていた。
憎々しげに睨みつけることも、悲しげに目を逸らすこともなくただじっと向き合っていた。
……その姿が本当に、堂々と咲き誇っている花のように、俺の目には映ったんだ。
生まれて初めて花に見惚れた。
花なんて俺にとっては所詮売り物でしかなく、軽率に手折ってきたのに。

その人が俺に気付いて何やってるんだって声を上げるまで、
まるで時が止まったかのように目がその姿を映し続けていた。