RECORD
観測地点、UFO招来その3
太陽は西に向かって傾いているだろうか。
雨天決行、時刻厳守なんてことはない。
雨が降っている。雲で太陽は見えず。
誰も来ていない。
否。呼ばなかった。
一人でやる事がある。
棒切れを中点に立て、先端に紐を繋ぐ。
さながら巨大なコンパス、実態もその通り。
紐先に繋いだ棒で円形を描く。地点指定のよう。
「雨で消えるだろうが、十分か」
棒切れを回収する、描かれた図形は雨で流れて行く。
足下に僅かな痕跡を刻み、存在した証拠だけを残して。
――前回の実行から翌々日、同時刻。
西の空に向かって太陽が傾いている。
気圧条件を確かめる。雨の翌日程度の低気圧。
地面は昨日の雨の影響で濡れている。
結果への期待そのものは薄い。
準備を積み上げた分結果への期待が高まることは珍しい。
準備を高く積み上げるほどに、一瞬の喪失への期待が上回る。
後輩?そういえば片方は前回も来た、三回目があるかは分からない。
来なかった所で一人でもやる。
「ん〜……片方」
どっちでも大差は無い。
無礼極まりない上に答えになっていない答えを返した。
「呪文は覚えたか」
「正解です」
やる気の無い答え合わせ。
「覚えましたよ。あと解釈も深めて来ました」
「アポクアウクトッペのアポクの部分はApocryphaの略……つまり外典や隠されたもの。
アウク部分はAuctoritas、ラテン語で権限や権威って意味ですね。
トッペは富山弁や飛騨方言で豆腐らしいです。
つまり、隠されし権威の豆腐という意味があるんじゃないかと」
自分の解釈を披露してみる。どうでもいいけど。
「お前がそう思うならそうなんかもな」
「お前の中では」
飛騨弁から日ユ同祖論、古代宇宙飛行士説、パンスペルミア
あたりまで思考を五段階くらい飛躍させた。
陰謀論者並の高跳びを思考の机から場外アウトさせた。
ついでに梯子を外した。
「これまでの手順は覚えてるな
それやった上で呪文を組み合わせる、
最終的には全部同時にやる計画になる」
「正直、流石に違うな……とも思います」
そこまでは思っていなかった。
豆腐な訳あるかよ。
「最終的には全部通しでやるんですか」
念じて音を出して呪文を唱えて踊るのか……。
断る理由、人目がちょっと気になる。
やる理由、後でしばかれるのは嫌だ。
概ね釣り合っている。
最終的には、行けたら行くという結論。
「自分の言ったことに自信を持てよ
一度口にした言葉は生涯己を縛る鎖になるんだぞ」
てんで中身のない自己啓発本みたいなことを言いだした。
当然この女は度々前言撤回をするし、言ったことを守らない時も多い。
鎖に縛られない人生、無責任とも言う。
スマホで前回のと同じホイッスルの音を鳴らし始めた。
最初からそうすればよかったのに。
「では念じる所から」
言いながら西の空を見て目を暫し閉じた。
「急に含蓄のありそうな事言わないでください」
「説得力ゼロだし」
隠されし権威の豆腐に縛られる人生なんて嫌過ぎる。
「はいはい」
言われた通り、目を閉じて念じる。
来たら困るな……という弱めの念。
「『求めよ、然らば與へられん。
尋ねよ、さらば見出さん。
門を叩け、さらば開かれん。
すべて求むる者は得、たづぬる者は見いだし
門をたたく者は開かるるなり。
汝等のうち、誰かその子パンを求めんに石を與へ
魚を求めんに蛇を與へんや。
然らば、汝ら惡しき者ながら、善き賜物をその子らに與ふるを知る。
まして天にいます汝らの父は、求むる者に善き物を賜はざらんや。
然らば、凡て人に爲られんと思ふことは、人にも亦その如くせよ。
これは律法なり、預言者なり』」
「ベントラ ベントラ スペースピープル」
後輩K、その片方に教えた呪文とは別の呪文を唱えだす。
解釈しろと言ったのはその呪文の担当者になれということで。
此方は別の呪文を唱えるという事でもあった。
この呪文の解釈?わざわざ自分が語ることは無い。
聞かれなかったことは答えない。
片方?
来ていたのなら加われ、呪文を解釈しろと、
これを言う前から参加するなら好都合。
来なかった理由を問い詰めることはしない。
彼女の動機がなんであれ「そうか次から来いよ」で済ませてしまう。
過分なやり取り、だから省いて良い。
昨日の雨の中描いた陣は既に見えず。
けれど足下にある。陣を刻んだ事が重要なのだ。
掠れたホイッスルの音が煩い、次は音量を下げてもいいか。
観察、雑念を払う。雑念を払う。雑念を払う。念じる。念じる。
観照、10秒休み。念じる。雑念。念じる。念じる。念じる。念じる。
刻まれた魔方陣は座標を宙に示すためにある。
毅然と指さす、西の空の彼方を。
「ディス イズ キタマシティ」
「アポクアウクトッペ……」
西の空を眺めながら言われた通りの呪文を言った。
発音的にはアポク/アウク/トッペだったかもしれない。先程述べた雑な解釈の通りだった。
いつの間にか上町さん来てるし、多分UFO呼ぶ呪文じゃない呪文を唱えているな……とも思った。
が、先輩Tが真剣なので心の中でお疲れ様ですと伝えておいた。
けれど矢張り、何も来たりはしないのだ。
当然のこととして。
誰もが知っていた、歴然とした事実として。
唱える声は終わり。
遠巻きな喧騒がこの場に戻って来る。
「終わりでいいぞ」
「今回も成果は無かったな」
そう言いつつも声に落胆の色は無い。
日付、時刻、気圧、人数、場所、×印。
手帳にそれらを刻む。
「…………」
「来ませんでしたね」
ややあって、その無意味な儀式は終わった。
いつもの様に手帳に書き込む姿を眺める。
西日が少し眩しい。
「……戸羽先輩って、期待裏切られても満足そうにしますよね」
何の気無しにそんな事を言った。
「嬉しいからな、期待全般が裏切られるのは」
いつかに言っていたように答えた。
笑うがその笑いは酷く軽い。
いつでも軽い笑い方というのはそうなのだが。
「報酬はこの話で消費で良かったか?」
「今回の報酬は以前と同じく質問1つのつもりだが」
ケチ臭い報酬を掲げ出した。
消費に待ったをかけるか追及するかは貴方達次第。
「きも。 神聖かまってちゃんかよ」
小欠伸ひとつ。
遅れて来て図々しく愚痴を垂れるのは正しく。
「あ、んじゃこれ質問でいいや。 “かまってちゃんかよ”のトコで」
「ちゃんと答えてよ」と催促こそするものの。
既に意識は、風で乱れた前髪へと向けられていた。
「かまってちゃんの定義はさておいてか」
「何か要求した時に答えが返ってくるか、
基本的に人は返って来る方に期待する。
その期待が裏切られると落差が生じる、
落差が生じると前に居た地点がわかる。
地点がわかれば関係の相対距離が出る、
どこまでが知り合い、どこまでが友人、
どこまでが大切な人、どこまでが他人。
相対距離の平均値は関係性と近くなる。
名乗ると効率的に知り合いに進むので、
私は度々知らんヤツに向かって名乗る」
「そして落差無しには何も実感出来ない」
「のでかまってちゃんなんじゃないか?」
さっきの、質問扱いなんだ……。
「……まあ、それでも別に構いません」
「貴方の事はもう知り過ぎなくらい知ってる」
困った事に。
「北摩市西部地区大和通り弟切荘203号室在住」
「運試しとUFO探しが趣味」
「社会実験でスリをしている」
「お金は無いが、人からお金を巻き上げたい訳ではない」
「警察の相手にされない」
「人の物を自分の物にしがち」
「部屋に鍵を掛けない」
「いつもその手帳を持ち歩いていて、観測結果を記録している」
「自分の常識が壊れて欲しい」
「人やそれ以外に期待をして来るけど、期待通りでも裏切られても嬉しい」
「束都京帝大学3年の、戸羽廻先輩」
貴方は僕達のことを3文字で表せるが、僕はこれだけの文字数を費やす必要がある。
「それに、今日はどちらかと言えば、上町さんが前回来なかったのに今回来た方が気になります」
上町さんに視線を向ける。
「何かあったんですか?」
瞬き一度。
滔々と謳われる鳥羽巡四方山話を薄ら聞いていた上町こばとは。
「え、ウチ?」と、気の抜けた返事を返すに留まった。
「んー……」
遠くゝ、春のかりがねが空渡る。
都会では珍しい光景。 これも北摩が由縁だろうか。
スマートフォンを弄る指先をひたと止め。
その画面には、葛山が謳った個人情報が鏡写しに載っていた。
上町こばとは、想うのだ。 その文字の羅列を眺めつつ。
鳥羽巡は、自分たちを評するのに7文字を並べた。
葛山某が戸羽巡を現すのには、400字詰原稿用紙を約半分。
では、自分だったらどう答えるのだろうか。
上町こばとにとって、戸羽巡は。 葛山某は。
春は、出遭いと別れの季節と云う。
『初めまして』で出逢い。 名前をまず伝え。
身分を伝え、趣味を伝え、特技、家族構成、それから住所。
好きなコト、嫌いなモノ。 期待すること。 しないこと。etcetc.
昨日より、少しだけ伸びるのが遅くなった影を見据えて想う。
私たちはまだ、出逢っても、別れてもいない。
私たちはまだ、自己紹介すらしていないのに。
だから、今日の自己紹介欄には、きっとこう書くのだろう。
「あったよ」
UFOは、今日も来なかった。
「そうですか」
極限まで圧縮された回答。
知り合いと言うには遠過ぎるけれど、他人と言うには近過ぎる相手に、短く答えた。
質問タイムは終わりだ。















