RECORD

Eno.294 井鞠 懐比古の記録

僕の話

 僕らの天にあるのは焼け付いた茜色の空だ。
 僕らにはこれが当たり前だった。空は常に朝焼けと夕焼けを繰り返す。明けているのか暮れているのか迷うこれは、『世界の裏側』の景色であるらしい。
 自分達は、『裏側』の住人だった。
 裏があるなら当然ながら表もある。
 僕の心はこれの相対する空の色────青色に焦がれていた。帳の降りた黒色もまた、好ましい。
 それらは友達と見た空だった。世界の表側の景色。此処よりも表情豊かな空の色がある世界。
 それを僕は胸にしまって生きてきた。

 僕には大好きな友達がいる。表側の世界の友達だ。
 小さい頃から仲良しで、一緒にかくれんぼしたり、ごはんを食べたり、僕の冒険のお話を聞かせたり、沢山の時間を過ごした。
 その子が弾くピアノを聴かせてもらったり、ゲームしているのを横で見たりもした。
 青色の空も、その子に連れて行ってもらった先で二人で眺めたのだ。
 エメラルド色の原っぱに寝転んで、ぽかりと浮かぶ白い雲が流れる様を僕らだけが見詰めていた。

 けれどこれは子どもの頃の楽しい思い出の話。育つにつれて縁遠くなることはよくある話で。
 僕らは自然に別れて行った。親友の美しい思い出は胸の中に眠ることになった。
 誰が悪いって訳でもない。環境が変われば意識する先も、過ごし方も、人付き合いも変わる。僕とその子も同じだった。

 そのまま、時折縁が薄くなった友達を想って過ごすのが無難な形だろう。しかし僕は、あまり親友のその後を想像しなかった。
 いや、しないというよりは必要が無いのだ。だって、僕はあの子のことならなんでも知っていたから。
 あの子が表側で元気に過ごしている日も、悲しく涙を流した日も、朝に起きてから夜に眠るまで、心の内側まですべてを知っている。わかった気になっている。

 ストーカーと言っても差し支えないだろう。
 僕と出会った五歳から十歳までの五年間。僕と別れてから十五歳までの空白の五年間。
 その十年にある友達の姿を、僕はすべて知っている。いつまでも隣に居るように。

 こんなに一方的な想いだけれど、別れてから顔を見せたり手出しをすることはしなかった。呼ばれてないのなら僕がわざわざ現れる必要は無いとも思う。
 あの子が僕という友達を思い出して求めてくれたのなら、吝かではないけれど。
 僕は友達が元気に過ごしてくれればそれでいい。あの子の望むように生きてほしい。それが僕にとっての最上級の幸福だ。

 不条理な想いも、不条理な幸福も、不条理な僕の存在が故。誰が悪いって訳でもない。
 これは僕にとっては自然なことだ。
 だってここは、不条理に塗れた『世界の裏側』。
 僕は、あの子の心の中の友達なのだから。

 嘗ての僕は、あの子だけの友達だった。
 今の僕は、表で遊んだ記憶を継いであの子の心の外に出た。これは、表では有り得ない現象とされる。
 こういう、不思議な現象────神秘を中核として自律して動くものを、『怪奇』と呼ぶらしい。
 産み落とされた世界の裏側で、僕は今日も『怪奇』らしくあの子を想っている。