RECORD
怪奇たちの噂 30年前の新迷宮
今日も老若男女さまざまな怪奇たちが、休憩所に集まってお喋りに興じている。
最近の出来事から情報交換、日常生活の愚痴まで話題には事欠かない。
「どれ、儂はちょっと出ようかのう」
その歓談が少し途切れたタイミングで、背中に野の花を生やした亀がのっそりと立ち上がった。
「あれ?じーさんどこ行くんすか?」
その中では一番若い影の怪奇が尋ねると、「散歩じゃよ、散歩」と老亀は笑う。
「ちょっと北の新迷宮をな。最近ご無沙汰じゃったから」
亀がそう言うと、顔見知りたちは口々に「お疲れ様」「よろしくね」「気をつけて」等と声をかけて見送った。
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亀の気配が遠ざかってから、あらためて影の怪奇が訊ねる。
「新迷宮ってなんすか?」
「ああ、まだ教えてなかったわね」
ぴょんと銀狐が身軽にテーブルへ飛び乗り、豊かな尻尾を足元に巻き付けて座る。
「ここの北にレンガ通りって所があるでしょ?あそこの西側には近付くなって、私言ったわよね」
「そっすね。危険だからって」
「あそこと市庁区のちょうど境目くらいにね、あるのよ。しょっちゅう表世界への道が開く、危険なスポットが」
後輩の動きがまるで凍りつくように固まった。
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銀狐は楽しげにヒゲをひくつかせる。
「三十年くらい前に出来た場所でね。新迷宮とか、表世界の観光地にあやかってミステリーハウスとも呼ばれてるわ。
表世界と裏世界のいろんな思いがあそこに流れ込んでるの。
誰かが看視して覚えていることで中の空間が安定化するから、巡視部とかお爺みたいな有志が巡回してるのよ」
ああ見えて、お爺は表世界に出ちゃってもやり過ごせる経験があるしね。
銀狐の言葉に周囲の怪奇たちはうなずく。
「あれが出来たのももうそんなに前か」「結構最近だと思ってたがなあ」「おれたちも歳を取ったという事さ」
「そうそう影坊、ひとつ面白いことを教えちゃろうか。
あの新迷宮はな、出来たばかりの頃はまだ性質も分かっていなくて何人も怪奇が行方不明になったんだ」
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くっくっと笑いながら大きな頭の怪奇が話題を振るが、もはやパンク状態と言うように影の若者は動かない。
「おーい、大丈夫か?」と肩を揺すられ、我に返ったところで先輩たちは話を続けた。
「少しずつ様子が分かってから、捜索隊が組まれたんだがな。道もぐちゃぐちゃな中、どうやって遭難者を見つけたと思う?
歌を歌ったんだ。蝶々の歌を歌えば蝶の怪奇、迷子の仔猫の歌を歌えば猫と犬の怪奇。
歌うことでその怪奇を思い出すだろ、その記憶の力で相手をこっちに近づけて物理的に道を繋げることができたんだな」
「懐かしいねえ。おれもそうやって知り合いを見つけたんだ」「まあ、今も帰らない奴もいるけどな」「仕方ないよなぁ、運命だ」「でも亀爺は今でも歌を歌ってるって話だぜ」「ありがてぇよなあ。覚えてくれてるってことがさ」
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思い出話のような雰囲気で語る怪奇たちを、不安げに影の若者は見回す。
「…なんで、そういう場所で表世界への道がよく開くんすかね」
「表世界から人の思いが流れてくるでしょ。その分、裏世界から表世界へ戻っていく"流れ"も発生するからよ」
裏世界の思いであれば、単にそよ風が吹く程度だけどね。
と銀狐はあくびをする。
「今じゃ、あそこに住む人もときどき居たりしてね」
「えっ、ま、マジすか」
「看視する人が増えるほど安定するから、願ったり叶ったりよ。でもあんたみたいに表世界に行った時点で蒸発して消えちゃうのは本当に危険。
だからね、もうちょっと"境目"に敏くなるまでは近づいちゃダメだからね」



