RECORD

Eno.579 真里谷 関の記録

memo.116


 陽が落ちていく暮れの空の下、束都京帝大学の敷地を歩いていく。周囲には見慣れた貴女大とはまるで雰囲気が違う、イメージ通りの大学らしい風景が広がっている。規模自体も桁違いだというのが良くわかる広さで、目的の屋上テラスがある棟にはなかなか着かない。不自由がないように配置されてはいるんだろうけど、講義の取り方を考えないと移動だけでも時間がかかって大変だろうな、と束大生の知り合いを思い浮かべる。

 じいちゃんに借りたランタンを持って、誰もいない夜の校舎に忍び込む。いくら「変なもの」には慣れてると言っても真っ暗な校内はやっぱり怖くて、何かの気配を感じては立ち止まり、恐る恐る進んだ。時間ギリギリで教室に入ると、机に座っていた◼︎◼︎は静かに笑った。「本当に来るなんて、馬鹿な奴」と言った。

 エスカレーターから階段へ、ようやく屋上のテラスへ出る。想像以上にしっかりデザインされた空間で、そこから見える景色も良好。めまいがするような人混みと熱気はここにはなく、風が気持ちいい。この場所を紹介してもらえたのは運が良かった。ここは、ちょうどいい。

 屋上に駆け上がる途中、馬鹿な奴呼ばわりされた仕返しのつもりで、ご機嫌な◼︎◼︎にもっと近くで見たくない?と訊いてみた。◼︎◼︎はあまり見たことがないばつの悪そうな顔を覗かせて「ここを出るのは怖いんだ」と答えた。

 花火が打ち上がる。火が散ってまもなく重い衝撃が全身に響いてくる。距離が、近いせいだ。花火って、こんなに大きいものだったんだ。そのままこちらに倒れ込んできそうなくらい。もし真下で見たら、どう感じるんだろう。

 遠くで花火が打ち上がる。広がる光、随分遅れて音が追いかけてくる。もしこれを真下で見たら、どんな感じなんだろう。横を見れば︎◼︎◼︎はフェンスに張り付いてじっと花火を見ていた。すごいねぇ、と言うと、︎◼︎◼︎は「誰かと並んで見る日が来るとはね」と呟いた。

 まだ花火は尽きない。寒色を中心に形も様々な火が爆ぜては散って、散っては消えて。内臓を直接叩きに来るような空気の振動さえ、楽しい気がしてくる。力強くて、消える間際は儚い。

 花火が終わっても、そのまま屋上にいた。とくに話すこともなくフェンスに寄りかかって、足下に置いたランタンの光を見ていた。︎◼︎◼︎が「あと半年もすれば、君はいなくなるんだよな」と言った。俺は何も言えなかった。

 花火が終わって、屋上にいた人たちが帰っていく。自分もそれに紛れて下の階へ下りる。何かがはっきりと終わってあとは帰るだけ、というこの時間の淋しさは普段の生活の中にはあまりないものだ。それを含めてこそ祭りなのかもしれない。

 それから、どうやって帰ったのかは覚えていなかった。◼︎◼︎は今もあの校舎でタチの悪い悪戯をしてみんなを驚かせているに違いない。俺の代わりになるような「馬鹿な奴」は隣にいるんだろうか。あの遠い花火を、どう感じているんだろう。どう感じていたんだろう。

 何故か、帰りはモノレールを使う気にはならなかった。時間が掛かっても、歩いて。ランタンはない。道は明るく、同じように帰っていく人影もある。それでも、あの時と同じように歩いて。