RECORD

Eno.14 卯日 蜜奈の記録

WAS IT A HAT I SAW



一歩ずつ、皆が背中を押してくれるあたしになる。
なれている、気がする。ほんの少し自信が持ててきた。


あたしが立派な人間になればなるほど、
それを支える皆が、育ててくれた親が、同じぐらい、あるいはそれ以上に輝かしい人たちとして映る。


それが今のあたしにできる精一杯の恩返しで。
大切に抱えている、ささやかな望みだ。

だけどたまに気負いすぎて、
鬱屈としたものが溜まってしまうことがある。

そんな最中に出掛ける約束をして、母校の案内をしたり、
ご飯を食べたり、お祭りの時間を共有したりするのは、本当に楽しかった。

気を張らずにいられて、見せたい自分と、
内心の乖離なんかどうでもよくなるぐらい、
素敵な思い出を作ることができた。


だから。
だからなのだろう。




『あたしの全てががあたしである必要はない』



長々と考えたけど、結局はそれが答えだ。
卯日蜜奈がある場面で突然すり替わって困る人なんかどこにもいない。

スワンプマンに思考できるのは、
その人がスワンプマンだと知っているからであり、
知らなければ、何も変わらないまま。

ちょうど裏世界を知らないまま生きていたように。

だからあたしが──せめて、自分の力でしっかりとした土台を作り、誰にも恥じない成果を手に入れて。

その後はあたしに凄く似た誰かに、表向きの、
今でもずっと心が追いつくことのない──メディアを始め、誰かに勇気を与える夢を任せて、

本当のあたしは隠したものを全部抱えて、見つからないよう表舞台から星屑みたいに消えて、
『卯日蜜奈』に必要なものだけを世界に残す。それが今のあたしの一番の夢。

あたしの人生は既にあたしだけのものではない。
だけど、あたしの中身は、あたしだけにしか処分できない。

世界で一番おひめさまになるのは、このあたしじゃなくていい。






Was it a what I sawあたしが見たものは、なんだったの


鏡写しのように見えた、それはなんだったのか。


今なら、なんとなくわかる気がする。



あれは母かもしれない。もう一人のあたしかもしれない。
───そう感じるのはきっと『あたしの中の恐れ』であり、『願い』でもあった。






あたしよりも優れたあたしになれる人が怖い。
でもいるとしたら。それはとても素敵なことだ。心の奥底で思ってしまう。










叶えたいチャンスを逃すべきではない。
失敗したって構わない。


成功するまで頑張るだけ。それぐらいは、あたしにだってできる。
成功したら──それで、ようやく、こんなに心が苛まれることはなくなる。



ずるい女だ、あたしって。こんな内面全てを相談していたら、普通なら止める。
悲しまれる、怒られる、寂しがられる、あるいはなんだろうか。
それか普通じゃなくても、普通じゃないなりの対応をされるだろうな。

それらを知った上で、“あたしの表向き”をなぞった。
そして返ってきた言葉で、背中を押されたつもりになっている。

あまりにも誠実じゃない。どんどん後に引けなくなっていく。
あたしの醜い部分が増えるたびに、決心が固まっていく。笑えるくらいに筋書きができていく。




情景を目の前に戻して、裏世界。神秘密送の防音室を借りて、
半ば殴り書いた歌詞をほんの少し整えてもらい、
メロディーと一緒に返ってきたものを練習しに来ていた。


偏る心、と書いて、偏心ヘンシン
『好きに書いていい』と言われて名付けた、あたしの一番最初の歌の名前。

それは誰かの心を温めるものなんかじゃなくて、
あたしのための、あたしの気持ちを吐き出すためにあった。


「♪息が詰まる 眼が集まる」
「傷が痛む 林檎が傷む」
「毒が回る ただ空回る」


繰り返すような言葉に、万感の思いを込める。
お腹の真ん中あたりに熱が溜まって、溜め込んで。


「それでもどうか近くにいて」
「手を握っていて───」

「孤独を無視するのはもう沢山だ!」



そうして固まったエゴを、リビドーを、
押さえつけられたフラストレーションを、
詞にして、音に乗せて、思い切り放つ。

これは少し前に気づいたことだけど。

収録か、友達付き合いか、ともかく理想の自分をどうにか演じている時だけ──自分らしさとやらがそこにある気がしていた。


「そっと そっと 眼を盗んでただ走り出した!」
「腐りかけた関係から目逸らし逃げてった
 天井と壁ばかりの存在じゃもう嫌なんだ!」



底の浅さを露呈させたくない。
妄想の浅ましさを視線に晒したくない。
こんなあたしを幻滅しないでほしい。軽蔑しないでほしい。

……出来ることなら、愛してほしい。

その愛はあたしのものだって言ってほしい!

それも一人だけではない。
誰もに。あたしを見て、何かを思う殆どの人に。
他の誰かをも愛していて構わないから。

想い募らせて傍観してるだけじゃ、足りない。


きっと、それがあたしがメディアの仕事を目指した理由。
いつまで経っても心が追いつかない原因。
偏った作品を読み漁って根付いた願望。

煌びやかな、綺麗なだけの言葉で飾り立てられた(でも決して嘘なんかじゃない!)建前の裏にある、浅ましい本性の深い深いところ。

それこそが、あたしの熱の源だ。

あたしを焦がし続け、
熱した鉄の靴を履かせ、
決して足を止めさせることはない。



「そっと そっと 眼を奪うような恋をした!」
「公平無私の虚像あたしを描いていてごめんね」
「いつか本当が手に入るから──そこで観ていてよ」




溢れる我儘も、装っている時だけなら全部言える。

嘘のめっきを纏っている時の方が、
よほどあたしらしくいられる。

そんなのって歪だ。生き様も、持ってる願いさえも。
自分に反発したい心がそのまま斥力になって、肺を絞りあげて放たれていく。

「夢から目覚める 前に」


そんなものが自分らしさというのなら、
やっぱり、永遠に見せないままで、


いたいんだ。




「あたし毒虫なんかじゃない」
「けどこのままじゃ腹を空かせた
 青い青い、酔生夢死でしかない」



叶うことなら皆に、あたしの芯だけを残して、綺麗に平らげてほしい。
それ以外は、いらない。いらなくするから。

「どうか」 
「食い 破らないで」
「悔 残さないで」



そして、万が一、これが気づかれたとしても、あたしが選ぶことなのだから、
誰も責任を負わないでいてほしい。悲しまないでいてほしい。

そう思うことすらも我儘で、誰かを傷つける。分かっている。




(─── 次のお出かけも、誰かと)



(そう思う気持ちだって 奥底に、"へんな気持ち"が眠っている)




涙が出た。

チャペルを案内して帰った後のそれとは違う、
透明で、ままならない、何のためか分からない涙。

その涙ぶんの感情がまた、歌に乗って、空中に溶けていった。


「夢から目覚めても まだ偏った心
 それでもいいって 甘い林檎を」




「───頂戴」