RECORD

Eno.59 墓畑次郎の記録

ロブスター

ロブスターの生態に興味を覚えたのは一本の映画からだった。

国に定められた基準を熟せないと動物にされてしまう世界の中で、主人公はロブスターを希望していた。
理由は単純で「寿命がないから」だった。
第三者の決めた致命的なラインを踏まないよう、毎日ギリギリで生き続ける苦痛ある短い生より、彼はもっと原始的な生物としての、知性なき幸福を望んでいた。
物語は波乱万丈に『人として生きるのが幸せなのかどうか』を問い続け、最終的に主人公は恋をし、彼女と共に過ごすために定められたラインの内側に留まるか、スクリーン前に解釈を投げっぱなしにするように終わる。

幼かった墓畑には正直その物語が面白いかどうかは判別がつかなかった。
哲学的な話と口論が絶えまなく続くような映画だったから、幼子にはそのメッセージ性を受け取り切る頭が足りない。
それでも、そばかすも浮かない小さく愛らしい墓畑少年に、ロブスターとは永遠の象徴なんだと漠然と強く根付かせるには十分だった。
ロブスターは誰かに殺されない限り、延々と成長を続け、偉大になり続ける。
そしてその生涯を、本能の幸福を満たすために使うのだ。
それはきっと、人間には得られない低い幸福であり───手の届かない、妙な刹那を秘めた輝きだった。

あの時の己の抱いた感情を今の墓畑はきっと抱く事はできないんだろう。
同じ映画を見ても成熟し、ひねくれた彼の感性にどこか説教臭いその映画はウケを取ることができない。

「つまらない大人になったもんだぜ」

墓畑はポケットの中に仕舞われた青い目守りを思い出した。
ロブスターのたまごめいた、ギラギラと輝く青い瞳はいつまでもその内側に秘めたエネルギーを孵化させることを望んでいる。
墓畑の意思に沿おうと、沿うまいと。