人魚姫の祝福(1)の続きです。
それからしばらく談笑混じりの診察を続け、紫村たちは次の仕事のために病室を出ていった。
ベッドの上、ひとり病室に残されたミナトは窓へと視線を向ける。空は赤く夕焼け色に染まっている。

「ん……」
2本の足をくっつけるように組む。その姿は瞬く間に人魚のものへと変化した。

「こんな便利な力、簡単に手放してやるもんか。今までより、もっといろんな場所へ行けるようになったはずだ」

「裏世界の隅々まで探索できちゃうんじゃないの~? 人間の姿じゃ到達できないような、裏世界の奥深くまで! ふふふ……」
沸き立つ冒険心に思わず笑顔になった。が、次第に思案の表情へと移ろっていく。
[西部学生区][西部裏ラウンジ]
ミナト
[Eno.477]
2025-06-03 00:56:26
No.1126321
>>1125189
「しんぴりつをさげるんだって。なるべくしんちょうにやるからにゅういんって」
高まった神秘率を下げようという試みらしい。
「なんだよぅ、しんぱいしてくれてるの~? だいじょうぶだよ、べつにしぬわけじゃないし」
怪奇となったミナトのちいさな手が、「コノコノ~」と纏井の脇腹をつつく。指のない、丸い手だ。
「でもさぁ、たまにおもうんだ。もしこのままにんげんにもどれなくなったら、どうしようって。そうしたら、うらせかいをぼうけんしてまわろうかなって。だれもみたことがないような、にんげんじゃとうたつできないような、うらせかいのおくふかくへ……な~んて、すごいロマンチックだとおもわないか?」
ラウンジの外、赤い夕日を見ている。
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[西部学生区][西部裏ラウンジ]
清掃員
[Eno.120]
2025-06-03 01:26:04
No.1127754
>>1126321
一連の話を聞きながら、ゆるい姿のあなたに反比例するように清掃員の顔は曇っていく。
人から外れる。戻れなくなる。
当事者たるあなたが、それを重く捉えられていない───
「心配──するに、決まっているでしょう」
脇をつつく手をそ、と掴んで止める。小さい、かつて菓子を渡してきた手の影形もない。
「……前向きなのもいいですがね。そう甘い認識でいる位ならずっと病院にでも居てください。
危機に抗う手段もない、そんな姿で好奇心だけで動いたところでバケモンの餌が関の山でしょうが。観客もなしにロマンが成り立ちますか?そもそも無いのと同じでしょう」
静かに、しかし圧のある声で語りかける。鋭い目線は小さな体に向けたまま。
「ともあれ、裏で動き回りたいなら今は元の姿に戻ることに務めて下さい。さもなくば──」
「──今度からは全力で追い出しますよ。『ここ』から」
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[西部学生区][西部裏ラウンジ]
清掃員
[Eno.120]
2025-06-03 13:12:57
No.1144633
>>1130262
「…分かればよろしい」
ゆるゆるの姿はくしゃみひとつで急に元のあなたに。
動揺の中──何が理由か、くしゃみならば嗅覚か、タイムリミットがあるのか──謝る声を聞けば、何とかそれだけを返す。
「そうですよ、あの手でどうやってタイピングするんですか?
3日耐えれば娑婆の身なんだ、注射でもなんでもやってとっとと戻りゃいいんです」
ここまで言ってようやく指を握りっぱなしな事に気づき。まるで縋っているようにも見えて、少々気恥しそうに手を離した。
「……いや覚えてないんですかさっきまでのこと」
こっちの手元の棒付きポリエチレンはもう溶けた頃か。彼が帰ったら掃除しなきゃな…と本分を思い出しため息を着く。
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[西部学生区][西部裏ラウンジ]
ミナト
[Eno.477]
2025-06-03 15:37:41
No.1149859
>>1144633
「覚えてないね。あんたがビート板舐めて顔をしかめたこと以外は」
だいぶ覚えてる。
「短期でも入院だからなぁ。着替えとか日用品とか準備しないといけないんだよね。じゃ、僕そろそろ行くよ」
そう言いながら、表世界へとつながる扉を見た。どこが表とつながっているのか、だいぶ察せられるようになった様子。
そのまま扉へと歩き出そうとして、やめた。纏井に向き直り、その人差し指を握る。
「僕はね、これからもいろんな場所へ行くだろうけど、どこへ行っても絶対に帰ってくるよ。裏世界のことをもっと知って、……そりゃ、情報は表には出せないけど、表世界で神秘被害に遭って悲しんでる人たちに寄り添いたい。そのためには、人間のまま、表世界に帰って来る必要があるんだ。
……自分に何が起きてるのかもわからないまま被害に合うのって、けっこう怖いもんだね。こんなんでもさ」
サイドテーブルに置かれたよだれまみれの怪奇アイスキャンディーを顎で指し示す。
これは誓いだ。纏井へも、自分自身へも向けた言葉。
纏井の指をしばらく握ったまま、目をつむり深呼吸を一回。
「……よしっ、今度こそ帰るよ。掃除がんばってね~」
残っていた恐怖心が払拭されたようで、表情が少し軽くなる。自分の汚した後始末を纏井に押し付けて、表世界へと帰っていった。
……ミナトがいたソファは、とうふのクズやらなんやらで汚れている。
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「……まぁ、ほどほどにね」
ミナトの姿が人間のものへと戻る。少しだけ名残惜しそうに、窓のカーテンをしめた。
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「これは何の証拠のない、考察とも呼べない私の空想であることを大前提として話すのですが」

「うん」
病棟の廊下を歩きながら、紫村とマシュが言葉を交わしている。

「人魚でしょうね。彼が過去に出会ったのは、本物の人魚だった。”目があった”、純度の高い神秘存在であれば、呪いの類をかけるにはそれで十分。
人魚の呪いを長い間身体に保ち続け、裏世界で戦闘を行ったことをきっかけに発動した」

「呪いかぁ…」

「何のためにそんな呪いをかけたのかまではわかりませんが…」

「僕は祝福だと思うね」

「と、言うと」

「人間の子供を好む怪奇ってたくさんいてさ。もちろん、その”好き”も様々なんだけど、その人魚もたぶん子供が好きだったんだよ」

「でもほら、”食べ物として好き”っていう怪奇もいるじゃない? 人魚はそういう存在を知っていたから、子供に祝福をかけた」

「怪奇に襲われたときに発動する祝福さ! 姿を変化させて、”これはお目当ての人間ではないですよ”とごまかすためのものだ。だから、ゆるりんそうげんにおいて一番のカモフラージュになるであろう、あの場所に馴染むゆるい姿に変化した。どうかな」

「神秘率を低くしたら人魚の姿になったのは?」

「やっぱり人魚の神秘だから、変化の下地としてじゃないかな? 人間から直接周囲に馴染む姿へ変化させるよりも、間に一度神秘の元となっている人魚の姿を挟むことによって可逆性を持たせているとか? 元の姿に戻れなかったら、それこそ呪いと断定していいと思うけどね」

「ふーむ」

「ただ、それほどの神秘を目を見ただけでかけるっていう点には、疑問は残る。そりゃ、人魚は比較的神秘強度の高い存在ではあるけど…。
可能性としては、記憶を改竄されている、とか? 彼は幼い頃に人魚と遊んで、最後の別れの際に記憶を消された。だから、”不思議な存在”であることは覚えていても”人魚”であることは覚えていない」

「ふむ」

「友達になった人間に神秘をかける怪奇は多いよ。僕もそうだったし」

「え!?」

「じゃ、僕別の仕事あるから! ヤナギの次の仕事は手術だっけ? 医者は大変だね~。頑張ってね〜」

「えっ、は? うそですよね!?」
マシュは笑顔を向けたまま、すばやい足取りで去っていった。さすが怪奇といった逃げ足。紫村の口から、本日何度目かわからないため息が漏れた。

「……祝福か」
ひとり残された紫村は、マシュの言葉を反芻する。確かに、呪いであるならばもっと悪辣なやり方がいくらでもあるだろう。

「そうですね。心優しい人魚が、友となった少年の行く先を案じて祝福を授けた。勝手に組み上げたストーリーですが、うん、悪くない」
持っていたカルテにペンをすべらせる。唯一空欄であった箇所。発現した神秘の名前。

「願掛けですかねぇ。まぁ、裏世界において祈りは確かに力を持ちますからね。三咲さんに発現した神秘が祝福であると、私は願っていますからね」
神秘名:人魚姫の祝福
裏世界での戦闘をきっかけに発現した三咲湊の神秘能力。彼と幼少期に出会った存在が、密かに仕掛けていた神秘の術と考えられる。
姿を人魚に変化させることが可能であり、人魚由来の神秘を行使可能となる。