RECORD

Eno.763 天堂アヤメの記録

"越境者"

[月見台][さかさま天文台]
アヤメ [Eno.763] 2025-06-16 21:45:26 No.2073768

「……こんな場所があったとはな」

天と地が覆る、さかさまの観測所。
頭上に海、足元に空のあるこの場所は、
居るだけで平衡感覚を失いそうになる不思議な場所だ。

巡視部のパトロールの最中に寄ったこの場所で一人、
海と空の境界線を眺めている。

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[月見台][さかさま天文台]
アヤメ [Eno.763] 2025-06-16 21:59:37 No.2074848

さかさま、反転、叛逆。
どれも自身にとって馴染み深い言葉だ。
今の状態は"本当の私"のさかさまで、真ではない虚勢。
けれど、ずっとこの姿に縋って生きてきた。

"本当の私"は、自分のことが嫌いで。
何も出来ず、何も成せない愚鈍であると信じている。
それは今も変わっていない。自分に自信があるかと言われれば否だ。

けれど、最近は変わってきているような気がする。
この地に落ちてから、多くの出会いを経験し、
多くの優しさに触れ、恋すらも経験した。
どこか、変化が生じてきているのは実感している。

それが良い事なのか、悪いことなのかは分からない。
"本当の私"が強くなれば、今の私は必然的に弱くなってしまう。
強くあるためには、弱い存在であらなければならない。

……なのに、弱い私が進んで強くなる事を望んでしまうのは。
きっとそれも、弱いからなんだろうな。

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[月見台][さかさま天文台]
アヤメ [Eno.763] 2025-06-16 22:06:22 No.2075868

夕暮れを見下ろし、深い海を見上げ。
ふと、今まで見てきた多くの世界の事を想起する。

越境者──世界渡りとなる前の私は、
もっと殺伐としていて容赦がなかった。
故郷でも組織のようなものに属していたけれど、
いつも何処か孤立したような立ち位置だった。

今の私に優しいと言える心が存在するのも、
思えば……あの人達と出会ったからなんだろうな。

少々、思い馳せてみようか。
遠くない過去であり、永いようにも感じる時を過ごした、あの場所を。

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……私が世界を渡ったのは、ある日突然だった。
急に世界が捻じれ、身体が引っ張られるような感覚に陥り、落ちて、墜ちて、堕ちて。
べしゃりと地面に軽く叩きつけられたと思って、顔を上げたら見知らぬ土地だった。

所謂、サイバーパンクと呼ばれる世界。生身の人間が珍しく、身体に機械を入れた人間ばかりの世界だった。
重金属酸性雨の降り注ぐ中、初めての世界渡りで記憶が混濁としていた私だったが、そこで狂った男に拾われた。

彼は自身の事を『越境者』の一人だと名乗り、私もそうなったのだと告げる。
……ハッキリ言って、良く分からなかった。記憶も朧気になっていたし、意味を理解するのに時間がかかった。
けれど、その時食べた機械油混じりの不味いヌードルの味は、今もハッキリと覚えている。



それから、その世界のセーフハウスに連れて行かれ、そこで何日か泊まって。
越境者と呼ばれる世界渡りが集まる廃工場の世界へ向かい、『仲間たち』と出会った。

ある者は身体を霧にする魔術を会得した怠惰な教師だった。
ある者は爆発に魅入られた特殊部隊の女兵士だった。
ある者は動物と話が出来る白色の肌をした明るい女性だった。
ある者は自身を偏屈な魔女と自称する少女のような長命種だった。

この場で挙げきれない程の人が居た。この場で挙げきれない程の出会いがあった。
そんな出会いの中で、荒んだ私の心は……どこか少しずつ、丸くなっていった。
皆、性格や性質は違えど、根幹の部分で善性を持ついい人たちだった。



今でも私は復讐者だ。
王を殺したいという欲求は変わらないし、なんなら世界を渡った先でも王殺しを成したいとすら考えている。
人々を虐げ、暴利を貪る怪物は、どんな世界にも居たものだから。

けれど、私は故郷を出て少し変わった。
要らぬと捨てた情が、いつの間にか蘇っていて。
……とてもじゃないが、冷酷な辻斬りと呼ぶには相応しくない者になっていた。

それを恨む事はない。むしろ人間に近づけさせてくれて、有り難いとすら思っている。
この地を去り再び仲間の元に戻れば、また以前と同じように世界を渡り、傭兵のような生活をするのだろう。
故郷に戻り、目的を果たすまで……私の永い旅は終わらない。



ふと、親しくしてくれた魔剣使いの"センセイ"を思い出す。
もさい青ジャージを着た、ちょっと抜けた人だけど……暖かい心を持った人格者。
あの人は今も、幼い子どもたちに護身術を教えているのだろうか。
……その日常が、今となっては懐かしい。