RECORD
Eno.110 紅坂 一途の記録
その人は菘という名前だった。前の遊郭では本当に稼ぎ頭だったらしい。
けれど他の遊女に無体を働く客がいて、そいつを思わずぶん殴ってしまったのだとか。
噂話よりも苛烈な様子に俺が戸惑っていれば、その人は可笑しそうに明るく笑っていた。
……本当にとても明るく笑う人だった。自分の歩いてきた道程など気にしていない様子で。
底辺の花街だからと見逃されていた無体も、菘さんが率先して咎めて回っていた。
最初は姦しい奴だと避けられていたけれど、気付けば他の遊女たちに姐さんと慕われていた。
突然ちんけな花街に日が差したようだった。
仕方ない、耐えるしかないと人々が俯いて集まっていたところに
菘さんという太陽がそっと差し込んできてくれたようだった。
ガキだった俺はすっかりその人のことが好きになって、
何時か金を貯めて菘さんを自由にしてやるだなんていってしまったこともあった。
商売のイロハも知らないガキがどんなに必死になったって身請けなんてできる筈がないのに。
けれども菘さんはそんな夢幻を必死に語るガキ相手に、
ほんの少し驚いた顔をした後クスリと笑って楽しみにしている、だなんて言ってくれた。
今思えばガキの夢を馬鹿にしないで受け取ったふりをしていてくれただけだろう。
ただ、その時は受け取ってくれたのだと嬉しくなって俺はより商売に励んだ。
わかりやすくて素直なガキだろう。……だから、たぶん、可愛がってくれたんだろうな。
それから毎日必死に彼方此方回って品を売る日々だった。
塵も積もれば山となるを体現してみせる、だなんて息巻いて。
必死になったおかげか前に比べれば商売もずっと上手くなった。
……でも、働けど働けど金は貯まらない。見受けできるほど稼げるわけがない。
それでも諦めずに一年、二年と年を重ねていってもまだまだ足りない。
そうして何時か自由にしてみせるだなんて菘さんに言い切ってから何年か経った後、
菘さんの隣には俺の知らない、真っ赤な羽織の男が立っていた。
一途に咲く花 2
その人は菘という名前だった。前の遊郭では本当に稼ぎ頭だったらしい。
けれど他の遊女に無体を働く客がいて、そいつを思わずぶん殴ってしまったのだとか。
噂話よりも苛烈な様子に俺が戸惑っていれば、その人は可笑しそうに明るく笑っていた。
……本当にとても明るく笑う人だった。自分の歩いてきた道程など気にしていない様子で。
底辺の花街だからと見逃されていた無体も、菘さんが率先して咎めて回っていた。
最初は姦しい奴だと避けられていたけれど、気付けば他の遊女たちに姐さんと慕われていた。
突然ちんけな花街に日が差したようだった。
仕方ない、耐えるしかないと人々が俯いて集まっていたところに
菘さんという太陽がそっと差し込んできてくれたようだった。
ガキだった俺はすっかりその人のことが好きになって、
何時か金を貯めて菘さんを自由にしてやるだなんていってしまったこともあった。
商売のイロハも知らないガキがどんなに必死になったって身請けなんてできる筈がないのに。
けれども菘さんはそんな夢幻を必死に語るガキ相手に、
ほんの少し驚いた顔をした後クスリと笑って楽しみにしている、だなんて言ってくれた。
今思えばガキの夢を馬鹿にしないで受け取ったふりをしていてくれただけだろう。
ただ、その時は受け取ってくれたのだと嬉しくなって俺はより商売に励んだ。
わかりやすくて素直なガキだろう。……だから、たぶん、可愛がってくれたんだろうな。
それから毎日必死に彼方此方回って品を売る日々だった。
塵も積もれば山となるを体現してみせる、だなんて息巻いて。
必死になったおかげか前に比べれば商売もずっと上手くなった。
……でも、働けど働けど金は貯まらない。見受けできるほど稼げるわけがない。
それでも諦めずに一年、二年と年を重ねていってもまだまだ足りない。
そうして何時か自由にしてみせるだなんて菘さんに言い切ってから何年か経った後、
菘さんの隣には俺の知らない、真っ赤な羽織の男が立っていた。