RECORD
Eno.1672 椎名盟芽の記録
仮に、それをAとしよう。
Aは子宝祈願安産祈願でよく知られた、とある神社に祀られた神様だった。よく知られたといっても、田舎であるその町とその隣町ぐらいの範囲でだが。しかしAはひとつの神秘としてそれなりの力を所有しており、その効力は本当のものであったかもしれない。
いまはもう試すすべがない。
Aの神社に足繁く通う人間がいた。最初のうちは、女が。数ヶ月後には、その番が。他の参拝客と同じく、腹の子の安産を願ってのことだった。
女は気づいていないようだったが、わずかに神秘の力を持っていたこともあり、また何度も来訪するものだから、Aは目にかけていた。
Aにとって神秘は香水のようなものであった。近づかれたら気づくし、顔をしかめる香りもあればお気にいりの香りもある。Aにとってその女の神秘は、好む部類のものであった。ゆえに、身重の女の代わりに番が来るようになっても、ほんの少し香る残照を感じとりながら、生まれるだろう子の無事を祈ってやった。
しばらくが経った。女も番も報告に来ない。残念であったが人はそういうものだ、さほど気にしてはいなかった。便りがないのはいい報せともいう。
Aはその後も、神として穏やかに過ごした。
めでたし めでたし
それで終わるはずだった。
数年後。Aの神社に現れたのは、小さな童だった。Aはすぐに、あの女と番の子だと気づいた。
その子どもが、あるべき形に収まっていないことにも――本来生まれるべきだった存在が怪奇未満の神秘に成り果てていることにも気づいた。
裏切られた。
愛しい香りが、あの願いが、汚く不細工な他所の力で怪奇混じりの存在と化した。
Aというのは、傲慢で。自分本意で。神経質で。
たとえば、薄いシートを画面に貼ってもらい、そこに気泡がひとつでもできることが許せない。
たとえば、貸したゲームでなにか些細なミスを起こされ、それが自分のデータに残ることが許せない。
たとえば、気にいった香水のブランドが新しい香水を出し、それが嫌いな香水と名前が似ていることが許せない。
人間で言うならこういう気質であった。
では、そのような神様が、その後どうしたかなど。
想像にかたくない。
手を引いた。

ぐしゃ。

作りなおそう。閉じこめよう。無垢な存在に治して、それがもう害されないようにしよう。
Aはその子をいじってみることにした。どうにかして、『失敗』を元に戻そうとした。怪奇未満の存在として分かたれた『◾︎りこ◾︎◾︎』を、なんとか『◾︎名盟◾︎』としてひとつにさせるか、もしくは消してしまうことで純粋な『椎◾︎◾︎◾︎』を残そうと考えた。
逃げないように言い聞かせた。が、泣きやまない。泣くのはいい、けれどそのたびに混ざりものが言外に主張をするのがよくない。しかたがないので子も黙らせることにする。
黙ったのはいいが、子に賑わいがないのはおもしろくない。子は笑うものだ。もう少し触ってみることにする。
難しい。あの混ざりものが言うことを聞こうとしない。利害は一致していると思うのだが。これだから余所者の力は。腹立たしい。

ぐしゃ。ぐしゃ。ぐしゃ。
さて。
『め◾︎◾︎◾︎◾︎』は、『◾︎名◾︎◾︎』という子を思う周囲の愛情から生まれた異物だ。その子として産まれるはずだった存在だ。子のそばにいて、子を見守ってきた神秘だった。
神様という巨大な神秘に、自分と重なる存在をさんざいじくられ、自分にも触れられ、砕かれ、ねじられ、それで。
なにもないわけがなかった。怪奇未満で終わるはずだったそれは、Aの力にあてられたのだ。
いや、それ以上に。
願ってしまった。
あなたが傷つきませんように と。
あなたが自由になれますように と。
あなたが幸福になれますように と。
あなたを守りたい と。

あなたのことがだいすき で あなたの こころが からだ が すこやかであってくれる ことがわたしの こうふく
わたし うらんでないのよ あなたが わらってくれること もの あふれるだけ いっぱいあげたいの
おうちにかえろう いっしょに いようね
こわいもの あなたの じゃまはわたしが こわすから 祈 って

あれから。
何年も。
何年も何年も何年も。
あなたとわたしはずっと重なっていて、だから『ズレ』が気になって、歪んでいって、擦り切れて、おかしくなった。
最初の願いは、そうあれかしと願われた『めりこさん』だからじゃなくて、わたしが心から『盟芽』を護りたいと想ったからだったのに。
いつしか、いつから? いつからわたしは、こうなってしまったんだろうか。
わからない。
つかれた。
楽になりたい。
︙
カミサマなんて嫌いだ。

〈 仮に、それをアイとしよう 〉
仮に、それを⬛︎としよう。
仮に、それをAとしよう。
Aは子宝祈願安産祈願でよく知られた、とある神社に祀られた神様だった。よく知られたといっても、田舎であるその町とその隣町ぐらいの範囲でだが。しかしAはひとつの神秘としてそれなりの力を所有しており、その効力は本当のものであったかもしれない。
いまはもう試すすべがない。
Aの神社に足繁く通う人間がいた。最初のうちは、女が。数ヶ月後には、その番が。他の参拝客と同じく、腹の子の安産を願ってのことだった。
女は気づいていないようだったが、わずかに神秘の力を持っていたこともあり、また何度も来訪するものだから、Aは目にかけていた。
Aにとって神秘は香水のようなものであった。近づかれたら気づくし、顔をしかめる香りもあればお気にいりの香りもある。Aにとってその女の神秘は、好む部類のものであった。ゆえに、身重の女の代わりに番が来るようになっても、ほんの少し香る残照を感じとりながら、生まれるだろう子の無事を祈ってやった。
しばらくが経った。女も番も報告に来ない。残念であったが人はそういうものだ、さほど気にしてはいなかった。便りがないのはいい報せともいう。
Aはその後も、神として穏やかに過ごした。
めでたし めでたし
それで終わるはずだった。
数年後。Aの神社に現れたのは、小さな童だった。Aはすぐに、あの女と番の子だと気づいた。
その子どもが、あるべき形に収まっていないことにも――本来生まれるべきだった存在が怪奇未満の神秘に成り果てていることにも気づいた。
裏切られた。
愛しい香りが、あの願いが、汚く不細工な他所の力で怪奇混じりの存在と化した。
Aというのは、傲慢で。自分本意で。神経質で。
たとえば、薄いシートを画面に貼ってもらい、そこに気泡がひとつでもできることが許せない。
たとえば、貸したゲームでなにか些細なミスを起こされ、それが自分のデータに残ることが許せない。
たとえば、気にいった香水のブランドが新しい香水を出し、それが嫌いな香水と名前が似ていることが許せない。
人間で言うならこういう気質であった。
では、そのような神様が、その後どうしたかなど。
想像にかたくない。
手を引いた。

ぐしゃ。

作りなおそう。閉じこめよう。無垢な存在に治して、それがもう害されないようにしよう。
Aはその子をいじってみることにした。どうにかして、『失敗』を元に戻そうとした。怪奇未満の存在として分かたれた『◾︎りこ◾︎◾︎』を、なんとか『◾︎名盟◾︎』としてひとつにさせるか、もしくは消してしまうことで純粋な『椎◾︎◾︎◾︎』を残そうと考えた。
逃げないように言い聞かせた。が、泣きやまない。泣くのはいい、けれどそのたびに混ざりものが言外に主張をするのがよくない。しかたがないので子も黙らせることにする。
黙ったのはいいが、子に賑わいがないのはおもしろくない。子は笑うものだ。もう少し触ってみることにする。
難しい。あの混ざりものが言うことを聞こうとしない。利害は一致していると思うのだが。これだから余所者の力は。腹立たしい。

ぐしゃ。ぐしゃ。ぐしゃ。
さて。
『め◾︎◾︎◾︎◾︎』は、『◾︎名◾︎◾︎』という子を思う周囲の愛情から生まれた異物だ。その子として産まれるはずだった存在だ。子のそばにいて、子を見守ってきた神秘だった。
神様という巨大な神秘に、自分と重なる存在をさんざいじくられ、自分にも触れられ、砕かれ、ねじられ、それで。
なにもないわけがなかった。怪奇未満で終わるはずだったそれは、Aの力にあてられたのだ。
いや、それ以上に。
願ってしまった。
あなたが傷つきませんように と。
あなたが自由になれますように と。
あなたが幸福になれますように と。
あなたを守りたい と。

あなたのことがだいすき で あなたの こころが からだ が すこやかであってくれる ことがわたしの こうふく
わたし うらんでないのよ あなたが わらってくれること もの あふれるだけ いっぱいあげたいの
おうちにかえろう いっしょに いようね
こわいもの あなたの じゃまはわたしが こわすから 祈 って

あれから。
何年も。
何年も何年も何年も。
あなたとわたしはずっと重なっていて、だから『ズレ』が気になって、歪んでいって、擦り切れて、おかしくなった。
最初の願いは、そうあれかしと願われた『めりこさん』だからじゃなくて、わたしが心から『盟芽』を護りたいと想ったからだったのに。
いつしか、いつから? いつからわたしは、こうなってしまったんだろうか。
わからない。
つかれた。
楽になりたい。
おまえが生きているのに意味がないとほざくからだ。
■す、と真顔になった。
生きることは、死に向かうことだ。そしてその過程で得るものを人生という。おまえもなり損ないとはいえ人から生まれ出たものならば生きる意味はそれだけである。
■では本当に人ではないものには?そのことについては何も触れなかった。
■目的の駅が近い。立ち上がり、貴方の額に人差し指をぴたりと当てた。
――存分に惑え。それがひとまずの、おまえの生きる意味だ。
カミサマなんて嫌いだ。

〈 仮に、それをアイとしよう 〉
