RECORD
Eno.14 卯日 蜜奈の記録
「あのね、あたし、初めてお祭りに行ってみたんだけど」
「すごく楽しかったの」
「綿あめも、砂糖の味だけじゃなくて、
キャラメルとか、ソーダとか、ぱちぱちするものもあったし」
「そう、クレープが本当に美味しかったの!
今の屋台ってすごくレベルが進んでるんだね。
あたしもちょっとぐらいお菓子作りためしてみようかな……」
「いつもより口数が多い?」
「まさか」「いつもはだって、お父さんが仕事に行ってて聞き逃してるだけでしょ」
たまの休みで家にいるお父さんに、お祭りの思い出を長々と語っていた。
あまり、学校とか友達とか、そういう話を高校になるまでしてこなかったから、
最近のお父さんはいつになく嬉しそうな顔をしていた。
話の最後には、リビングに持ちこまれた金魚の水槽を一緒になって見る。
金魚すくいで掬った小さな子と大きな子。てんで自由に、泳ぎ回っている。
適切なお世話をしてあげると何年も生きるんだとか。
その何年後、あたしはどうなってるんだろうかな。
「金魚って名前をつけたら縁起悪いの?」
「そういうお話があるんだ」
「でも、あたしは名前をつけてあげようかな」
「朱と紅」
「大きい方が朱」
「……違うって、千賀さんは単純に仕事の先輩ってだけ!」
そういう、他愛ない会話があった。
自室に戻る。
それから、お祭りのお土産を取り出す。
素敵な思い出。あたしに楔のように突き刺さった、大きな転換点。
ひとつめ、良縁成就のお守り。
いつか後悔になることのないよう渡されたそれは、
あたしが悔いて埋めようとした願いそのもの。
それが叶うのを待つことはない。あたしが真に信じるのは天に坐すお遣い。

少しは、今からでも恥じないでいたい。醜いあたしを明かせないとしても。
醜い方のあたしを、これで繋ぎ止められてしまったのなら。
お守りは勉強机の引き出しにしまった。
狡いやつだという自覚はまだある。それでも、
だとしても。これは、友達が選んでくれた、大切な。
ふたつめ、ウサギの人形。
射的で射落としたそれは、耳先が淡いピンク色の可愛い子。
あたし一人だけの成果じゃない。彼が一人で成し遂げたものではない。
二人だ。欲して、二人で成した。その表れがここに詰まっている。
シャボン玉や手持ち花火の方は形にこそ残らなかったが、
手元にないものが、失われた、ただ寂しいだけのものとは思わない。

人も変わらない。あたしは観る。あたしは、魅せる。
親しい誰もが、心の中で独りになってしまわないように。
あたしが、一人にならなければきっと。
ウサギは、枕元のぬいぐるみたちの仲間入りをさせてあげた。
あたしの持つ願いについて考える。
醜いあたしがひっそりと消えればそれでいいと思っていた。
けれど、それだけではいけないのだ。
それでは、素敵なあたしが取りこぼしてしまうものになってしまう。
御守りを見て、感じたことを思い出せないあたしは理想ではない。
もう一人のあたしに対して、手を伸ばして救えないあたしは理想ではない。
あたしは。
あたしが!
"世界で一番美しい自分"をデザインする。
他の役者に、ただ後のことを全て任せるなんて、到底できそうにない。
化粧台の、鏡を見た。あたしはそこにいる。
王子様を夢見て待つお姫様には到底なれそうにない。
泡沫と消えるのを待つだけのお姫様だって、もう真っ平御免だ。
お姫様ではどうやったって手の届かない世界でこそ、醜いあたしは輝く!
あたしがいる限り、理想の『卯日蜜奈』は曇らせない。
愛は、賛美はただ待って手に入るものじゃないから。
世界で一番美しいのは誰かと、知らしめないといけないから。
卯日蜜奈がその一番ではなくともいい。卯日蜜奈は『比較対象』でいい。
人々の愛を考える、きっかけにでもなれたなら、それで。
それでこそ鏡だ。甘い毒がけの林檎だ。
あたしの尊敬する──悪女の娘だ。
やがて、君の眼中に林檎が成る
「あのね、あたし、初めてお祭りに行ってみたんだけど」
「すごく楽しかったの」
「綿あめも、砂糖の味だけじゃなくて、
キャラメルとか、ソーダとか、ぱちぱちするものもあったし」
「そう、クレープが本当に美味しかったの!
今の屋台ってすごくレベルが進んでるんだね。
あたしもちょっとぐらいお菓子作りためしてみようかな……」
「いつもより口数が多い?」
「まさか」「いつもはだって、お父さんが仕事に行ってて聞き逃してるだけでしょ」
たまの休みで家にいるお父さんに、お祭りの思い出を長々と語っていた。
あまり、学校とか友達とか、そういう話を高校になるまでしてこなかったから、
最近のお父さんはいつになく嬉しそうな顔をしていた。
話の最後には、リビングに持ちこまれた金魚の水槽を一緒になって見る。
金魚すくいで掬った小さな子と大きな子。てんで自由に、泳ぎ回っている。
適切なお世話をしてあげると何年も生きるんだとか。
その何年後、あたしはどうなってるんだろうかな。
「金魚って名前をつけたら縁起悪いの?」
「そういうお話があるんだ」
「でも、あたしは名前をつけてあげようかな」
「朱と紅」
「大きい方が朱」
「……違うって、千賀さんは単純に仕事の先輩ってだけ!」
そういう、他愛ない会話があった。
自室に戻る。
それから、お祭りのお土産を取り出す。
素敵な思い出。あたしに楔のように突き刺さった、大きな転換点。
ひとつめ、良縁成就のお守り。
いつか後悔になることのないよう渡されたそれは、
あたしが悔いて埋めようとした願いそのもの。
それが叶うのを待つことはない。あたしが真に信じるのは天に坐すお遣い。

でもそこに載った、ひとを想う気持ちはきっと本物だ。
少しは、今からでも恥じないでいたい。醜いあたしを明かせないとしても。
醜い方のあたしを、これで繋ぎ止められてしまったのなら。
お守りは勉強机の引き出しにしまった。
狡いやつだという自覚はまだある。それでも、
だとしても。これは、友達が選んでくれた、大切な。
ふたつめ、ウサギの人形。
射的で射落としたそれは、耳先が淡いピンク色の可愛い子。
あたし一人だけの成果じゃない。彼が一人で成し遂げたものではない。
二人だ。欲して、二人で成した。その表れがここに詰まっている。
シャボン玉や手持ち花火の方は形にこそ残らなかったが、
手元にないものが、失われた、ただ寂しいだけのものとは思わない。

あたしは覚えている。舟の行く先を。泡の浮かぶ果てを。
人も変わらない。あたしは観る。あたしは、魅せる。
親しい誰もが、心の中で独りになってしまわないように。
あたしが、一人にならなければきっと。
ウサギは、枕元のぬいぐるみたちの仲間入りをさせてあげた。
あたしの持つ願いについて考える。
醜いあたしがひっそりと消えればそれでいいと思っていた。
けれど、それだけではいけないのだ。
それでは、素敵なあたしが取りこぼしてしまうものになってしまう。
御守りを見て、感じたことを思い出せないあたしは理想ではない。
もう一人のあたしに対して、手を伸ばして救えないあたしは理想ではない。
あたしは。
あたしが!
"世界で一番美しい自分"をデザインする。
他の役者に、ただ後のことを全て任せるなんて、到底できそうにない。
化粧台の、鏡を見た。あたしはそこにいる。
王子様を夢見て待つお姫様には到底なれそうにない。
泡沫と消えるのを待つだけのお姫様だって、もう真っ平御免だ。
お姫様ではどうやったって手の届かない世界でこそ、醜いあたしは輝く!
あたしがいる限り、理想の『卯日蜜奈』は曇らせない。
愛は、賛美はただ待って手に入るものじゃないから。
世界で一番美しいのは誰かと、知らしめないといけないから。
卯日蜜奈がその一番ではなくともいい。卯日蜜奈は『比較対象』でいい。
人々の愛を考える、きっかけにでもなれたなら、それで。
それでこそ鏡だ。甘い毒がけの林檎だ。
あたしの尊敬する──悪女の娘だ。