RECORD

Eno.26 朔 初の記録

CASE:10

──夏休みも当然練習は続く。
変わらない練習メニュー。
積み立てられる能力は、とにかく基礎だった。

──夏休みとて練習ばかりではない。
確かに、毎日のように練習はあった。
灼熱の太陽。真っ青な空に白の雲のコントラスト。
熱されるアスファルトの上を、薄汚れたスニーカーが、走る、走る。
走る音が聞こえていた。

走る。駆ける。

──自転車が来る音。
ヘルメットは当然かぶっていた。
クルクル回るタイヤ。
駐輪場は、案外空いていた。

「お、きたきた」
「遅くはないかな。待ち合わせぴったりだよ」
「はっちゃんが一番最後じゃん」

3台の自転車が止まった。
駅前で、三人揃う。

今日は休みの日だった。
だから三人で話して、約束して。遊びたいって。
電車に乗って、三人で遊びに行こうという話だった。



ガタンゴトンと揺られて5駅。
東京の方に入ってすぐ。
便利なことに水族館。
そんぐらい、近いのだった。
夏といえば水族館でしょって、言い出したのは友人だった。
友人は水族館が好きなのは、まあ、知ってることだった。
去年も二人で遊びに行ったからな。

それに今年は一人追加されている。

「はっちゃんはここの水族館来るの初めてでしょ〜」
「そうですね。…水族館がずいぶんと久しぶりですね」
「前いたとことかはなかった?水族館」
「北摩にも水族館はあったんですけどね。…」

曖昧に笑ったあと、あ、直通のバス、こっちの方向ですね、と。
その曖昧さが気になったけども。
別に聞くことではなかった。
少なくとも、灼熱の道を歩いて。
涼しい館内に急いで入るよりはよっぽど、優先されることではなかったから。




チケット売り場を抜けて、奥へ。
ガラスドームから地下へ、地下へ。
陽の光は遠くなるようだった。

海の明かりを浴びる館内は暗がり。
派手な装飾はなくて、シンプルなもの。
水族館は、海の生き物を研究する施設なんだって。
変に派手なショーなどなくても、これくらいで正解なのだろう。
水槽の中は、海の生き物たちがいた。
そこでしか息のできない──


「まぐろだ」
「マグロですねえ」
「…毎度思うんだよね」
「あれって食べたら美味しいのかな」
「いやまあ、確かに普通のマグロなんだろうけど」

「お、ペンギン」
「てちてち歩いてますね」
「…ペンギンにも種類があって見た目が違ってんだよね」
「どれも可愛いですね」
「うわ泳ぐの本当にはっや」

「お、触れるプール」
「…確かにウニって触れるけどさ、これ怪我しそうな人いそうだなって毎度思うんだよな」
「そこはウニおいしいんだ、じゃないんですね」
「はっちゃん??」


──1回り。




深い海の世界は小さいながらも見ていて楽しいものだった。
それより友人と回るのが楽しかったのかもしれない。
電車に乗って特別なところ。
昼間なのにちょっとした暗がり。
特別なところでしか見られない生き物。
を、人と青の中に見ている。
長い休みじゃないとこようと思わないところ。

私たちの思い出の場所。

昼食の頃になったから、カフェテリアへと向かえば、席はあったが、店に並ぶ人の列は長い。
特に友人なんかは、長い列に並んでしまったらしく、戻るまでにかかっていた。
私たち先に食べてて良いよって。
そんな言葉を向けられたから、あのこと私は、向かい合っていた。

多少の喧騒。
開く多少の沈黙。
沈黙をまぐろが泳いでいく。

「…あのさ、そういえば」

先に口を開いたのは私だった。

「…」
「はっちゃんは、ここの水族館、本当に来たことないの?」

入る前に戻る。
曖昧な笑顔の理由に踏み込んだ。
ここは涼しいからさ。
揚げたてのフライが冷めていく。
箸が動いた。

「はい」
「きたことは」

パスタを巻くためにフォークは動いているようだった。
あの子の口に放り込まれていく。
啜らない。

「…」
「じゃあ、北磨…だっけ」
「そこの水族館でやなことあったの?」

揚げられたフライに歯を沈ませれば、サクリとした衣の食感が感じられた。
噛み切るために、深く歯が沈んだ。
楽しそうにしていたのは本当だと思った。
じゃあ、話を振った時の顔は。

「…」
「なかったですよ」

「…」
「水族館、来るの、久しぶりで、懐かしいなって、思った、だけです」

「家族と行ったの?って、そりゃそっか」

「はい。お父さんとお母さんと…」

「小さい頃にってことか。…最近行ったりとかしないの?」

「……」

「…………」

眉を下げて笑う顔を見て、ギョッとした。
回答に困っている顔だった。
笑顔でやり過ごされる顔だった。
中学生だよ、当然、世界は狭かった。
家の話はくだらない雑談の間によく差し込まれるものだ。

そういえば、家族のことの話を、あの子からは聞いたことはない。
いつもこの子は聞き手に回ってたっけ。
今思ったことだった。
それくらい上手く立ち回っていた。

「…」
「大丈夫、ですよ」

──何がだ?
それはまるで録音されたラジオのような回答だった。
その時には、友達が戻ってきたからそれで終わって、流れてしまった。

帰り、三人で水族館の生き物がフレームに選べるプリをとった。
その後、お土産売り場でお揃いのハンカチを買った。
色だけが違うそれだった。

あの子は、最後までニコニコしていた。

これは、楽しい夏の日の思い出だった。