「あ~…神仏習合かなんかか。ここ」
「ほんなら古いとこ?いつのなん」
立ち入った男が辺りをぐるりと見渡す。
巨大なそれはが正面に鎮座する。
表にもあれば、多少の時代がずれていようが流石にこの男も知っていてよさそうな程度に立派だった。
覚えがないから表に同様のものはないのだろう。
「ま、それよりか。要件は?」
それは、鎮座されたものの前にまで静かに歩んでいく。
男を振り返らず、それが囁く。
「話をしましょう」
「君が話をする」
「こちらはそれを聞く」
苦笑が漏れる。そうだな、それは己もやった。
断るのは……昨日の今日で、この前の今だ。
違うのだろうなあ。
「でもせめて何をってのはそっちが言おうや。
俺でもフリースタイルで語れなんて言わんで」
「聞いて、教えてもらう。せめて、そうやろ」
「何故」
それは振り返らない。男には決して表情は窺えない。
「君は扉を開けた。風が通った」
男を見下ろす半眼は鈍く光っている。
かつては黄金だったろうそれが見下している。
「君はここに来ることを選んだ」
「だから、己で決めねばならない」
「……意味わからんこと言わんでくれ。謎掛けか?」
神秘や怪奇は複雑、昨日も己には到底起こりえない話を聞いたばかり。
目の前の相手も何等かの理由があるのだろうと、一応の納得をして。
「でもなあ、ほんまに無から喋れってきついんやで」
「西のやつやったらすぐにバカウケの話できるみたいなん、流石に噓やって」
見上げれば、手のひらのひとつの上に宝珠が見える。
「ならば新しいものから」
男の方を向かぬまま、それはその場にすとんと胡坐をかいて座る。
空気は湿り気があり、じっとりと重い。
「詳らかに」
「でなければ意味がない」
「曼荼羅にも描くでしょう。あるがままの行いを」
何度も見た金字。経典の文字を集めて描かれた宝塔。
許しを求めて描かれた罪業。
舌打ちが漏れかける。随分とこれは、悪趣味だ。
「……、落葉サンのあれ、こういう気持ちか?」
いや、どうだろうな。あの人は優しさ故でもあったろうし。
一番は心配であったようにも思うし。
乱暴な音を立てて胡坐をかく。
「ええわ。ほんなら頭からケツまで全部聞けや」
「その後俺がどうするか知らんで」
生ぬるい空気は僅かにも流れず、先ほど扉が開いたことが嘘だったかのよう。
半眼の視線には温度は無く、空虚だ。
「好きに」
着物を着た背中は男からは少し遠く、大きさを曖昧にする。
今度は舌打ちを抑えなかった。
近頃は裏の有象無象を殴り倒すことも容易になってきた。
全て求められる通りにした後、同じようにしてやれば良い。
しかし口を開けば、苛立ちがそこから抜けていったような気がした。
熱くなった頭が急速に冷える。
「……」
「…………、無意味に暴いたんや。仲良うしてもろとんのにな。
俺の都合、いや都合でさえもない。欲求だけで」
水をかけても燻り続けた炎を覚えている。
じりじりとなお鈍く燃え続けたそれ。
「誰にであっても、やるべきちゃうかった。
相手がどんなに……許してくれそうでも。耐えれそうでも」
「反省しとる。しとるんやで」
頭の芯はとっくに焼け焦げている。
擦り切れてしまえば抑えようは無く。
何故?
「続きは」
詰まった台詞の続きを押し流すようにそれが言葉を紡ぐ。
止まることは許されない。一部だけ隠しておくようなことはない。
初めから終わりまで。求められるのはそれ。
「続き、……」
くしゃと髪を掴む。
「普通とはおかしいとか、あほらしいって思ってまう。
何の意味があるんや。そんなん。意味があるんか?」
空気が淀む。
「普通や。俺は、普通らしい。俺も俺は普通やって思っとる」
「おかしいって何なんや」
声が低く落ちていく。
「……ああ、ちゃうわ。これ俺嘘ついとる」
「多分な、そういうことなんやろって分かっとるわ」
「あいつら、皆そうなんやろ。そういうことやろ」
多くの自白を聞いた。己は彼らに正しく寄り添えたのか。
欲求のまま暴こうとしたのではないか。
そこに、何の違いがあったろう。
暴力の気配を隠すのがお上手でした、か?
きっとそうだと思いながら聞きまわすのが?!
「まだあるでしょう」
背後など知らぬような宣言。
背後の人が何を思うなど、どうだって良い。
男だって、そうであれるならそうであったはずだ。
「うっさいわ、ボケ」
流れる煙からは花の香はしない。
焦げ臭く漂うばかり。白いそれは。
「便利やなって、思った」
「苦しんでるのは分かるし、どうにかなるとええなって思ったけど。
思いながら、ただ」
煙を飲んだ喉が痛む。眠らせてもらって静かになっていた頭はいつかのようにガンガンとけたたましい。
どこから流れる煙だろうか。
ただ灰が漂うかのように焦げた臭いばかり。
「傷つけたくは無い」
「傷つけてでも欲しい」
「何を犠牲にしてでも?」
「やめろや」
はあ、と魂でも吐き出しそうな大きな息を吐いて。
「言いたない」
「俺は、俺のことめっちゃ大事やねん。
あんなん言うたけど、五体も五感も何も失くしたくなんかないし、何なら永遠に生きてずうっとあれこれしてたい。
幽霊なれんならずっと勉強できてお得やん、ってくらい」
「家族も、仲良うしてくれてる人らも、みんなおって欲しい。
そら皆好きやし、大事やから」
陽の光を見ておくべきだっただろうか。
「傷つけたいわけないやろ。全部」
「ならばどうしよう」
「抑えて生きていけるものか」
扉はいつの間にか閉まっている。
真っ暗な部屋では何も見えない。
そこにいるはずのそれも、男も。
「さあ」
「決めたものがそうなるだけ」
死にたくはない。傷つけたくはない。
めちゃくちゃな思考が、回って、回って。
金属の擦れる音がする。
この頭を割れるのならば、やりたくなくとも、とっくにそうしている!