RECORD

Eno.26 朔 初の記録

CASE:11

──私はお母さんのお父さんとお母さんのところに行きました。

おじいちゃんと、おばあちゃんということでした。
じーちゃんとばーちゃんは家が近いからよく会うこともありましたが。
あんまり、会ったことがない人たちでした。
お母さんとは、あんまり折り合いが良くない人だった、なんて。
ひそひそ、じーちゃんとばーちゃんが話しているのを聞いています。

でも、引き取ってくれるというのだから、行くのでした。
行くしか、ないのでした。
私は、いつも置かれているのでした。

誰かの家の置物でした。


じーちゃんとばーちゃんとはうまくいかなかったのもあるけど。
いいや、誰ともうまくいかないのでしょうけど。

「はつ」
「…ほとぼりが冷めるまでは、ここじゃないところにいたほうがいい」

「すまなかった」

「可哀想な目に合わせて」

──という、話でした。


東京を出ました。

そこまで離れているわけではない、隣の県に引っ越しました。
テーマパークが近くなったな、とは思いました。
そんな高いところ、行けるはずもないのでした。
2度と。
2度と。

わがままな話でした。







おじいちゃんとおばあちゃんは快く私のことを迎えてくれました。
昔から暮らしている家、一つの部屋を貸してもらいました。
そこの部屋は昔、お母さんのお姉さんのお部屋だったようです。
綺麗に整えられた何にもない部屋には、勉強机だけがありました。

敷かれた布団からはお日様の匂いがしました。
そうしたところで寝られないのですけど。
たっぷり日が暮れてしまったんだから、そういうポーズだけでも取らなければいけません。

私は邪魔にならないようにいなければいけません。

邪魔にならんよう、ふちっこにいるよう。
部屋の隅で息を潜めるのが正しかった。
じーちゃんとばーちゃんとは勝手が違います。
何せ、交流がない人でした。

他人の家に上がるときは行儀よくあらなきゃいけません。

夢をみるのはみられません。
ガムテープで塞いで窒息させておきましょう。
そうして息を引き取ったのをみてほくそ笑むのです。
萎んでいく体を見て正解を知るのです。
見えたものを見えたまま捉えるのが何よりの正解でした。
正解ばかりではなくてもいい人もいるのでしょう。

空想に逃げるための扉は施錠されています。
2度と開くこともない。

あとは正解を生きるしかありませんでした。
間違えないように。

首にリードでもかけますか?







学校もうまくやっています。
家庭でもうまくやっています。
おじいちゃんは毎日家で転がっています。
いいことです。
ね?
おばあちゃんは私にいろいろ教えてくれます。
足が悪いので私が代わりになります。
教えてくれるので学びます。
一度は間違いを許されているだけ温情でした。
生活スキルが身につきます。
きびしいって、それ、躾でした。
手が出たらちゃんと痛いので覚えました。
なんら間違いではないのです。

彼らの朝ごはんを作ります。
洗濯物を片付けます。
食器を洗います。
掃除機は駆け回ります。
優しい水の音が流れていましたが、蛇口を閉めます。
他所から来た子供は便利でした。
それが現実でした。


それが現実でした。

咀嚼すれば雑味が目立ちますが、舌で感じ取るには麻痺していたので問題がありません。

第一、ここにくる前から受けていたカウンセリングには通わせてもらっています。
病気になったら病院代はもらっています。
住むところを与えられています。
学校にも通わせてもらっています。

可哀想だ、可哀想だ。
可哀想だと麻薬のように言葉をかけられます。
それが満足でした。
そうやって、優しくされているのだから可愛がられているのでしょう。

家庭、部活、勉強。
日々って目まぐるしかったです。
忙しくて、他にやることはなかった。
お休みは勉強を取り戻しながら家事をやる日でした。
買い物の手伝いも必要でした、


それ以上何がいるのでしょうか。


「おとうさん」

「おかあさ、」

言葉を呟けば吐き気がした。

「……っ、おとうさん、」
「お父さん、」

「…………」

悪い夢が巡ってくる。
それすら呟けなかった。



──今日も良い一日だ!