RECORD

Eno.632 萩原 丕途の記録

彼にまつわる昔話

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:22:02 No.2504349

「ふう、はぁ……。」

早朝。
ごく偶にランニングする人を見かける他は、滅多に誰も来ない公園の奥地。
青年は適当な岩に腰かけると首筋に虫よけを塗り直した。


「こーんな所に来るつもりじゃなかったのに。
長袖長ズボンで良かったわ、半袖とか着てたらどんだけ食われてたかしら」

ふう、と溜め息をついて額の汗をぬぐう。

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:24:47 No.2504396

>>2504349
――と、その時。彼の目の前で茂みがごそりと揺れた。

がさがさと音を立て、姿を現したのは一頭の狐だ。
突然変異らしく、毛色は普通の黄金色ではない。鈍く灰色がかった銀色をしている。


「あらまあ」
その珍しさに青年も声をあげた。

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:28:10 No.2504449

>>2504396
「おはよ、狐さん。あなたも朝活?」
まるで人を相手にするように、うきうきと話しかける。

「私はね、まあ散歩よ。
ちょっと体調管理をしくじっちゃってね、治すのにあちこち歩き回ろうってわけ。
人間たまにはお日様の光をしっかり浴びないとダメよね。
サボってたツケで、まーまーもう体が重いったら」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:38:19 No.2504604

>>2504449
狐は最初こそじっと警戒するように青年を見つめたが、他意がないことを悟ったようにふと緊張を解いた。
青々とした草地におすわりの形で腰を下ろし、前足で口の周りをこすって毛繕いを始める。


「本当はもっとあちこちに行かなきゃって分かってるのよ。
でも最近は大学の課題とか野暮用に追われててねー。
私たち"こっち"に最近来たばかりだし、地理とか歴史とか常識とかもぜーんぶ覚えなきゃってなると時間がいくらあっても足りなくて。
それで調子崩してちゃ世話ないのはその通りなんだけど」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:44:01 No.2504673

>>2504604
「でもね最近はちょっと良いこともあったのよ。
この子インドアで人付き合いも苦手だから、前の場所でもバイトといえばwebライターで。
こっちでもそれで小金を稼ごうとしてたんだけど、最近ようやく少しずつお仕事貰えるようになってきたの。
お勉強の成果よね。あの子はそんなの当然って顔してるけど、もっと自分を褒めたっていいのにねー。」

動物に人間の言葉など分かるはずも無い。それでも青年は構わず、嬉しげに話し続ける。
むしろ、相手が言葉を解さないからこそ話しやすいのかもしれない。

「あ、"この子"ってのはね。私達ふたりでひとつの体を共有してるのよ。
体調崩れたせいで今は外に出てこれないの。
せっかく稼げるようになってきたんだから、ここでまた振りだしに戻るわけにはいかないわよね。
体調管理は私に任されてるようなもんだから、お散歩も頑張るわ。
この子は不摂生だけど、だから面倒見る甲斐もあるってものよ」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:49:22 No.2504735

>>2504673
くぁあ、と狐は口を空に向けてあくびをする。
夏至を数日前に過ぎたばかりの太陽は、青空をまぶしい光で白っぽく染め上げている。
今はまだ涼しいが、この陽が中天にかかる頃には暑くなるのだろう。


「今日も暑くなりそうねー」
木の枝の隙間から空を見上げて青年は誰にともなく言った。

「狐さんも暑さには気をつけてね。それにしても、夏毛にしてはフッカフカでボリュームある毛並みねあなた」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 06:55:36 No.2504817

>>2504735
狐は我関せずとすました顔で、いよいよ草の上に寝転がり立派なシッポをグルーミングしだす。
のんびりとした様子を眺めながら、青年もふっと顔から気が抜けていった。
草に直接寝転がればそれはもう涼しいだろう。服を汚してはいけないので、ここで狐に倣うつもりはないが。

「レジャーシートぐらい持って歩こうかしら。
ここで寝転がったらそりゃあ涼しそうよね。ここでなくても、芝生の上って気持ちいいもの。
この子もね小さいときは普通に男の子らしくヤンチャなとこがあって、秘密基地を探してあちこち潜り込んでたものよ。
お母さんもお父さんも居なくなってから、親戚中たらい回しにされてね。頼れる人もなかったし、安心できる自分だけの場所が欲しかったんでしょうね」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 07:00:35 No.2504900

>>2504817
「その頃は私もあんまり加減とか分からなくて、この子がピンチになったらすぐにしゃしゃり出てったものよ。
子供がいきなり大人みたいな口利くから、なおさら気味悪がられたんでしょうね。私がそれを理解したのは何年も後になってから。
でも、そうしないとどうにもならない事態もよくあったのよ。
この子ストレスがキャパを超えると意識飛んで、目開けたままボーッと突っ立ってることしかできなくなってたの。
大人たちが言う物事の基準が一貫してなかったり、矛盾に晒されてる子供がよくそうなっちゃうらしいわ」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 07:08:12 No.2505011

>>2504900
「だけどある時気づいたのよ。何でもかんでもストレスのかかる状況を私が肩代わりしてちゃ、この子が成長できないって。
この子が生きるべき世界とか人生を、私が奪ってしまってるのと変わらないってね」

「……けど、手遅れだったかも。
ひょっとしたら最初から打つ手なんて無かったのかもしれないわ。
そう気づいたとき、この子は12歳ぐらいだったかしら。
もうね、リアルな世界とか人への興味を無くしてしまっていたの。
10歳ぐらいから夢日記をつけ始めていたことは知ってたのよ。でも、あの子にとって夢を見ることこそが生き甲斐になってしまっている程とは思ってなかったわ。
そのうちその夢日記を整理して、ネット小説として上げ始めるようになってね……それがそこそこ人気をして、そのことはあの子にとって数少ない成功体験なのよね。だから今でもネット上で文章を発表することにこだわってるんだわ。でも……」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 07:12:01 No.2505065

>>2505011
「……やめましょ。悲しくなってきちゃった。
ともあれ、あの子がそうしてる間も私は外に出るのをぐっと我慢して最低限にしていたのよ。
あの子が本当にどうにもならない危険に出くわすまでは」

いつの間にか狐は毛繕いの手を休め、青年をじっと見つめていた。
頭を振り、青年は伸びをする。

「昔から私のやることは変わらないわ。この子ひとりじゃどうしようもない危険がやって来たとき、それに対処するだけ。
こういう体調管理は、まあ趣味みたいなものよ。
この子に対して私の存在を隠す意味ももう無くなったしね」

発言を一時的に非表示にする

[ムラヤマ自然保護区][湧水自然公園]
ハギ [Eno.632] 2025-06-25 07:19:14 No.2505155

>>2505065
立ち上がって軽く体を動かす。
屈伸、上体ひねり、アキレス腱の運動。


「お喋りしてちょっと気持ちが軽くなったわ。
なんだか私ばっかり喋ってごめんなさい、でもありがとう。
それじゃ、そろそろ大学に行く準備しに戻らなきゃ。
また会いましょう」

数歩下がって小さく手を振る。狐は青年に目も向けず、尻尾を枕に寝る姿勢へ入っている。
仕草こそそっけないが、耳はしっかり立ってこちらを向いていた。
それがまた何とも愛らしくて青年は微笑んだ。

発言を一時的に非表示にする