RECORD

Eno.26 朔 初の記録

CASE:12

──夏が終わった。

のは、嘘な話だった。
夏の休みが終わっただけだった。
相変わらず、空気は湿気を含んで、熱を帯びて重たく体にのし上がった。
息をする。息を吐く。
その度に体の中に暑さが溜まっていく。
私を蒸していく。

秋に入ると、しっかりとラケットを持たせてもらえるようになった。
3年生の先輩たちの夏は、終わった。

小さな先輩も当然お別れというわけだった。
だからあの子は、何度も何度もお礼を言って、頭を下げて、泣きそうな顔をしているのだった。

曰く。いわく。
いわくつきの話でもない。
言われてみりゃ、ああ、確かにそうだった、となるような話だけども。
入部して以来、あの子は小さな先輩に憧れて、懐くように声をかけていた。
懐く、というのも変。
憧れ、だった。ただただ。
それを追いかけて、追いかけて、追い抜かせはしないとはわかっていても、追いつきたくて必死だったんだろう。
あの人のようになりたいという憧れは、誰も胸を焦がしながら走っていくものだから。
その炎は大きく燃え広がるものだから。

飛ぶシャトル。
走り回る小柄の子。
鋭いショット。
力強く。跳ねて。

あの子は憧れるばっかりじゃなかった。
どうしたらそうやって上手くなれるとか。
アドバイスもらえませんか、とか。
憧れに追いつく努力をかかさなかった。
そのためなら、どれだけでも走れるようだった。
食らいついて、噛みついて。

貪欲って、多分こういうことだった。

先輩も根気が良かった。
懐いてくる一年生に、根気よく付き合っていた。
マンツーマン、素敵なレッスン。重ね。
素敵なコンビの出来上がり、だった。

だから、そんな顔になるのも仕方なかった。
誰よりもお世話になったと身に染みているんだろう。
一緒のとこ、よく見ていた。


夏の蝉時雨と共に、お別れをした。


「もっと大丈夫になりたかった」
「もっとよりよくなりたかった」
「キラキラした時間に酔ってたわけじゃない」

「小さくて惨めだねって」
「そんな昔で可哀想な子だねって」

「誰にも言われたくなかっただけ」

──でもね。
──家族から受ける可哀想、だけは。

本物の、慈しみだと思っていた。