RECORD
Eno.639 芥原 文治の記録
以下の説話は、xx地方にて採話されたものである。
―――――
① 【真夜中の紙芝居】
とある町の保育園では、真夜中になると誰もいないはずの教室から紙芝居の音が聞こえてくる、という噂があった。
好奇心旺盛な中学生たちが録音機を持って忍び込み、夜を待った。
紙芝居は確かに現れた。小さな子どもたちの声と、優しい語り。
録音機には「次のお話は――」という声が最後に残っていた。
だが、その中学生たちがどんな話を聞いたのか、誰も語ろうとしなかった。
今もその録音機はあるが、再生すると最後だけが欠けているという。
―――――
② 【屋根の上の花嫁】
昭和初期、ある地方で奇妙な風習があった。
夜に花嫁衣裳を着た娘が屋根に登り、「赤い紐を下ろす」と結婚が成就するという。
ある年、見習い新聞記者がこの風習を取材しに訪れたが、帰ってこなかった。
彼の遺したノートには、「屋根の上に“もう一人の自分”がいた」との走り書きがある。
だがその後のページは空白で、花嫁衣裳の女についての記述は一切なかった。
村も、今はもう地図に載っていない。
―――――
③ 【くぐらせ婆】
ある町には、古いトンネルの前に座る老婆が現れるという話があった。
子供がその老婆の前を通ると、「おまえは何度目じゃ?」と尋ねられる。
「初めてです」と答えれば、何事もない。
だがある少年は、「二度目です」と答えてしまった。
老婆は微笑み、「じゃあもう一度くぐらせよう」と言って、彼の腕を引いた。
彼が戻ってきたのは三日後で、彼は何も語らなかった。
ただ、家に帰ると、母親が彼を見て泣きながら言った。
「そんな子、もういないって言ったでしょ」
話はここで終わっている。
―――――
④【誰かのアルバム】
古い団地に引っ越してきた若い夫婦が、押し入れの天袋から一冊のアルバムを見つけた。
どのページにも、どこかの家族の笑顔が並んでいる。ただ、その顔の目だけがすべて塗りつぶされていた。
近所の老人に見せると、「ああ、この部屋か……まだあったんだね」とだけ言ったが、それ以上話そうとはしなかった。
ある夜、妻がリビングでうたた寝していると、子どもの笑い声が聞こえた。目を開けると、アルバムが開いていて、ページが一枚、増えていた。
そこには、眠る自分の写真が貼られていたという。
―――――
⑤【逆さ地蔵】
東北のある寒村では、古くから「逆さ地蔵」を拝んではいけないという言い伝えがある。
山道の途中にぽつんと立つその石地蔵は、頭を下に、逆さまに埋まっている。
手も脚もなく、ただ胴体に刻まれた風化した梵字だけが目印である。
「間違っても覗くな」と村の年寄りは言うが、何があるのかは語らない。
ある冬、若者が「見てみたい」とその地蔵を掘り起こした。
しばらくして彼は戻ってきたが、口をきかず、目を閉じたまま、ずっと正座していた。
村の者が「なにを見た」と訊いても、ただ微かに唇が動くだけだった。
「……見たのは、おれの……」
そのあと彼は、いなくなった。靴だけを残して。
地蔵は、翌朝にはまた逆さまに戻っていたという。
―――――
これらに共通する特徴として、物語としての結末が曖昧であったり、そもそもオチが欠けていたりするという点が挙げられる。
尚、奇妙なことに、これらの説話は新たに収拾されたものに限らなかった。
話型ごとに分類されファイリングされた説話の中にも、これらに類する伝承が混ざっているのだ。
明らかに、それが属する話型ではない場所に。
一つや二つであったなら分類の際のミスであるとも考えられるが、それで片付けるには、些かその例が多すぎた。
これが何を意味するのか。
我々は追及を開始した。
かつて蒐集された説話について
以下の説話は、xx地方にて採話されたものである。
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① 【真夜中の紙芝居】
とある町の保育園では、真夜中になると誰もいないはずの教室から紙芝居の音が聞こえてくる、という噂があった。
好奇心旺盛な中学生たちが録音機を持って忍び込み、夜を待った。
紙芝居は確かに現れた。小さな子どもたちの声と、優しい語り。
録音機には「次のお話は――」という声が最後に残っていた。
だが、その中学生たちがどんな話を聞いたのか、誰も語ろうとしなかった。
今もその録音機はあるが、再生すると最後だけが欠けているという。
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② 【屋根の上の花嫁】
昭和初期、ある地方で奇妙な風習があった。
夜に花嫁衣裳を着た娘が屋根に登り、「赤い紐を下ろす」と結婚が成就するという。
ある年、見習い新聞記者がこの風習を取材しに訪れたが、帰ってこなかった。
彼の遺したノートには、「屋根の上に“もう一人の自分”がいた」との走り書きがある。
だがその後のページは空白で、花嫁衣裳の女についての記述は一切なかった。
村も、今はもう地図に載っていない。
―――――
③ 【くぐらせ婆】
ある町には、古いトンネルの前に座る老婆が現れるという話があった。
子供がその老婆の前を通ると、「おまえは何度目じゃ?」と尋ねられる。
「初めてです」と答えれば、何事もない。
だがある少年は、「二度目です」と答えてしまった。
老婆は微笑み、「じゃあもう一度くぐらせよう」と言って、彼の腕を引いた。
彼が戻ってきたのは三日後で、彼は何も語らなかった。
ただ、家に帰ると、母親が彼を見て泣きながら言った。
「そんな子、もういないって言ったでしょ」
話はここで終わっている。
―――――
④【誰かのアルバム】
古い団地に引っ越してきた若い夫婦が、押し入れの天袋から一冊のアルバムを見つけた。
どのページにも、どこかの家族の笑顔が並んでいる。ただ、その顔の目だけがすべて塗りつぶされていた。
近所の老人に見せると、「ああ、この部屋か……まだあったんだね」とだけ言ったが、それ以上話そうとはしなかった。
ある夜、妻がリビングでうたた寝していると、子どもの笑い声が聞こえた。目を開けると、アルバムが開いていて、ページが一枚、増えていた。
そこには、眠る自分の写真が貼られていたという。
―――――
⑤【逆さ地蔵】
東北のある寒村では、古くから「逆さ地蔵」を拝んではいけないという言い伝えがある。
山道の途中にぽつんと立つその石地蔵は、頭を下に、逆さまに埋まっている。
手も脚もなく、ただ胴体に刻まれた風化した梵字だけが目印である。
「間違っても覗くな」と村の年寄りは言うが、何があるのかは語らない。
ある冬、若者が「見てみたい」とその地蔵を掘り起こした。
しばらくして彼は戻ってきたが、口をきかず、目を閉じたまま、ずっと正座していた。
村の者が「なにを見た」と訊いても、ただ微かに唇が動くだけだった。
「……見たのは、おれの……」
そのあと彼は、いなくなった。靴だけを残して。
地蔵は、翌朝にはまた逆さまに戻っていたという。
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これらに共通する特徴として、物語としての結末が曖昧であったり、そもそもオチが欠けていたりするという点が挙げられる。
尚、奇妙なことに、これらの説話は新たに収拾されたものに限らなかった。
話型ごとに分類されファイリングされた説話の中にも、これらに類する伝承が混ざっているのだ。
明らかに、それが属する話型ではない場所に。
一つや二つであったなら分類の際のミスであるとも考えられるが、それで片付けるには、些かその例が多すぎた。
これが何を意味するのか。
我々は追及を開始した。