疲れていたはずなのに、目を覚ましてしまった。
スマートデバイスで現在時刻を確認。
SURFの通知が目に入るもなんて返していいのかわからず、
数秒画面を見つめてしまい、画面をオフにした。
別にそんな与太話信じてはいない。だがもし明日世界が滅びるのなら、
その前に、やり残したことを、しよう。
冷蔵庫で大切に冷やしていた『星空のような綺麗な寒天』を取り出し、台所で小さく切る。
グラスに入れ、よく冷やしたサイダーをゆっくりと注ぐ。
それを自室に運び、しばし見つめる。
いつの間にか引っ越してしまった大切な友達がくれたものだった。
来るかもわからない世界の終わりなんてものを前にして、ようやく食べる決心がついた。
どこか彼を思い出す青く蒼い寒天。濃い藍色に、薄い青。水色。透明な部分。
その名前の通りに星空を思わせるそれは、
サイダーの中に沈み、小さな気泡がその周りに纏わりついて、
まるで小さな星々が瞬いているようにも見えてくる。
写真を撮ってもよかったが、今は心のファインダーに写しておこう。
大切な『記憶』として。
しばし見つめ、やはり飲むのが惜しい感覚に陥る。
口に含み、食道を通り、胃に落ちていくのは、
まさに星がブラックホールに飲み込まれていくのと同じで、
その星に刻まれた『記憶』までをもどこかに消え去るようにも思えてしまって、
口をつけることに恐怖心と躊躇いが生まれてしまう。
時間にして数分か、数十分か、しばらくの間、震える瞳でグラスのふちに向けて、
気泡が上り詰めるのをただただ見つめていた。
「……どうせなら、本物を見ながら」
意を決して口に出す。自分を追い込むために口にする。
静かにグラスを持ち、夜のルーフバルコニーへと足を進めた。
世界がもし終わるなら、この夜の景色が最後になるだろう。なんて考えながら、
恐らくこの部屋に越してきて初めて足を踏み入れたルーフバルコニー。
ゆっくりと上を見上げる。都会らしい曇り空が広がる。
本物なんてちっとも見えやしない。私の心も暑い雲によって塞がれる。
「真夏ってまぁ……こうだよね」
自嘲気味に吐き出す。
真夏の日差しが強い日中は地面や海が熱せられる。
それにより大量の水が蒸発して、空気中に水蒸気として供給される。
他にも色々とあるが、夏場の夜空が曇るのはこんなメカニズム。
ロマンも何も無い感想が頭に浮かび、そんなものを消すために思わず軽く頭を振る。
都市伝説めいた嘘で塗り固められた人類最後の夜は、
まるで本当に世界の終わりみたいに、空一面が分厚い雲に覆われていた。
星も月も隠れてしまって、私たちの未来も、こんなふうに暗闇に閉ざされていくのかなと
しばし考えてしまい、胸が締め付けられた。
ふと、視線を下に向ける。
煌々と瞬く都市の明かりが、私の目に飛び込む。
それはまるで、どこか別の世界のようにも感じられてしまうまばゆさ。
それらは地上で脈々と続いてきた人類の営みの証だ。
ビルの窓から漏れる温かな光、行き交う車のヘッドライトとテールランプの列。
遠くに見える工場の灯り、そして、街の隅々で息づく人々の生活を象徴する無数の光の粒。
それらは上空の厚い雲がどれほど夜空を覆い尽くそうとも、決して消えることのない。
力強く、そしてどこか切ない輝きを放っている。
そのまばゆい輝きが、グラスに乱反射する。
まるで本当にそこに星々が瞬いているかのように、
乱反射した光が、小さなグラスの中に、空の向こうを映し出す。
「ここに、あったんだなぁ……」
感慨深く言葉を吐き出し、静かにグラスに口をつける。星空が闇に飲み込まれていく。
けれど私の弱い心は、しっかりと前を向くことが出来ていた。
例え本当に人類が全滅するようなことが起こっても、
例え噂や都市伝説のように不確かなものが現実に起こったとしても、
例え星が見えない夜でも、地上にはこんなにも多くの光が灯っている。
それはどんなに深い闇の中にも、必ず光を見出すことができるという、
未来への微かな希望を示唆していた。今は、そう信じていたい。
色々とあったけど私は元気だよ。
本当に明日、世界が滅んだとしても、元気にならないといけないよ。
君にはもう届かないかもしれないけど、やっと食べれたよ。
そんだけ。ありがと。美味しかった。じゃあね。
