RECORD

Eno.187 千賀 朱明の記録

女と妖を隔てる夭桃とは

 

自分の元いた世界で、想像から生まれた生命が、
積極的に人と関わるようになるよりずっと前。


他所から流れついた伝承、風説をその身に宿す『怪異』というものは、
本当によく分からない“何か”であることが多かった。

そこに気分さえあるかどうかも不明で、
生き物を呪い殺し、生き返し、ひたすらに弄ぶ。




そして、怪異から見た人間も。
“そう”である時期があった。



そいつは我が子のようなものながら、よく尽くしてくれた。
働き者だった。皆の為になると言えば嫌な顔ひとつせずに働いた。
自分の身を直接的に削るようなことでも、なんだって。

そいつの心は、妖ながら、とても明瞭な優しさを宿していた。
そこに付け込まれて、要らぬ損害を負うこともあった。



そして俺様は。





「──おれを、鵺に?」



「……貴方が今進めてる研究の成果を、見せるチャンスだね」



そいつを、人間程度の想いなんかでは揺らがないほどの、
絶対的な怪異に作り変えることにしたのだ。














「……つまり、嬢ちゃん……我が契約者様は、
 もう一人の自分を味方につけたい、と主張するわけかい」

「明らかに……気が進まなさそうな言い方ですね」

「あんたの裏世界慣れが思った以上に早すぎるんだよ」


ひと月前までは表しか知らなかったはずの少女は、
見ないうちに平然と荒唐無稽な話を出来るようになってしまった。

順応。それ自体は悪いことではない。
だが現実味のある視点を忘れてもらわれては困る。
『普通有り得ない』からこそ神秘だ。分かっていないわけでもないだろうが。


「にしても、……もう一人の自分、か。
 ドッペルゲンガー、あるいは共潜ともかづき……あるいは全く新しい神秘か。

 何にせよ、そういった奴らの出現事例は聞かない。
 勘違いかよく似た誰かのセンが濃いことを前提に、敢えて言うぞ」

「いいか、自分が自分を疎ましく思わないなんてありえない。
 君はいいかもしれないけど、あっちは違うかもしれないし。
 もしかしたら、やっぱりそいつはもう一人の自分なんかじゃなくて、君の──」


「……あたしの母かもしれないんです」


突然に。だが、深刻ながら思ったよりも軽そうな口ぶりに目を丸くする。

「なんだ、知ってたのか」

自分の知る限りでは、親の話は怖くて聞いてなかったはずだが……どういう心境の変化か。

最近友人と遊ぶ機会も多いし、その中には裏世界繋がりも相手もいるしで、
良い影響を受けてるのだろうとは察するが。


「母の事について聞くの……ずっと怖かったですけど。
 いつか知らなくちゃいけない、とも思ってたから。
 そしてその『いつか』が、来たんです」


ちょっと前よりも幾らか見てる先が定まったようだ。
遠くばかりを見つめているだけじゃなくて、今目の前にも気を割けるようになっていた。


「嬢ちゃんの心境の変化はともかく、
 そのつもりだったら話ははやいな」

「向こうから姿を現したんだから、今度はこちらから会いに行こう」

「……心当たりがあるんですか?」


話を進める俺様に、きょとんとした顔で問うてくる。
よく似た外見であること以外に情報がないはず、とでも思っているのだろうが、
自分たちはそいつの大まかな像をもうよく知っているはず。


「可能性のひとつなら、間違いなくあるだろう」

少女を見下ろした。
以前家までついていったのは夏祭りの日だったか。
そのもうひとつ前が、初めて挨拶しに行った日だったな。


「今度、もう一度君の母親に会いに行く」


自分がどれだけこの嬢ちゃんの家族に信頼されているか、確かめてみるとしよう。





焦る必要はない。時間はいくらでもある。
だからまずは、目先のことをひとつひとつ解決していけばいい。
















「千賀さん。おれは……」


「貴方の元に生まれたことを誇りに思っています」


「だから」




「貴方が望むようになれたら、それでいい」